8 逆襲と竜人 ~国王は黙認する
本日2回目の投稿です。
翌日、ランドルフが謝罪に訪れると、あれほどの無礼を働いたというのに竜人のノア・マックス・ベルトンは寛大だった。
「勘違いは誰にでもあることです。気にしないでください」
それよりもジジの隣の部屋に滞在出来るようになったことの方が重要だと、自分の番と一緒にいられる喜びがひしひしと伝わってきた。
ランドルフは胸をなでおろした。
この国の最高権力者である彼であっても竜人には気を遣う。彼らに身分制度はなく、服従の基準が強さであるからだ。人間であるランドルフが世界最強の竜人を御することなど出来ない。彼らがその気なったらこの国など一捻りである。
ただ、竜人は番以外のことには寛容で、権力に興味はなく他国の事情に口出ししてこない。
「しかし、ジジのことは別です」
その瞬間、ぶわっと室内に威圧感が膨らんでいった。表情は変わらないが怒っているのが感じ取れる。それが益々その場にいるものの恐怖心を煽る。傍に控える騎士アレックスも青い顔になった。
ランドルフにはジジに危害を加えた記憶はないが、何かしくじったのではないかとひやりとした。
「ジジを襲った奴らのことですよ。可哀相にすっかり怯えてしまって。このままでは彼女も安心して生活出来ないでしょう」
運悪く襲われた王妃の馬車にジジが同乗していたのだ。
実行犯たちはベルトンにボコボコにされて意識不明のため、未だ聴取は行われていない。
「報復するおつもりか。しかし黒幕を明らかにするには時間がかかるだろう」
十中八九、ハンソン侯爵の手の者だろうが確証がなかった。
「それがジジが気になることを言い出しましてね」
「気になること?」
「はい。ジジは一年ほど前にある薬の売買を巡ってトラブルになり、追われていたところを王妃殿下に助けられとか。その時の追手の一人が奴らの中にいたと言うのです」
「なんと!」
「気が動転していて顔を見たのも一瞬だったため、伝えるのを躊躇していたようですが、顎の傷が印象的だったので間違いないと」
ではあれは王妃ではなく、ジジを狙ったものなのか。ランドルフはわからなくなった。
昼過ぎになってマーゴットたちがやっと起き出してきたので、改めて話を聞くことにする。
「ふわぁ~、眠いですぅ」
あれほど怯えていたジジからすっかり緊張感が消えている。ジジが姿を見せるとベルトンがいそいそと彼女の隣に移動していった。
「ジジ、よく眠れた?」
「ふぁーい。昨日はあの男の顔を見たのでビックリしちゃって……。でも王妃様がノアさんと一緒にいれば絶対に安全だから、って。そしたら安心して眠れました」
ベルトンはそうか、そうか、と相好を崩している。
「出会ってたった一日であれですか。スゴイですね」
二人のイチャイチャを見せつけられて、アレックスは脱帽したようにこそっと耳打ちしてくる。
マーゴットとデイジーも恥ずかしそうに見守っている。
ランドルフも負けじとマーゴットに近づいていった。
いかなる時でもジジ優先のベルトンを見習おうと思ったのだ。揺るがない態度、そして強さ。それが自分にあったなら、結婚破棄を言い渡すことも、妻が襲撃される状況になることもなかったはずだ。
「マーゴット、調子はどうだ?」
「……はい。お陰様で落ち着きましたわ」
ポッと頬を染めるマーゴット。
(やっぱり余のマーゴちゃんは可愛い!)
