戦場の女神
何が起きたのか。
会場にいる全員が立ちすくみ混乱に陥る一瞬前、ソフィアがひらりと一段高いところに登った。
「学生会役員と、警備の者、そして教師の指示に従いなさい! 不測の事態の際の避難についても想定しておりますわ! 誇りあるメルシア連合王国、王立学園の生徒として、粛々と行動なさい!」
朗と落ち着き払った強い声は混乱の坩堝に陥る寸前の会場でもよく響いて、皆を冷静にさせた。
さきほどまでリアムの告白にうろたえていた少女と同一人物とは思えない。
白銀の髪がきらめき、伸ばした背は堂々としていてこんな状況なのにリアムは目を奪われた。
「リアム殿下からお言葉があります。よくお聞きなさい」
突然そう言われ、リアムに生徒達の視線が集中する。
リアムはソフィアの横に立って口を開いた。
皆に安心感を与えるように、穏やかに話しかける。
「残念ながら、文化交流祭は中止とする。今から避難を開始するので、指示に従って行動するように。不測の事態の対処も想定してる。落ち着いて行動してくれれば安全だ。交流祭の損失については王室から補填する。だから、今は身の安全を優先して、学生会の指示に従うように」
なるべく穏やかに、声を広げるようにゆっくりとその場にいる生徒達に伝えると、生徒達はかろうじて落ち着きを取り戻した。
その時、何か煌めくものがリアムに向かって飛んでくる。
それが矢だと認識したが動けない。
だが茫然と立ち尽くすリアムの目の前に割って入ったライモンドが、それを腰の剣で叩き落とした。
「させ……るかよ!」
彼にしては珍しく肩で息をつきながらライモンドが吼えた。
「三時の方向に敵影! 追えるなら追え! 全員整列! 警備兵、緊急時対策Aに従って行動!」
「兵士もたくさんいる。ライモンドが僕を守ったように、君達のことは彼らが守るから安心して、冷静に、指示に従って欲しい!」
立ち上がって、なにごともなかったかのように服の埃を払ったリアムは、ふたたび動揺しかけた生徒達に穏やかに語りかけた。
客に紛れあるいは騎士団の制服を着て配置されていた警備兵達が、さきほどのライモンドの指示に従いキビキビと動き出し、警備兵に誘導された生徒達が羊の群れのように集まって先導に従い動きだす。
「殿下! 何があったんです?!」
そこにジョヴァンニとアネット、それにディオンとガイヤールが息を切らせてやってきた。
「敷地内で爆発が起こったみたいで確認にいかせている。十中八九、襲撃だろう」
敷地内の位置関係を把握しているらしい校長がこめかみを抑えた。
「あの辺りだと裏庭のあたりでしょうか。想定よりもやることが大がかりで嫌な感じだ」
「王宮に応援を呼びに行かせている。ところでレジーナは?」
「状況が分からないので、学生会室に護衛付きで置いてきました」
「確かにあそこの方が安全だ。ありがとう。さてここの誘導は兵達に任せて、僕達は寮に向かおう」
寮に着くとそこはすでに混乱の渦中にあった。
身の安全のためにわざわざ寮に戻った生徒達だから、爆発が起こったことに恐怖を覚えて当然だ。
まして会場の生徒達のように爆発が起きた時に落ち着かせることが出来なかったから、ある者は部屋に閉じこもり、また別の者は寮を出ようとして押し合いになり、すでに怪我人も出ているありさまだった。
「皆、落ち着いて! 寮の前に集まって!! 王立大学校の運動場に移動する! 警備兵もいるし、王に報告の馬を出した。君達を守るためにさらに騎士団も来るはずだ! 安心して冷静になってくれ!」
声を上げるが生徒達には届かない。そこにさらに恐怖を煽るように矢が射かけられ、逃げまどう生徒の腕を掠める。
「きゃー!!!!!」
「ユルゲン……! 見えたから殺って、くる。お前は、俺が戻ってくるまで、何に代えても、殿下を! 盾になって、お守りしろ」
ライモンドが硬い声でユルゲンに言って走り出した。
「大丈夫。警備兵が皆のことを守ってくれる。安心して!」
「冷静に行動して! 三列になって、下級生を真ん中に!」
学生会役員と教師、それに警備兵総出で怯える生徒達を安心させて寮からの避難を促した。
神ならぬリアム達には見えなかった。
本当に狙われているのは生徒達ではなく、避難を誘導している学生会の生徒と教師達だということも、テオドールの騒ぎで直した裏庭の塀を爆破して敵の本隊である一団が学園に侵入したことも。
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