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尊敬と黒歴史(ディオン視点)

 午後の最初の授業は地理の時間だった。


「ディフォリア大陸最西端に位置するのがメルシア、フィリー山脈を挟み南西側がキュステ、北側西岸を南北に伸びる位置にヴォラシア、こちらは北側でも比較的温暖な気候をしている。ヴォラシア西岸に広がる有名な崖の名前を答えなさい」


「神の白き腕と一般的に呼ばれていますが、地図における公式名称はホワイトクリフとなっています」


「よろしい。ヴィルヘルム陛下は非常に実務的な方で、つける名前も非常に覚えやすい。陛下に感謝したまえ」


「先生! ヴォラシアは北方に位置するのになぜ暖かいのですか?」


 生徒の質問に教師は頷き、ずり下がった厚いレンズの眼鏡を押し上げた。ふわりとした灰色の髪が揺れる。


「いいところに目をつけた。実はたくさんの研究者が研究をしているが理由は明かされていない。ホワイトクリフの西側の海には神の恵み厚い豊かな海の流れがあるから、あの一帯が神の祝福を得ているのではないかという説を唱える者もいるな。そこから東に行くに従って寒冷な風土となっていく。ベルニカ地方北部は北方林に覆われているが、南部は湿地帯、平原、丘陵地帯と多彩な景色に満ちている。南方丘陵地から西キール山脈を境に気候が変わる。西キール山脈から南は広葉樹林と南部大平原地帯と呼ばれる豊かな平原が広がっている。各地への街道の起点となっていた古都に新王宮が作られてメルシュの名前を引き継いてノイメルシュ(新メルシュ)と命名されて首都となった。そして周辺を王領とさだめ、王の代官として侯爵、伯爵が領土を貸与されて治めている。さて、ラーション君。王領の西側を流れる河の名前は?」


「ティグ川です」


「君はベルニカの出身だったか。ティグ川で間違いではないが、厳密にはキール山脈のところで二股に河が割れている。それと、河を境にしてキール山脈を東キール山脈と西キール山脈と分けて呼ぶ事が多い。ここを世界の割れ目と呼び、原初の巨人によって大地が引き裂かれた名残であるという伝説がある。話を戻そう。二股になった河川のうち国内を流れる川はラーべ川、東側にあたるレグルス神聖皇国との国境にあたる川はチヌ川と呼ばれている。ラーべ川とチヌ川の二つの川の間にある地方の名称は? 誰に聞くか……そうだな。ガイヤール君」


「ルブガンド地方です」


「そう。君の出身地方のルブガンドだ。チヌ川とラーべ川の間に位置するルブガンドは肥沃な土地だが反面水害に見舞われることも多い。そしてキュステ地方とラーべ川の間の平原地帯がインテリオ地方だ。さて、ここまで駆け足できたが、これは一年生でやっていることの確認だ。ここからは各地域の気候や人種的特徴、各地域の産業や役割などを学んでいきたいと思う。本日はベルニカ地方についてだ。寒冷な土地で帝国と国境を接しており、メルシア連合王国の守護の要となっている。寒冷で日照が少ない土地柄で、肌の色も同じように雪白を映した白い肌と赤や紫、薄い青などの鮮やかな色の瞳を持ち、髪の色も淡い色をした者が多い……」


 彼は今年から雇われた教師だが、去年までの教師に比べて解説が丁寧で分かりやすいし、時折挟まれる余談も面白い。

 生徒の名前をしっかりと覚えているのも好印象だ。

 筆記帳を見開きにして、地図と教師の解説を書き、人種の話からノーザンバラ帝国とベルニカの戦いの話へと脱線しはじめた教師の話を聞きながら、ディオンは思考の淵に沈んだ。

 メルシア連合王国の歴史はノーザンバラとの戦いの歴史と言っても過言ではない。

 ディオンの出身国であるルブガンドはレグルス神聖皇国の隣国でありノーザンバラ帝国とは東キール山脈とチヌ川を挟んだ斜向かいにあたるためベルニカのように直接ノーザンバラ帝国と武器を交える事はなかったが、ディオンが産まれる前、メルシア王(ヴィルヘルム)その妃(レジーナの母)のようにルブガンド王はノーザンバラの皇族との婚姻を求められ、各派閥がどちらにつくか喧々轟々の争いをしていたそうだ。

 現在は連合王国によってその勢いが削がれたノーザンバラ帝国だが、その当時はメルシア王国よりも勢力や影響力が強く、ノーザンバラ帝国に与する方がいいという意見が優勢だった。

 だが、メルシア王国へ赴任していた父ヴァンサン・ガイヤールがキシュケーレシュタイン王国攻略に使われた最新軍備の資料と謀略によって殺された王兄一家の情報をもって王や諸侯を説得し、危機感を覚えたルブガンドはノーザンバラの手を取らず、メルシア連合王国に加盟した。

 幼い頃にそれを聞いて我が事のように誇りに思い、父を尊敬して、それを公言していた。

 リベルタ総督として赴任して職務に邁進し、国の為に身を粉にして働いていると思っていた。

 父のような人間になりたくて、幼い頃から勉学に励むとともに、父の代わりに辣腕を振るう母モニークの領地運営を手伝っていた。

 だが、水害により領地に甚大な被害が出ても帰ってこない父の代わりに母と共に被害の終息にルブガンド公爵家と自領を奔走していた時にディオンは真実を知ってしまった。

 父がルブガンド王を説得したのは純粋に国を思っての行動ではなく、彼が亡くなったメルシア王兄に恋慕に似た感情を抱いた末の働きかけだったと。

 そのついでに両親の結婚は政略も政略、愛などかけらもない契約結婚で自分はただ跡を継ぐために儲けられ、父は生まれ育った愛すべき領地になんの未練もなく、母に丸投げして一切の興味がないという事実も知り、その瞬間父に対する憧れの感情は反転して嫌悪に変わった。

 父への尊敬を口に出していたのが黒歴史になった。

 さらに婚約を考える年頃になると父が障害となってまともな令嬢からは忌避されると知り、彼への悪感情が高まったところで父ヴァンサンがリベルタの赴任から帰ってきた。

 学園の校長に就任するなり、ディオンをコネを使って学生会に入れ、関わってこようとするのが忌々しかった。

 父が心から自分との関係を持ちたいわけではなさそうなところがさらに腹立たしい。

 再燃した怒りに任せて力を込めた鉛筆の芯が折れて、ディオンは我にかえった。


「顔色がすぐれないようだが大丈夫か?」


 ディオンは小柄で一番前の席だったから、教師の目についたらしい。心配そうに顔を覗き込まれてディオンは首を振った。


「ご心配ありがとうございます。先生。力の込め方をしくじりました。予備があるので大丈夫です」


 やぼったい眼鏡と灰色の髪のせいで年寄りに見えていたが、案外若そうだとディオンは教師の顔を間近で見て意外に思った。

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