生贄の羊2
「レジーナも同じ道を辿ると? 馬鹿馬鹿しい。レジーナはエリアス伯父上に大切に育てられていた。ノーザンバラ帝国に与するということは、彼らを裏切るということでしょう。そんなことをするわけがない。それに彼女は助けを求めているように見えた。ここで手を差し伸ばさなければ、それこそ彼女は国を裏切るでしょう。人は強くいられないものです」
「すべてはお前の推測だな」
「父上だってそうでしょう! レジーナの母親と彼女を重ねてるだけだ。向こうで伯父上にお世話になったおおよそ一年分、レジーナ本人のことをあなた達よりも知ってる! それに僕はエリアス伯父上にレジーナのことを頼まれました。レジーナを囮にしたら、エリアス伯父上の気持ちも踏みつけにする事になりますよね」
エリアスの名を出すと二人の表情が小さく引きつった。昔なら読めなかっただろうが、彼らと接することが増え、取り繕わない表情を見せてもらえるようになっていたからその機微を読めるようになってきた。
それに加えてエリアスの完璧な表情の管理に慣らされれば、この二人の表情は読みやすいのだ。
ここを攻めるべきだとリアムは判断し、口を開く。
「伯父上はレジーナを大切しています。長年二人を見て来た伯父上子飼いのオクシデンス商会の者が、伯父上はレジーナを溺愛していると言う程度には。当事者である伯父上がレジーナを慈しんで育てているんですよ。彼女に咎はない。父上達は過去に怯えているだけでしょう」
「リアム! それはあまりにも礼を失した発言だぞ!」
「レオンハルト叔父上、まだ僕の話は終わっていません。お伺いしたいのですが、商会の者が伯父上が帰国の都合をつける段になると新たな問題が起きると言っていました。手を回してエリアス伯父上の帰国を邪魔しているんじゃないですか? レジーナを囮にするのをエリアス伯父上は許さないだろうから。父上達が頑なな態度を取るなら、それを含めて僕は伯父上に全部報告し、相談します」
ぴしりと背を伸ばして二人にそう突きつけると、ヴィルヘルムは大きな大きなため息をついた。
「分かった。ならば、お前の裁量で今回の件を解決するといい。学校内で起きるノーザンバラ関連の事件において、王と同等の権限をもって裁く事を赦す。こちらで集めた情報も渡そう。ただしレジーナの救済については、ノーザンバラの連中が学園の生徒やお前に害をなす前に、レジーナ本人が窮状を訴え、メルシアへの恭順を示し、彼らの正体を明かして助けを求めることが条件だ」
臣下の表情を作り、綺麗に片付いた書類棚から袋を取り出したレオンハルトがリアムの前にそれを差し出した。
「これは王立学園のノーザンバラ帝国関係者とその動きについて調査させた結果です。完全な物ではありませんが、ある程度は信頼に足る情報かと思います」
「思ったよりも多い……」
袋から書類一式を取り出して一枚目の概要をさっと眺めたリアムは眉間に皺が寄るのを抑えられなかった。
「ええ。ノーザンバラと関係のある人間は皆が思うよりもかなり多いのです。彼らは長年姻戚や商売を通じ国を内部から切り崩す方策を取っていましたから、どこの国にも関係者がいるのです。もちろんあなたがレジーナ殿下がそうだと仰るように、また陛下がそうであるように、すべてが排除される人間ではない。血縁があってもノーザンバラに怨恨を抱いている人間も多い。ただ昨年度末は品位に欠ける教師の排除を一気呵成に行い、入学選抜方法も変更するので手一杯で、誰が味方で誰が敵かをしっかりと精査できず、その隙に敵が入り込んでいるようです」
親指と中指で金属製の眼鏡のフレームを軽く持ち上げて押したレオンハルトは続けた。
「これは要望ですが、彼らを学校から放逐するだけではなく、なるべく逮捕拘束し、罰を与えて禍根を断つようにしてください。それが貴方自身の安全にも繋がります」
宰相のその言葉と、幼い頃自分の命を狙う刺客のほとんどがノーザンバラ帝国の手先だったことを思い返して震えたところで、車輪が石を噛んだのか馬車が揺れ、リアムは意識を引き戻された。
本年は当作品を読みいただき、ありがとうございました。もう一話更新をしたかったのですが、スケジュール的にこれが今年最後の更新になりそうですので先にお礼のご挨拶をさせていただきます。
昨年末ごろから連載を開始した当作ですが、たくさんの方にお読みいただき、他サイトと合わせて25万PVを超えることができました。ひとえに皆様の応援のおかげです。来年度2月目処の本編完結に向け、来年も鋭意執筆を続けていきたいと思っておりますので応援よろしくお願いします。
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