このまま二人きりで過ごしたいと惚けるランドルフだったが、「陛下、しっかり!」とアレックスに囁かれ、辛うじて威厳を保った。
「ウム、それは良かった。皆も疲れているだろうが少し話を聞きたい」
この言葉を潮に皆の顔が引き締まった。
「わたくしたちが出かけることになったのは偶然なのです。ですから、ずっと見張られていたと考えるべきですわね」
マーゴットは以前から襲撃の機会を窺っていたのではないかと主張する。
「ジジはカツラを被って変装しているので、敵に身元がバレたとは考えにくいと思います」とデイジー。
「その敵の正体はわかっているのか?」
ランドルフの問いにジジは首を傾げる。
「うーん、それがはっきりしないのです。貴族だとは思うのですが、取引はいつも代理人を名乗る男の人でしたから。最初は良かったんです。作れる人が少ない希少な薬ということもあって、高値で買ってくれました。だけどそのうち専属の薬師にならないかとしつこく誘われるようになって、断ったら攫われそうになりました」
「薬を転売しようとする輩だろう。世の中には攫って無理矢理言うことを聞かせて、暴利を貪ろうとする奴が後を絶たない」
ベルトンは憎々しげに呟く。竜人は番を狙うものを許さないのだ。
「しかしタイミングを考えると、やはり王妃を狙ったと考えるほうが自然なのでは?」とアレックスが口を挟む。
「うむ、やはり実行犯が目を覚まさないと黒幕の特定はムリか…………」
ランドルフはチラリとベルトンを見やる。
暴漢を口のきけない状態にしまったベルトンは、きまりが悪そうにコホンと咳払いをした。
「いや、そんな悠長なことは言っていられません。黒幕が犯人たちの目が覚める前に口封じを謀るかもしれませんし、その前に動き出す可能性もあるでしょう。そう思って、昨夜、出来る限り私の方でも調べてみました!」
失態を挽回するかのようにベルトンは宣言する。
「昨夜?!」
「竜人は徹夜の一週間くらい、へでもありませんから」
「さすがは世界最強のベルトン様ですわ。その強さ、その機動力、本当に素晴らしいです。こちらの事情に巻き込んでしまったのに、ご助力いただけるとは感謝の一言に尽きます」
竜人のタフさに一同が驚きを隠せないなかで、一人落ち着きを払っているマーゴットである。そんな妻に違和感を感じるランドルフであったが訊けないでいる。
同じように主を訝しんだのか、デイジーが疑問をぶつけた。
「あのぉ、マーゴット様はベルトン様をご存知なのですか? 初対面ですよね?」
マーゴットはキョトンとしている。そしてニコリと笑う。
「嫌ですわ、ねえ? 陛下」
「う、うむ」
ランドルフは知ったかぶりをして、さも当然のように相槌を返す。
「竜人ノア・マックス・ベルトン様と言えば、お隣シベンナ王国の前国王に決まっているじゃありませんか。退位されたのは十年以上前なので、お会いするのは初めてですけどね」
(なぬ~! そんな相手に余は決闘を申し込もうとしておったのかっ)
ランドルフは顔には出さずに慄いていた。
武術で王位を決めるシベンナ王国の王ということは、竜人の中のナンバーワンであり、まさしくその時代の世界最強である。
「さすが王妃様です。隣国の歴代の王の名前までご存知とは」
感心するデイジーに、マーゴットは「これくらい王妃の嗜みですよ」と返していた。
「今は私も平民です。なーんの権限もないので、現国王に頼んで諜報員を貸して貰ったのですよ。続々と情報が集まっていて、間もなく結果が出るでしょう」
ベルトンはこともなげに、とんでもないことを言う。
シベンナ王国の諜報部と言えば、その優秀さは王の自慢とするところだ。彼らに探れないものはないと言われている。とある国の要人の寝言、とある大富豪の金庫の暗証番号、とある皇后のスキャンダル、ありとあらゆることが暴かれてゆく。
(その彼らを借りたとは――!)
「黒幕はおそらく陛下が睨んだとおりの人物でしょう。もちろん報復させてもらいますよ。ジジを害そうとする者など放置出来ませんからね」
ベルトンは冷笑し、その後、諜報員の報告を受けて宰相アルドリッジ公爵がその裏を取るや否や、黒幕であるハンソン侯爵の最大の資金源であるルビー鉱山を潰しに行った。
国王ランドルフは、彼の所業を見て見ぬふりでやり過ごすことにした。




