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7 襲撃と竜人 ~王妃は命を狙われる

 人間と獣人をはるかに凌駕する存在、それが竜人である。

 獣人は強者に従う習性を持っている。獅子族、狼族、猫族、ウサギ族……数多ある種族の中でも竜族は最強だ。

 寿命は平均三〇〇歳と最も長寿で、頭脳明晰、身体能力にも優れており、魔術さえ扱う。特に武術は圧倒的だ。

 竜族が治める隣のシベンナ王国では、王は世襲ではなく十年に一度開催される武闘大会で決められ、かの国の小隊だけでこの国はおろか広大な帝国すら滅ぼす戦力を有している。

 運命の相手の(つがい)をこよなく愛し、傷つけるものを許さない。竜人の番を害そうとして、一国が滅んだ歴史さえあるという。

 番を求めて世界各国を旅する者も多い。

 他の獣人たちがフサフサな耳やしっぽを持っているのに対し、竜人は人間と変わらない……いや、人間よりも見目麗しい容姿をしている。

 すべてにおいて規格外であるがゆえ、人々は竜族を獣人ではなく竜人と呼ぶ。


 そんな竜人のノア・マックス・ベルトンとかかわりを持ったのは、マーゴットたちが襲撃に遭う数時間前のことであった。


「ランディ君にハンカチでもあげようかしら」


 毎日贈られる花束がマーゴットの部屋に収まりきらず、玄関や食堂にまで飾られるようになると、なんだか貰ってばかりでは申し訳ないという気分になってきた。


「いいですね。陛下もお喜びになるでしょう。私も久しぶりに夫のために刺繍しようかと思います」


 侍女デイジーも賛成する。彼女は先日、夫のノックス伯爵からバラを贈られたので機嫌が良い。そのバラが国王から譲られた希少種と知って以来、ランドルフに対してずいぶんと好意的になった。


「そうね。せっかくなら、新しい刺繍糸を買いに行かない? 王都の商店街なんて、滅多に行く機会がないもの」


「そうですね。ハンカチもゆっくり選びたいですものね。午後にでも行きますか?」


「ええ。ジジはどうする?」


「あー、刺繍は苦手なんですが、出来れば薬瓶を買いに行きたいです」 


「じゃあ、一緒に行きましょう」


 という話の流れで、マーゴット、デイジー、ジジの三人は伯爵家の馬車に乗って商店街まで出向いたのだった。

 普段、王宮から出ることのないマーゴットは解放感に浸りながらも熱心に刺繍糸を選んだ。目的を果たすと、近くの店で買い物をしているジジを迎えに行く。


「ほ、ホントに困るんですぅ」


 店に入るとブルネットの髪に琥珀色の瞳をした麗人に、熱烈プロポーズをされているジジがいた。


「お嬢さんがいなければ、私は生きていけません。どうか見捨てないでくださいっ……!」


「お、お嬢さんじゃありません。ジジです」


「ジジ! なんて可愛らしい名前なんだ!」


「と、とにかく、離して…………カツラがっ……」


 変装用のカツラが脱げないように押さえるジジに、必死の形相で縋りつく麗人の姿に仰天しながら、マーゴットはここでは他の客の迷惑のなるからと、貴人御用達の高級レストランの個室へ場所を移すことにした。

 そこで彼が竜人であること、番を探すために旅をしていること、ジジが番であることが判明したのだった。

 噂には聞いていたものの竜人の番への執着は凄まじく、とにかくジジから離れない。ピタリと隣に寄り添い自分の宿に連れていこうとする竜人ベルトンと、自分の家に帰りたい黒猫獣人ジジの攻防戦に突入した。

「お互い帰るところがあるんですから帰りましょうよ」と諭すジジに対し、「番と離れるだなんてあり得ない! それは私に死ねと言っているようなものです」と頑として譲ろうとしないベルトンである。

