自分の立つべきところ(レジーナ視点)
メルシア連合王国とノーザンバラ帝国は不倶戴天と言っていい間柄だ。その工作員と思われる人物がレジーナに接触をはかってきたというのは、国の問題に関わってくる。
「……ほんとお嬢、そういう事は早く相談してくれ」
「アレックスがリベルタでどういうことをしてきたかと、陛下を恨んで私に肩入れしノーザンバラに内通していると噂を振り撒くと脅されていて……巻き込みたくなかった」
「知っている私たちからすれば、アホくさいけど、信じる人間はいるかもしれない絶妙にイヤァなところをついてくるわね。根性悪っ!」
デイジーが吐き捨てた。
元王太子エリアス——高級男娼ウィステリア、オクシデンス商会のアレックス——はノーザンバラの海賊の手によって性奴に堕とされるも客を魅了し協力させて、みずから自由を勝ち取った。
その後は私掠船団で財をなし、娼館を乗っ取りさらなる利益を上げ、それを原資に一代でリベルタに莫大な富を生む商会を築き上げた。
知る人ぞ知る話で本来ならばエリアスの瑕疵にはならないし、そもそもノーザンバラ帝国のせいでそうなったのだから、ノーザンバラと密通という時点で荒唐無稽なのだが、背景を読めない人間はどこにでもいる。
大陸の版図を塗り替えた傑物でしたたかな弟に陥れられ二十年未開の大地で燻った末に大公に甘んじる元王太子。娼館経営、元男娼、海賊まがいの私掠船団。
どれをとっても悲劇の王子と組み合わせるにはセンセーショナルな醜聞で、すべからく好奇心と下衆の勘ぐりを助長する。
だからこそエリアスは衆人環視の中、王に忠誠を誓うパフォーマンスをしてそれらを黙らせた。
だが悪意をもってレジーナの保護と二十年に渡る不在期間のことで醜聞込みの噂を広めるのならば、それは再びエリアスの立場を不安定にさせるだろう。
真実を含んでいるがゆえに、馬鹿馬鹿しい虚言ごと信じる人間を少なからず出すだろう。
そう予想がつくからレジーナは思い悩み、沈黙を選ばざるをえなかった。
「……レジーナ」
突然、ジョヴァンニが硬い口調でレジーナの名を呼んだ。
普段は殿下とつけるジョヴァンニの敬称をつけぬ呼び方に放課後までの自分ならば萎縮してしまったに違いない。
だがジョヴァンニの口調の意図も今ならなんとなくは汲める。
メルシア連合王国の王家に属する自分に対してではなく、他ならぬレジーナ本人に相対され問われているのだ。
「あなたの口からしっかりと答えを確認しておきたいんですけど、ノーザンバラと共謀してリアム殿下を害するなんらかの計画に手を貸す気は一切ないということでいいですね」
レジーナはその問いに勢いこんで返答した。
ジョヴァンニの確認に疑いではなく、自分への信頼を感じる。
「もちろんよ! 私はノーザンバラとメルシアの諍いに興味はない。産まれた時から振り回された両親の事情にこれ以上巻き込まれたくなんてない! なによりもアレックスとケインをこれ以上ノーザンバラのことで傷つけたくないの。あの二人はすでにたくさんのものを奪われてる。それに、リアムのことだって……」
レジーナはリアムとの出会いから今までを思い返した。
避けられていた時もあったが、それはレジーナがリアムに八つ当たりじみた態度を取っていたからで、リアムは兄としての立場を崩さず、自分に慈しみ深く接してくれていた。
「リアムを傷つけるような言動をたくさんした。でも、リアムはずっと私のお兄ちゃんとして接していてくれた。テオドールと付き合ったと知った時も怒るよりも心配してくれて、マルファ達に脅されて学生会室に行った時だって相手をしてくれた。あの時はいっそ突き放して欲しいと思ってはいたけど……。優しいお兄ちゃんを害する企みには乗れない。ジョヴァンニ、あなたに話を聞くようにって言ってくれたのだってリアムよね」
「リアム殿下にレジーナは思いつめていそうだから、オクシデンス商会に連れて行くように命じられました。ハーヴィー達とあなたは家族同然だから悩みを取り除けるんじゃないかって」
「うん……リアムならそう考えそう」
「ハーヴィーさんと話をした時にあなたはそこから逃げようとしていた。その時に身内には話せない苦しい思いの丈があるんじゃないかと思ったんです。いたたまれなかったんですよ。文化交流祭の屋台の話をしていた楽しそうな顔を覚えていたから。あなたの憂いを晴らしたいと思ってしまったんです」
普段しっかりとこちらの目を見て話すジョヴァンニが頬の下を染めて、一瞬視線をそらしてそう言ったあと、再びレジーナの目を見て笑った。
「困った時は、自分の手にあまると少しでも思ったら、一人で抱え込まないで困っていることを伝えてください。皆、あなたのことを心配しているし、力になりたいと思っていますから」
「そうね……。ありがとう。ジョヴァンニ……。それにリアムもありがとう」
「え?」
ジョヴァンニに頭を下げたレジーナは暖炉の方に向かって声をかけた。
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