決裂
「なんという馬鹿な真似を! なんとか言え! この愚か者!」
縛られたバティスタを前に事情を説明したところ、ジョアンの怒声が狭い小屋に響き渡って、リアムは体を強張らせた。
自分が怒鳴られたわけでなくても、他人が怒鳴っているのを聞くのは身がすくんで、胃に痛みが走る。
「ああ、悪い。今喋れる状態じゃないんだ」
失敬失敬とこの場の空気に見合わぬ軽さでライモンドがバティスタの口の中から薄汚れた布を引っ張り出しうた。
嘔吐く音とも怨嗟の声ともつかない呻きがバティスタから漏れた。
「腐れ切った神の敵ども!! このような仕打ち、許さぬぞ!!」
「バティスタ!!」
「こやつらは神敵だ!! 甘言を弄する悪魔に絆されてはならん! この腐朽の果実は、その男の素性を偽っておった! その男は背徳不貞の血濡れた狼、赤狼団の者だ! しかも団長の孫だという! 悪魔の子である腐朽の果実をその身にふさわしい場所に送ろうとしただけだ! 私に非はないだろう!」
腐朽の果実、悪魔、と散々な言われようだがそれは自分に対してだから受け流せた。だが、自分以外を貶められる事に我慢できず、リアムは痛む胃と爆発しそうな心臓を宥めながら声を上げた。
大陸共通語ではなく、あえて神聖皇国語を使う。
自分だけかもしれないが、普段使わない言葉で話す事によって違う自分になれている気がする。
『確かに私は彼が赤狼団の出身である事を話しませんでした。ですが、彼は私にとってまごう事なく盾なのです。ですから、私は彼を盾と紹介しました。彼の出自を詳しく聞かなかったのは貴方達でしょう? それに、赤狼団と神聖騎士団は和解したはずです。それを蒸し返すのは信義に反するのではありませんか?』
『神の言葉を話すな! この悪魔!!』
『バティスタ!! これ以上恥を晒すな! この後一言でも口を利いたらこの街から放逐する! リアム殿。申し訳なかった。保護を約束しておきながら、身内が騎士道に悖る行いをしてしまったこと、騎士団を代表し、お詫び申し上げる』
『こちらに怪我はありませんでしたから、その件については謝罪いただかなくて大丈夫です。ただ、ライモンドと赤狼団を侮辱した事については謝罪してほしい。彼らは我が国の誇り高き戦士達だ。不幸な行き違いはありましたが、その事についてはすでに国家間で話がついている』
ジョアンはリアムの言葉に頭を下げた。
『我々は一介の騎士にすぎない。国同士で和解がなされていたとしても、仲間の死や信仰に反する事に是とは言いづらい。彼も私もそれが是と言えるような人間であれば、故国から遠く離れた場所に派遣などされていないのだ』
そう、頭を下げたまま、ジョアンは続ける。謝罪は言葉では口にできない、という事だとリアムは察した。
『それならば仕方がありません。我々はここを出ていきます。メルシアのリベルタ統治領まで耐える旅装と地図を提供してください』
本来自分達はレグルス神聖皇国がメルシア連合王国に何かしらの交渉をする際の人質になるはずだった。だから、神聖皇国にも連絡をするとジョアンは言っていた。
助けてもらった恩もあるから、それに従おうと思っていたが、こうなった以上その義理もない。
それに彼らとて、火種を抱えていない方がいいだろう。
ここから旅をする事になれば、二人に、特に保護者のライモンドに負担をかける事になるが、彼らも反対はしないはずだ。
『それでしたら、明日この開拓地にエリアス島から商人の船が来ます。そちらに乗れるよう紹介しましょう。費用がかかるようでしたら、我々がお支払いします』
ジョアンがふと思いついたように出した提案をリアムは懐疑的に受け止めた。
エリアス島に戻る船ならば、同じ島にある総督府に行けるだろう。だがそれが本当とは限らない。
『その人達の身元は確かなのですか?』
『貴方達で判断して乗るか決めていただいて構いませんが、リベルタで彼らより信頼できる人間を探すのは難しいと思います。メルシア連合王国の私掠船団が前身のオクシデンス商会という商会ですよ』
確かにオクシデンス商会という名前はリベルタ統治領に関する報告書で結構な頻度で出ている名前だ。
砂糖に綿花、鉱山開発とそれらを運ぶ為の交通網の整備など相当手広く商売をしている巨大な商会で、ディフォリアに進出していないのが不思議な程の規模の商会だ。
『分かりました。よろしくお願いします』
しばらく考え込んだ末、リアムは頭を下げた。
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