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聞けない答え

 可能な限り急いで仕事を振り分けなおして問題がないか確認し、使う場所を狭めて祭はうまく回り始めた。

 ひと足先に会場を回ったジョヴァンニ達がリアムとソフィアで休息ついでに会場を回るよう勧めてくれ、その言葉に甘えてリアムはソフィアとライモンドとユルゲンの四人で会場へ向かった。


「完全中止がベストだ。とか、キリッとしていたわりに満喫していますわね」


 ベルニカのブースで満足げに目を細めながらシャシリクと呼ばれるベルニカで好まれる串焼きを頬張り、女生徒に渡されたディアーラ地方特産の茶をすすって満足げに息をついたライモンドの横で、同じく串焼き肉を食べながらソフィアが言った。

 その二人の様子に海亀島のことを思い出してリアムは不意に懐かしさを覚えた。

 あの時はあんな形で学園に戻り、こうやって行事を取り仕切り、ソフィアと並んで学生生活を満喫できるとは思っていなかった。


「楽しめるところは楽しまないと。オリヴェルがテオドールを地下牢に連行していたと警備兵からの報告も来た。一回りして腹を満たしたらそっちを確認しに行かないといけないからな」


「確かにそうだね。皆で協力して半年間頑張ったんだ。その成果を確認しよう」


 物珍しげに広場にならんだ店をユルゲンが覗き込んだ。


「色々なものがありますね。食べ物だけじゃなくて皮の鞄や羊皮紙、あっちは陶磁器やガラスでできたペンもある」


「食べ物の他にも各地の名産品を集めてもらったからね。布も毛織物や絹だけじゃなくて、綿も麻もある。染めや刺繍も違って連合王国が広いなって感じるよ」


「ベルニカの刺繍に馬毛ブラシも出ていますのね。皮革製品の手入れ用品として、また歯ブラシなどとしてもベルニカの馬毛製品は高品質を謳っておりますわ」


「へぇ。自分用と親父用に買っていこうかな。近衛騎士は王の側に侍るんで、靴や服を綺麗に保つ必要があるんだ」


ユルゲンはガサツだが、その実、身だしなみや部屋が整頓されているのは近衛である父親の影響らしい。


「じゃあ寄って行こう。僕ももう少し近くで見てみたいし」


 四人で連れ立ってベルニカの露店に行き露台に並んだ品物を見に行くと店番の学生達から歓迎の声が上がった。


「いらっしゃいませ。殿下、公女」


「商品を見せてもらっていいかな?」


「もちろんです。商品の説明は?」


「わたくしから説明するから説明は不要よ」


「ではお願いします、ごゆっくり」


「これが先ほど言っていたブラシですわ。毛先がしなやかで弾力にあふれているので、革靴の泥や埃を落とすのに向いていますし、硬すぎて傷つけることも少ないのです」


 ユルゲンにソフィアがそれを手渡して、ユルゲンは指先で毛束を押したり本体の握り具合を確認してブラシを二つ購入する。

 ソフィアは次に鮮やかな糸で刺繍されたレティキュールを手に取ってリアムに見せた。


「ベルニカの刺繍は冬の手仕事なんですの。短い夏の間に採取した花々で染められた鮮やかな色の糸で、各家に伝わる模様を刺繍します。生まれ育った家の物と婚家のものを、その家の女が次代に伝えていきます。この模様はベリーゼ家の物ですわね」


「ソフィア様、ご存知なのですか?!」


「騎士団の衣装にも各家で刺繍を施すでしょう? それで覚えました。なので、騎士団の方以外の刺繍については詳しくはありませんわ」


 刺繍を刺したと思しき少女の感激した声にソフィアは頬を染めて視線を外した。


「それでも、縁ない下級騎士の我が家の手仕事を覚えていただいているのは嬉しいです! ソフィア様はそういったことに興味がないのかと思っていました」


「ベルニカの伝統として素晴らしいと思っていますわ。ただ、自分で刺すのが苦手なだけで」


 自信なさげに目を伏したソフィアに少女は意外そうに目を見開き、意を決したような顔で言葉を返した。


「あ! あの! 私達、毎週ベルニカの生徒達で集まって刺繍の会を開いているんです! 女生徒ほぼ全員と男子生徒も何人かいるんですが、もしよろしければ一度お越しいただけませんか?!」


「え、誘っていただけるの?」


「前からお誘いしたかったんですけど、その、お誘いしづらくて! ですが、リベルタで紡績について視察され見聞されたと伺ったのでその話を教えていただきたいってずっと思っていて! あと学生会のお仕事をされているソフィア様のお顔は前に比べるとずいぶんお優しく柔らかくなって……前より話しかけやすいかもって皆と話してて、それで! 今日やっと勇気が出せました!」


「前まで怖くて話しかけられなかったって言われて……るな?」


「しっ! ライモンド、黙って!」


 ライモンドの言葉など耳に入っていないかのように少女を見つめたソフィアはパチパチとその長いまつ毛を瞬かせた。


「あの……文化交流祭の決算まで終わったら時間が出来ると思いますので、ご招待いただける?」


「やった!! あっ! 申し訳ありません!! ぜひ! ぜひともお待ちしてます!! 必ずお誘いします!!」


 やったわ! と友達とはしゃぐ少女を見つめて、ソフィアが肩をすくめた。


「わたくし、相当怖がられていたのね」


「まあ、雌犬に謝罪することなどないとか野花ちゃんとか汚物とか言いたい放題だったからな」


「それは……もう一度同じ状況になったら同じことを言いますけれど」


「多分、暴言の問題じゃなくてさ、あの頃のソフィアは人を寄せ付けない感じだったから。今も凛としているのは変わらないけれど、笑顔も見せてくれるし、元々の優しさが滲み出てると思う。なんていうか雰囲気が柔らかくなったよね」


「なっ……! ほめても、何も出ないですわよ!」


「これは褒めてるんじゃなくて、その……ソフィアの素敵だなって思えるところを言っただけで! あの! 君のことが好きだから!! 前はうやむやになっちゃったけど、ちゃんと答えをくれないか?」


「俺……殿下に当たって砕けろとは言いましたけど、こんなとこでいきなり告白とかなくないです? シュチュエーションってあるじゃないですか?! 薔薇の花を用意して跪いたりとか、花咲き乱れる二人きりの庭園で思いを交わすとか。どう思います? 先生」


「普通ならな。だがこれぐらいの不意打ちの方がソフィアには効果的じゃないか? ほら、見てみろ」


「外野! うるさい!! そこで冷静にツッコミいれないで! 僕だって言っちゃってから後悔してる!! 断りづらいところでこんな風に告るなんて最低だよね。でも想いがあふれてしまったんだ……」


「リアム……」


 ソフィアは外野の注目にまで目を向ける余裕がない、といった様でその白皙の肌を耳の先まで薄紅に染めた。

 恥ずかしげに胸の前で手を組んで指先をくるくる回し、しばらく逡巡した後、何かを思い出したように制服のポケットに手を入れる。


「そ、その、私……!」


 だが、リアムはソフィアからその続きを聞けなかった。

 突然腹の底がひっくり返るような爆音が轟き、学園の一角から煙が上がったからだ。

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