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取り返しのつかない齟齬(レジーナ視点)

※前話謝肉祭、外国人の表記を北方民族の特徴のある男に変更しました。


「……テオ、いきましょう。こちらはお返しします」


 先ほど投げ入れられたこの国のものではない金貨を帽子から取り出して、震える手で供の少女に差し戻した。

 この中年男に対して本能的に恐怖と忌避感を覚えた。関わり合いになってはいけない。

 その男の見た目が醜悪なわけではない。

 大柄で威圧感はあるが、表情もにこやかで造作は濃いが優しげに見える。

 身なりもこの辺りで好まれて着られる物とはデザインこそ違うものの品は良い。

 ぱっと見でいうならば紳士だ。

 だが、彼はどことなく幼い自分にトラウマを植えつけた男に似ているのだ。

 レジーナが六歳になる前に母は護衛騎士であった男と密通し、リベルタに出奔した。

 だが、そのリベルタに向かう定期連絡船は海賊——実のところは海賊ではなく、母の母国ノーザンバラ帝国の将軍だったらしいのだが、その当時は海賊だと思っていた——に襲われた。

 前の日まで一緒に遊んでいた友達の死体が甲板に転がる中を逃げまどい、敵に囲まれ護衛騎士が切り捨てた敵の血がかかって気を失って、気がついたらアレックスに助けられていた。

 その後、ラトゥーチェフロレンスにやってきたその海賊の首魁は、アレックスに暴行をはたらき、アレックスはそのさらに十年前に負った心の傷を再び深く抉られた。

 それはその男が処刑され十年を経た今でも、アレックスの心から消えずに彼を苛んでいる。

 そして同時にレジーナに、母親が犯した罪と、自分がアレックスにとって、彼の実娘ユリアの身代わりでしかないとも突きつける。

 それだけではない。

 総督府に匿われたが、アレックス達が仕事でいない時に再びその敵国の将軍達の一団に襲われた。

 リベルタ総督だったガイヤールと共にクローゼットに隠れたレジーナの足首を掴んでそこから引き摺り出したのもその男だ。

 助からないと思った時に間一髪助けられたが、その男にはレジーナがその当時使える大きさの武器を力一杯突き刺しても全く効かない、まるで化け物のような男だった。

 六歳の頃の記憶など細かくは覚えていないのに、それだけは今でも明瞭に思い出せる。


「勿忘草の姫君はわたしが恐ろしいですか?」


 レジーナが少女に金貨を差し出した手を男がその大きな掌で包み込んで、レジーナに再び金貨を握らせる。


「わたしはグレゴリー・ニコラエヴィチ・ナザロフ。どうもはじめまして。北の菫イリーナ様の信奉者であり、リベルタで海賊として処刑されたニコライ・ナザロフの息子です」


「……!!」


 恐ろしさに唇がこわばって言葉を紡げない。

 なぜ、あの海賊の息子がここにいるのか。

 はくっ、と空気を吐き出して、テオドールに視線を投げたが、彼の視線は自分に向けられておらず、男の供の少年の上にあった。


「知らない男を連れてくるなら、僕に一言あるべきだろう? お前がレジーナに女生徒の友人を紹介したいというから連れてきたのに」


「しょうがないじゃないですかァー。ことを起こすのはまだ先なのに、急に来ちゃったんですもん。僕だって姫を怖がらせるつもりはありませんでしたヨ。こんなおっさんに手を握られたら怖いですヨねぇ。姫君。ボクは王立学園の二年に在籍しているジョンです。彼女はマルファ。彼女も学園の二年生。オトモダチとして姫君に紹介しようと思いまして。僕とテオ君みたいに仲良くなれればいいなって」


「失敬、失敬。父が入れあげていた皇女殿下の忘れ形見にあってみたくてなぁ。いやはや混ざり物の方が時に価値が高いというのは本当だ。花を捧げる価値がある」


 ぱっと手を離されて微笑まれるが、恐ろしくて立っているのがやっとだ。


「怖がらせてはいけませんね。私はまだ見て回るところがあるので、一足先に失礼します。勿忘草の姫君、我々の大義に協力してくれるとのことありがたく思います。あとは若い人たちだけで交友を深めてください。それはお小遣いです。皆で美味しいものでも食べて、楽しく過ごしてください」


 きれいな大陸共通語で自分にだけ丁寧に、だが、丁寧以上の感情も見せず、男は自分の主張をレジーナに押し付けて去っていく。


「て、お……。どういう」


「陛下が王になれたのは、彼のかわりに君の母上が手を汚して陛下が王位につくための邪魔者を排除したからだ。だが、慰み者の赤狼団の愛人がリアムを産んだせいで、陛下は手のひらを返した。好いた女の子供を贔屓したくなったんだ。元々、王太子の冠は君の上に輝くものだったのをリアムのやつが掠め取ったんだよ。彼らは本来の輝きを君の上にもどすために協力してくれるんだ」


「ちが……! それは絶対にない! それに、わたしは! そんなこと」


 この男は何を言っているのかわかっているのか。

 王位につくための邪魔者と言っているそれは、すなわち、当時の王太子エリアス——アレックスと、その家族の事だと気がついているのか。

息が苦しい。呼吸がうまく出来ず、血の気が引くのを気力で押しとどめる。

 テオドールは、事故死した兄の代わり、優れた資質を持つ顔のよく似た従兄弟エリアスの代わりとして親や周囲に見られているのが嫌だったと言っていた。

 そこがアレックスに娘ユリアの代わりとして見られている自分との間に最初にみいだした共通点だった。

 なのに、どうしてこんなに決定的な齟齬が出てしまったのだろう。


「戸惑いはわかるが、ちゃんと調べて確信がある。君は王太子の椅子に座り、僕を王配に据えて、あの薄汚い腐朽の果実を廃し、全ての尊い血筋を集約させて、この国を正しい状態に戻すんだ」


 物分かりの悪い恋人に言い聞かせるような言葉をかけられてレジーナは絶望した。


「そんなもの望んでない! テオ! 目を覚まして!」


 マルファと呼ばれた少女が口元を覆って癇に障る声で笑うとレジーナの手に残された金貨を取り上げた。


「やだやだ、とんだ三文芝居、大根役者にもほどがあるわ。薄ぼんやりの能無しだったっていうあの女に似たのね。あんたの母親が役目をまっとうしなかったせいで、その生家の我が家門(私たち)はノーザンバラ帝国の鼻つまみ者。復権のために貴女のお母様にかわって貴女にしっかりと働いてもらわないと。寮では仲良くしてね。レジーナ殿下。これは仲良くするための資金として、私たちで使ってあげる」


 巻き込まれたことの大きさに、レジーナは絶望し、身をすくませた。

お読みいただきありがとうございます。

※レジーナの幼少期リベルタでの話は前日譚があります。(本編は薄めのBL要素、番外編はBLです)

 シリーズで括ってあるのでぜひご確認ください

 レジーナの話は2話〜16話、23話の辺り、47話の辺り、本編最終話です。

 NTR王子本編だけで要素を回収できるように前作のエピソードを入れ込んでありますがバランスもあり数話使っての回想も入れづらく描写が薄くなっているので、物足りない方はお読みいただければと思います。

ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。

まだの方はぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。

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