懐かしくも暖かな故郷の風が吹く(レジーナ視点)
「ジーナ! なんで連絡くれないの?! 困った時はアタシを頼りなってアレックスに言われなかった?! 学校に行った時だってしれっと隠して! あーあ! ひっどい顔してる! こんな泣き腫らした顔、男に見せたらつけこまれるわよ! ハーヴィー! タオル、温かいのと冷たいのと持ってきて!」
レジーナが帰るなりデイジーが抱きついてきて、その豊かな胸をレジーナの顔に押し付けてわしわしとレジーナの頭を撫でた。
ひとしきりなすがままになっているとハーヴィーが戻ってきたらしく、デイジーの体が離れて暖かなタオルが目の上に置かれる。
「デイジー、なんでここに?」
「ハーヴィーに呼ばれたの。水臭い事言わないでよ。あんたはアタシの妹みたいなものでしょ!」
「俺の死んだカーチャンとたいして変わらん年のくせにずうっ……でっ!!」
「その母親とたいして変わらない年の女のベッドに、初恋ですって潜り込んできた坊やに言われたくないねぇ」
「子供の前でやめろよ! 若気の至りってやつだ!」
きゃんきゃんと言い合いを始める二人の声に笑いがこぼれた。
懐かしくも暖かな南溟の空気がそこにあって、彼らも自分のことを心配してくれる身内だという事を思い出せた。
「心配かけてごめんなさい」
謝罪が唇からこぼれ落ちる。暖かいタオルがどかされて、泣き笑いのデイジーの顔が一瞬映って冷たいタオルが目の上に置かれた。
「子供は大人に心配をかける生き物でしょ。困ったことはさっさと相談しなさい。手遅れになることだってあるんだから。アタシみたいにね」
娼館に堕とされる人間はだいたいが理由持ちで、デイジーは男に騙されて娼館に売られた元娼婦だ。
「うん……」
「そうそう、亀の甲より年の……ぐはっ!」
「しつこいわよ」
「ごめんなさい」
冷たいタオルをどかされたところに、メイドが暖かい飲み物を持って入ってくる。
「あれ、俺、飲み物頼んだっけ?」
「ああ、すみません。オレが勝手に」
「ジョヴァンニ、卒業したらオクシデンス商会に入って世界を股にかけないか?」
「家を継ぐまでならそれも面白そうですね」
笑ったジョヴァンニはレジーナをエスコートして暖炉の側の暖かく座り心地のいいソファーに連れて行くと、ひざかけをくれて、テーブルにホットチョコレートを置いた。
「もし他の物がよければ交換しますから」
「ううん。嬉しい……。どうして知ってるの?」
リベルタでは気候が合わず飲むこともなかったが、暖かいチョコレートの飲み物はこの寒い国でのレジーナの密かな楽しみだった。
「厨房の人にあなたの好みでって頼みました。ちなみにオレは念願の熱々コーヒーです」
膝掛けに包まりホットチョコレートを飲むと、居心地のいい暖かさがレジーナを満たした。
レジーナの座る1人がけのソファーの隣のそれに座ったジョヴァンニは満足そうな顔で熱いコーヒーを啜る。
「ここのコーヒーはいつ飲んでも最高なんですよ。落ち着いたら話の続きをしましょうか。学園と寮の方には、ハーヴィーさんに誘われて食事を取ることになったと伝えてありますから」
デイジーとハーヴィーが席に座ってそれぞれの飲み物に口をつけたところを見計らって、レジーナは意を決して喋りはじめた。
「私は、アレックスが私のことをユリアさんの代わりとしてしか愛してくれていないと思っていた。今でも少しそう思っている」
「それは!」
立ち上がったデイジーを手で制して、レジーナは続きを口にした。
「皆がそんな事はないっていうのが分かっているから言えなかった。これは私の気持ちの問題で、アレックスが実際どう思っているのかとは違う問題。ジョヴァンニに聞いてもらって今は冷静だから心配しないで。私はこっちに帰ってきてからずっとそんな鬱屈を抱えていた」
ハーヴィーはうっすら気づいていたのだろう。物憂げな顔で、打ちのめされた様子のデイジーの腕を引いてソファーに座るように促した。