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窖で堕落を唆すもの(テオドール視点)

更新時間がいつもと違い申し訳ありません。

現在他社さんのコンテスト(カクヨムコン10)に参加しており、それの〆切前に少しでも更新したいと思い、書いて出しをしております。

「この学園にこんな場所があったなんて知らなかった」


 テオドールはランプを顔の高さにあげて地下道を眺めた。


「ノイメルシュは元々小国の王都で、ここは王宮だったんだヨ。遷都の際、王は別の場所に新しく新王宮を建築し、旧王宮の一角を改築して王立学園とした」


「そこまでは知ってる」


「普段は塞がれて子供達には知らされていないけど、これは隠し通路や地下牢として使われていた地下の遺構(ダンジョン)で、旧貴族街、今は貴族学生向けの高級店の並ぶ一角にも繋がっているンだ。地下牢に繋いだ貴賓をこっそりと逃すために、じゃなければ、逆に秘密裏に地下牢に繋ぐために。裏庭の壁穴の方が便利がよかったけど、本当に人に知られずに移動したいならこっちがイイ」


 ぽつんと天井から水滴が落ち、じっとりと冷たく湿った空気がまとわりついてテオドールの恐怖を煽った。

 テオドールは小さく身を震わせ雛鳥のように男の後を追う。こんなところで一人置いて行かれたくはない。


「そういえば、レジーナ姫とはうまくやってんの?」


 よもやま話のように男に問われ、ランプを掲げた手が揺れる。


「……まぁな」


「上手くいってないんだー! モテ男くんも本命には形無しってやつ?」


「うるさいな!」


 男の指摘どおりレジーナとはギクシャクしていた。

 レジーナがしばらく休んで学校に復帰しノーザンバラの二人がいない場所で切り出されたのは、自分はノーザンバラ帝国の人間と手を組むつもりも王位を狙うつもりもない、育ての親のエリアスを裏切ることなどできないという以前も匂わせられた言葉だ。

 彼らとつきあいを続けるテオドールとはこれ以上付き合えないと宣言されたのだ。

 メルシアを裏切っているわけではない、ヴィルヘルムの間違いを糺すだけだし、彼らと付き合うのはいっときの事だから考え直してくれと筋道をたてて説明し、一応は理解してくれたようだが、その後もレジーナはよそよそしかった。

 昼食の時も庭に来なくなり、理由を尋ねたら目をそらされて、マルファ達に脅されて戻った学生会での仕事があるから学生会室で取っていると言い訳された。

 テオドールにとってレジーナは運命的な存在で特別だ。

 だからこそ口づけすら交わしていない清い関係だったのだが、心の距離が離れてしまえば、ずいぶん気まずい友人以下の間柄になってしまう。

 眉根を寄せたテオドールの肩を、歩調を落とし横に並んだ男が馴れ馴れしく抱いた。


「ドール君、まだ殿下ちゃんに手を出してないんでショ?」


 見透かしたように言った男に返す言葉尻が知らずきつくなった。


「そのおかしな呼び方をやめろ。それに僕達の関係なんて貴様には関係ないだろう!」


「前にテオ君って呼んだらイヤァーな顔してたからドール君。顔もお人形さんみたいに整ってるし、ぴったりじゃない? それよりさぁ、姫のこと抱いちゃいなヨ。心で繋ぎ止められないなら体で繋ぎ止めないとサ」


「レジーナのことは、大切にしたい。彼女とは順を追って、婚約者として迎えてから関係を持ちたいと思っている」


 彼女自身が王族だからそこまで強く求められないだろうが、王位継承の事まで考えれば処女の方が望ましい。


「ええー?! 純情かヨ! そんな日来んの? ヴィルヘルム王はリアムの王位継承を妨げる可能性のある君と姫の関係を絶対に認めないだろうし、育ての親のエリアス大公を説得するには君は力不足じゃない?」


 的を射た指摘に言い返すことができない。

 地下通路に出来た小さな水たまりを爪先が叩いて水音があがる。


「レジーナ姫はさ、まだ成長期なのにすでにエロぉい身体で顔立ちも派手な美人。なのに清楚さや可憐さもある男の夢が詰まった、たっか〜い女なわけじゃない?」


「おい、僕の恋人を穢らわしい目で見るな」


「だれもが内心思ってる事実を言っただけでショ。目くじら立てないでヨ。ドール君はさぁ、リベルタの海亀島にある高級娼館、ラトゥーチェ・フロレンスって知ってる?」


 唐突な話題の転換にテオドールは首を傾げた。


「名前ぐらいは。今人気の歌劇女優がそこの出身だと噂されていたはずだ」


「さっすが、ドール君は流行に詳しいネ。じゃあさ、こっちは? オクシデンス商会のアレックスこと、エリアス大公こそラトゥーチェ・フロレンスのオーナーにして優秀な女衒って話。彼に育てられた花々(娼婦)は美しいだけでなく、教養深く、もてなしも超一級、抱き心地も最高でサービス満点、どの花を選んでもナニが蕩ける程の快感を与えてくれるって噂」


 その刺激的な内容に喉仏が無意識に上下する。

 テオドールの脳裏に首都の娼館ミルヒシュトラーゼで対面した傲岸でいかがわしげなドミノマスクの男の姿がよぎった。

 正体を隠すためだけでなく、あれはあれで彼の本質だったのかもしれない。


「その彼が10年、愛情と財力とを惜しむことなく費やし、丁寧に丁寧に手塩にかけて育てた最高の花がレジーナ姫だヨ。その価値の高さ、分からないはずないよね? 僕達がコントロールした噂と妨害工作で遠巻きにされて孤立しているけど、それがなければ彼女の地位と美しさを目当てに小指の先ほどの慈悲と微笑みをこいねがう男が列をなしていたはずサ」


「……それは、そうだろうが」


「現に今だって、目端の効く狐が彼女のまわりをうろちょろしてるヨ」


「狐?」


「ジョヴァンニ・ダスティ。リアム王子が自らの才覚で見つけた懐刀。エリアス大公の帰国パーティの時、君に恥をかかせたあの子だヨ。レジーナ姫、食堂で食事の皿を交換して睦まじく昼食を取っていたって聞いたヨ」


 取られるほどではない石畳の床の切れ目に爪先を取られよろけたところで男の腕がテオドールを助けて体が密着する。


「学生会の仕事、って言ってるけどサ。本当かな? 恋人が急に自分に冷たくなる時って別の相手が出来た時だけど大丈夫?」


 心配する口調の裏には隠されもせず嘲りと煽りがあったが、テオドールはそれに気が付けなかった。

 レジーナのまわりに別の男の影——それも自分よりもはるかに地位も見た目も劣るそれ——があることが許せなかった。

 男を押して足音を荒げたテオドールの耳に優しく軽いトーンの声が流れ込んできた。

 

「他の男に散らされる前に君が彼女を手折るべきじゃない? ついでに孕ませてしまえば、もう彼女は逃げられない。そして君とレジーナ姫の子供はノーザンバラと連合王国の王ヴィルヘルム、メルシア王家の正しい血を全て受け継いだ完璧な子供だ。誰もが頭を垂れる文句なしの後継になるだろう」


 男の言葉は瘴気のようにテオドールにまとわりついて思考を支配した。

 隠し通路を出た後、テオドールはナザロフと共にフォルトル教の敬虔な信者やノーザンバラの関係者である何人かの貴族との会合に参加させられ挨拶を受けたが、テオドールはその事にほとんど意識をさけなかった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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