立場は流転し潮目は変わる(マルファ視点)
しばらくの間休んでいたレジーナが帰ってきた。
前日深夜に帰ってきたせいで寮ではレジーナと話すチャンスのなかったマルファは、人目につかない学園の階段の踊り場で彼女を捕まえた。
「なぁに休んでんのよ。あんた自分の立場分かってんの。あんたの育ての親の行状が広まって困るのは誰かしら?」
「あっ、いたいた! マルファ! こんなところで何してるの? 他の子と二人きりなんて嫉妬しちゃう」
そこにディオンがタイミング悪く現れた。どうやら自分のことを探していたらしい。
「え? 親友のレジーナちゃんよ? ディオン君だって友達同士でお話しぐらいするでしょ」
「君はすごく可愛いから相手が男の子でも女の子でも心配になっちゃうんだ。ボクだけを見て。白ネズミみたいにふわふわで可愛いマルファ、ボクのスウリーちゃん。君にはこんなじめっとした暗いところ似合わないでしょ。コンサバトリーの学生食堂でご飯にしようよ。ねぇねぇ今日の昼ごはん何にする? 食べさせあいっことかしよ。みんなにボクの彼女はこんなに可愛いんだよって見せつけたいんだ」
うるりと瞳を潤ませた美少年の唇から出る甘い言葉にマルファは任務も忘れてときめいた。
「寮で覚えてなさいよ!」
にやける顔をごまかしてレジーナに耳打ちをし、ディオンの腕に自らの腕を絡めてマルファは食堂に行った。
ここまでの計画は順調だ。
レジーナとテオドールに色々やらせるつもりだったが、より中枢に近い学生会に入れたのだから、そちらから崩していく方が百倍やりやすい。
ディオンに父親の行状を話し反抗心を煽り立てて、ついでにボディタッチで籠絡した。
ディオンは自分に夢中になり恋人として扱ってくるようになったし、校長の気を引いて文化交流祭の時の警備依頼書をジョンが写しとる手助けもしてくれた。
「はい、あーん」
「やめて、恥ずかしいから。ディオン君」
そう言いながらも隣から差し出されたキッシュを一口食べさせてもらう。
人目を憚らずにいちゃついていると、三年生がやってきて二人の前に怒れる異教の神のように腕を組んで立った。
「ディオン君、彼女はだぁれ?」
「ボクの可愛いスウリーちゃんことマルファです。あっ! この間は冬の庭を教えてくださってありがとうございます。今度彼女を誘ってあの庭でデートしよっかなって思ってるんだ」
えへへ、と嬉しそうに笑うディオンは誰が見ても可愛らしい美少年だ。
「え、私そんなために教えたんじゃないんだけど……」
「わぁ! 嬉しい! 楽しみにしてるね」
目の前でディオンに抱きつき、心外だとばかりの表情を作る少女を煽ってやってマルファの嗜虐心が満たされる。
「ネズミちゃん、ディオン君とお付き合いをはじめたきっかけは?」
「マルファです。どうして初対面の人にそんなこと言わないといけないんです?」
「学園のアイドル、難攻不落のディオン君とお付き合いできたきっかけが知りたくて」
「わあ! 先輩! 聞いてくれて嬉しいです! 優しいマルファはレジーナ殿下と仲良くなって、殿下づてで学生会の手伝いをしてくれることになったんです。それで……」
マルファの意に反し、ディオンはなれそめを聞いてほしいとばかりに話しはじめる。
その語りっぷりは前日に会った校長を彷彿させるが、ベタ褒めされて持ち上げられて悪い気はしない。
「まあ、そうなのね。お邪魔しちゃってごめんなさい。失礼するわ」
三年生の少女はそれ以上聞きたくないとばかりディオンの話を切って踵を返した。
彼女が悔しげに親指の爪を噛んでいたことでマルファの優越感はくすぐられた。
だがその後昼食時間と放課後の時間で、密やかに速やかにディオンのファンの少女達の間で、ディオンとマルファがレジーナを接点に付き合い始めた話が共有された。
その中で、マルファは学生会の生徒と付き合いたいがためにレジーナの悪質な噂を振り撒いていじめて孤立させ、その一方で親切にするふりをして懐柔した心優しいレジーナを利用して学生会に潜りこんだのではという憶測が広まり、そうこうするうちに実際にマルファがレジーナをいじめていたという目撃者も出始めた。
マルファは、今学年で一新され学園の良心となった善良な学生会の生徒を狙う薄汚いドブネズミと認識され、驚くほど速やかにレジーナを守るように彼女の周りに人が集まって、帰寮したマルファはレジーナに近づけなくなり、逆に疎外されるようになった。
謎あだ名は前回の2人の回のサブタイトルに引っかけているのとヨーロッパ圏のハニーとかアップルパイとかの彼女に対する謎あだ名の動物で例えるやつです。
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