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生贄の羊1

「リアム……ありがとう」


それ以上は声にならないのか、レジーナは嗚咽を漏らした。柔い丸みを帯びた頬をいくすじも涙が伝う。


「あ、やだ……ごめんなさい」


「ほら、泣かない。涙はここぞという時に流すものよ」


「そんなの自分でどうにかできない……」


「本心は見せられなくて隠しちゃうのに、感情は隠しきれないところがジーナの可愛いとこなんだけど、貴族の中で渡っていかなきゃならないんだからそろそろコントロールなさい。別れた頃はまだ小さかったし、いい頃にウィステリアが教えるだろうしって教えなかったけど、こんなことならちゃんと教えてあげれば良かった。ウィスの馬鹿、絶対そんな技を教えなくても自分が守ってやればジーナは無邪気なまま過ごせるとか思ってたんだわ。あいつはそういうところがどうしようもなく傲慢なのよ」


 ぐりぐりと猫を撫でるようにレジーナの頭を撫でたデイジーは皆に言った。


「二、三日ジーナをうちに泊めるわ。ノーザンバラのクソ女にはレジーナは打ち合わせで倒れた、役立たずだとでも非難がましく伝えておけば大丈夫でしょ。男の方はもう少し狡猾な感じだけど、女の方は間違いなく嫌いな女を腐されると喜ぶ手合いよ。リアム殿下のお手並み拝見ってとこね。気張りなさい、お兄ちゃん」


「……がんばります。レジーナをよろしくお願いします」


「あなたにお願いされなくてもこの子が小さい時から姉がわりだったの。任せて」


 ハーヴィーのまぜっ返しは視線で許さずに、学校で組紐を教えていた時の妖艶ながら上品な雰囲気はそのまま、予想外に気さくでさばけた口ぶりでデイジーが請け合ってくれ、リアムは頷いた。


「さて、そろそろお開きだな。軽い食事を用意させよう。スープとハムとチーズ程度しかないが」


 ハーヴィーの提案にリアムは首を振る。事態が収まったならここを辞去してなるべく早く学校に戻らないといけない。


「あ、僕達は学校に夜食を用意してあるので帰ります」


「まっっ! 僕達?!」


「もちろんジョヴァンニの分もちゃんと確保してあるよ」


「寮でなくて学校? あれ? 今、その後仕事だよって幻聴が……」


「言葉にしなくても伝わることってあるんだね。さすがジョヴァンニ、察しがいい。文化交流祭のために特別長く学生会室を使えるよう学園長に言ってあるよ。なんなら泊まり込んでもらっても。僕の仮眠スペース使ってもらってもいいし」


「わっわぁ……うれしいな! 書類だーいすき」


 ジョヴァンニの軽口に場の空気が緩んだ。

 レジーナが泣き顔のまま、それでも憂いを忘れたように小さく笑えているのに安堵する。

 馬車を用意するまでの間に事務的なやり取りをいくつかしたリアムは商会を辞してジョヴァンニとユルゲンを連れて、学校に戻る馬車へと乗りこんだ。


「ジーナがノーザンバラ帝国には与しないと言ってくれて、助けを求めてくれてよかった……悪いけど、ちょっとだけ休ませてもらっていいかな」


 馬車の座席に身体を投げ出してため息をつき、眉間に寄った皺をほぐして目を閉じたリアムは父王にレジーナの相談をしにいった時のことを思い返した。


 ※ ※ ※


 ヴィルヘルムの執務室でリアムは、父を前に普段ほとんど荒げることのない声を荒げた。


「どういうことですか?! レジーナを見捨てろって言うんですか?!」


「そうは言っておらん」


「言ってますよね! レジーナにノーザンバラ帝国の人間が接触してきています。すでに父上まで報告が上がっているとも聞きました。彼らを排除し、レジーナを今すぐ引き離して保護するべきではありませんか」


「まだ接触しただけで、奴らは特に国やお前に対して害のある行動をおこしていないのだろう。ここでその者らを排除しても蜥蜴の尾を切るだけだ。何も今生贄の羊を受け入れる必要はない」


「待ってください。それは奴らが何かしでかすまで指を咥えて見ていろと、それこそレジーナを生贄に差し出せと言うことですよね?!」


「レジーナ殿下はメルシア連合王国にとっても、ノーザンバラ帝国にとっても鬼札です。使いようによっては相手の国を制圧する駒になるが、反対にこちらの大きな弱点たりえる。ですから我々としてもレジーナ殿下が確実にこちらの味方であるという確証が欲しいのですよ」


「囮として使って、向こうに与するようならレジーナをさっさと切り捨てたいと」


 レオンハルトの言葉に、指で机を打つのを止められない。


「そうは言っていません。ですが、我々にはこの国を守る責務があります。レジーナ殿下がどんな状況下にあってもこの国を裏切らないという確証が必要なのです」


「レジーナはそんな子じゃない!」


 リベルタではじめて顔を合わせた時はツンケンとしていたが、そこから一年ほんの少しづつ心を開いてくれた。怯えやすい子猫のような気質の人付き合いが不器用な少女だ。もっとも人付き合いが苦手ということに関しては自分も彼女のことは言えないが。


「あなたの身になにがあったか知っているのに、テオドール殿下と恋仲になるような娘でしょう?」


「……それは」


 上手く言い返せないリアムに畳み掛けるようにヴィルヘルムが苦い苦い声でレジーナの母の話を口にした。


「今振り返れば、あれの母イリーナは愛のなんたるかを知らず、愛に飢え、愛に狂った女だった。繋ぎではない王座を俺に与え、ノーザンバラと俺の血を引く子供に継がせることこそが愛であり善であると思い込み、兄の娘のユリアをためらいなくその手にかけた」


表面上の事は公文書で読んで知っている。だが当事者の口から直接出てきたその話は生々しい凄惨さを漂わせていた。


「しかも、イリーナの事を姉のように慕っていた幼いケインにユリアの苺の庭で摘んだように見せかけた猛毒の偽苺を渡し、諸共殺そうとしたのだ。最期は復讐を誓ったケインに籠絡され裏切られてリベルタで惨めにその命を終わらせた」


 旧都離宮の苺の庭の事を思い出してリアムの胃がキュッと縮まる。


「今のあの娘の様子はどうだ? テオドールへの愛で道を踏み外そうとしているのではないか?」


 だが憂いた調子で畳み掛けられた父の言葉は正しいとは思えない。

 リアムはそれに強く反発した。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。

まだの方はぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。

年内の更新予定ですが、今回は分割2回なので、この続きを明日更新の予定です。(一応朝更新の予定ですが間に合わなければ昼以降に)

そして出来ればもう1話更新して、本年中に馬車の中でのシーンは終わらせてしまいたいと思っているのですが、今年は仕事が31日まで立て込んでいるので不透明です。

鋭意頑張りたいと思いますので応援よろしくお願いします。

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