 このままでは埒が明かない。かといってジジをこのままベルトンに預けるわけにもいかない。致し方なくデイジーが折れた。伯爵邸に客人として迎え入れることにしたのだ。

 そしてその帰り道、暴漢から襲撃されたのである。


 馬車が襲撃されていると知ったベルトンの動きは素早かった。

「少しだけ待っててくださいね」とジジのほっぺたにチュッとキスすると外に飛び出していったのだ。


「あ、危ないですよっ」


 ジジが叫ぶが時すでに遅し。バキッ、ボキッと派手な音がしたかと思えば、ものの十数秒で静かになった。マーゴットが恐る恐る窓から外を覗くと、暴漢たちの意識はなく護衛たちに運ばれていくところであった。


「ひえ~」


 馬車の窓に張り付いたジジが叫ぶ。怖かったのだろう。ジジの体は震えていた。

 戻ってきたベルトンが気づいて肩を抱く。


「大丈夫、大丈夫」


 優しくジジを気遣うベルトンを見て、マーゴットはこの男にならジジを任せても良いのではないかと保護者のような気分になっていた。

 騎士から事情聴取のためにとベルトンの同行を求められたが、マーゴットはこれを拒否し伯爵邸に戻った。

 番と離れたがらない竜人が大人しく同行を承諾するわけもなく、これ以上のトラブルはご免だと思ったのだ。


 怯えるジジを落ち着かせながら、皆でお茶を飲んでいると、王妃襲撃の報を受けたランドルフとノックス伯爵が堰を切ったようになだれ込んできた。


「マーゴちゃん!」


「デイジー!」


「まあ、陛下! そんなに慌てなくともわたくしたちは無事ですわ。ベルトン様が力を貸してくださったお陰でこちらの被害はほぼありませんでした」


 こんな時にもマーゴちゃん呼びとは赤面ものの恥ずかしさではある。が、マーゴットは仮にも王妃なので努めて冷静に対応した。


「竜人にとって、愛する(つがい)を命がけで守るのは当然のことですよ」


 ベルトンも強者の貫禄で余裕を見せる。


「ロマンチックですわね」


 竜人の番に選ばれることは、この国の貴族令嬢たちの憧れだという。それはそうだろう。親の決めた相手に「家門に相応しく」「貞淑に」などとクドクド言われるより、美男に命がけで守られる方が断然いい。

 ふとランドルフを見ると、驚きの表情を浮かべワナワナと震えている。


「陛下……?」


 いくら冷静さを欠いているとはいえ、妻を救った礼くらいは言って欲しいものだと思い、マーゴットは遠慮がちに声をかけた。


「断じて許せん!」


 突如、ランドルフが声を張り上げる。

 マーゴットはその礼儀を欠いた態度に狼狽した。


「陛下、わたくしたちの恩人に対して失礼ですよ?!」


「妻を助けてくれたことには礼を言う。礼は言うが、それとこれとは別なのだ!」


 ノックス伯爵とデイジーは、これから何が起こるのかと戦々恐々とした様子で見守っている。

 一方、余裕の態度を崩さないのはベルトンである。


「別、というと?」


「マーゴットは余の妻であり、この国の王妃だ。断じて竜人の番にするわけにはいかぬ。どうしてもと言うなら、貴公に決闘を申し込むっ」


 ランドルフの口から自分の名前が発せられて、マーゴットはようやくベルトンの番が自分だと勘違いされていることに気づいた。


(ランディ君は私のために命がけで戦おうとしているのねっ)


 マーゴットは感激した。


「陛下っ、相手は竜人ですぞ? 敵うわけないじゃないですか」


 ランドルフと同じ勘違いをしているノックス伯爵から遠慮のない指摘が入る。


「だが、負けるとわかっていても、男には戦わねばならない時があるのだ!」


 拳を震わせ苦悶の表情で盛り上がる夫をこれ以上放置できず、マーゴットはときめきの余韻もそこそこに止めに入った。


「ベルトン様の番はジジですよ!」


 ランドルフの勢いがピタリと止まる。


「ジジ?」


 マーゴットとデイジーがコクコクと頷くと、落ち着いたランドルフは、やっと国王らしい判断力を取り戻した。


「君が狙われているとわかった以上、このままでは不安だ。すぐに王宮へ戻ろう」


 こうしてマーゴットの家出は終わりを告げた。

 ベルトンも客人として王の招待を受けることになった。

 夜遅くに王宮に戻った一行は、疲労のあまり翌日の昼まで泥のように眠ったのだった。

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