正体見たりて
「ここを降りるんですか?」
レジーナの問いにアッシェンが頷いた。
「そう言われています。この下は元王宮の地下牢になっている。下手な教室に閉じ込めるより逃げられにくいですからね」
学園が古い王宮を改築して作られたということは知っていても、今だに地下牢が使用可能だとは知らなかった。
鉄扉を開けた下は緩く曲がりながら降りていく階段になっており、壁掛けランプの薄いオレンジ色の光が見える。
「アッシェン先生が前を歩いてください。次に私、殿下が一番後ろでよろしいですね」
「ええ、もちろん……」
護衛の言葉にアッシェンが口元をにこりと笑みの形に作った次の瞬間、護衛の男が首を抑えて床に崩れ落ちた。おさえた掌の下から血がしたたって血溜まりを作る。
「ダメに決まってるヨォ。邪魔なんだよ、お前」
レジーナは両手を口元に当てて荒く息を吸った。あまりにも突然おこった殺戮に声も出ない。
現実感すらなくなぜ彼が倒れているのか脳が麻痺して理解しきれない。
手に持ったナイフをローブの下につけた鞘に戻し、びしゃりと足元の血溜まりを踏んだアッシェンはレジーナの方に顔を向けた。
この男から殺気など感じなかった。
今だって穏やかな歴史教師の佇まいのままだ。
これほど静かに息を吸うように人の命を狩れる人間をレジーナはケインしか知らない。
「さ、殿下。どうぞ下へ。あなたの恋人があなたのことをお待ちですよ」
「い……っ! いや!」
やっとのことで首を振って拒否を示して、恐怖で足が竦むのを叱咤してレジーナは身を翻す。
だがアッシェンは今までの鈍臭い歴史教師と同じ人物とは思えない、俊敏な動きでレジーナの手を掴んだ。
「あー、やっぱ邪魔。目の色目立つからかけてたけど、もういらないや」
眼鏡を投げ捨てたアッシェンは、あとこれも、と灰色の髪を引っ張り放り投げた。
「カツラは痒いし、目の前は見づらいし、しょっちゅう転けてドンガメみたいに格好悪くて最悪。鈍くて無害な歴史教師を装うにはちょうど良かったんだけどもういーらないっと」
「え? ……オリヴェル、先生??」
地毛である銀の髪を露わに、今まで猫のように丸めていた背筋を伸ばしてすらりと立ったアッシェンにはオリヴェルの面影があった。
ただ眼鏡の下にうまく隠されていた狂気を含んだ瞳だけは濁った赤錆のような色をしていて、彼と違う。
「あはは、あの子に似てる? 嬉しいなぁ! あの子は僕の理解者で最愛の弟なんだヨ。前に話したでショ? 母親が連れてった生き別れの弟なんだ」
ディアーラの戦乱の折、母はベルニカに弟と戻り、彼は父と共にディアーラ滅亡の時を迎えたと話していた。
「じゃ、行こう。君の恋人のテオドールがお待ちかねだ。ロマンティックな寝室を用意してあるから二人でたっぷりと愛を交わすとイイ」
彼の姿を見て恐怖以外の感情が差し込んだことで、少し冷静になったレジーナはアッシェンに強く返した。
「嫌よ! ノーザンバラとの関係を断ち切れないテオドールとはもう付き合えないと、私は断ったわ! 話すことなんてないし、私はアレックスを裏切らないし、ノーザンバラに与しない!」
「やれやれ、こんな状況なんだ。怯えて声もなく涙を流して従えばいいのに、どうしてそんな可愛くない態度をとるんだ? オレは豚みたいにキイキイ喚くガキが世界で一番嫌いでね。すこぉし、黙ってもらえるかな?」
穏やかな声質と裏腹な傲岸な響きとともに鳩尾に衝撃が走り、レジーナの視界が暗く狭まった。
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