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6 王妃の不在 ~国王ランドルフの嫉妬

本日3回目の投稿です。

 このところ国王ランドルフは機嫌がいい。家出中の妻、マーゴットとの仲が良好なのだ。

 あれから毎日、朝食を共にするようになった。ランドルフが伯爵邸に到着すると、当然のように席が用意されている。

 おそらく執事が気を利かせたのだろう。最初、マーゴットは驚いた顔を浮かべていたが、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も……と日を重ねるうちに、それが生活の一部として自然と受け入れられていった。

 朝食のメニューもさることながら、二人の邪魔をしないように必要最小限に抑えられた給仕のタイミングも申し分ない。

 開け放たれた窓からは朝の木漏れ日が清々しく、小鳥のさえずりが聞こえてくる。そんな癒しの空間で「マーゴちゃん」「ランディ君」と呼び合う甘美な幸福感といったら…………!

 あのケネスという執事は優秀な男に違いない。


 気を良くしたランドルフは彼の主人であり、マーゴットの侍女デイジーの夫であるエイベル・ノックス伯爵を執務室に召した。

 伯爵邸で妻が世話になっていることの礼と、もてなしに対する賛辞を述べる。


「我が家の者が陛下のお役に立てたようで何よりです」


 ノックス伯爵は、いかにも寝不足といった落ちくぼんだ目のゲッソリした顔で受け答えた。


「ん? 疲れておるのではないか。ほとんど屋敷にも帰っていないと聞く。顔も合わせないのでは奥方も寂しかろう」


「何分、忙しく王宮内の自室へ戻るのもままならぬものですから」


 ノックス伯爵は財務を取り仕切る部署に所属しており、時には脱税や不正を調査することもある。

 多忙な仕事ではあるが、寝る間もないほど激務だっただろうかとランドルフは疑問に思った。


「はて、何か厄介な案件でもあるのか。余に出来ることがあれば遠慮なく申すがよい」


 途端にジワリとノックス伯爵の目から涙が溢れる。


「陛下……陛下……王妃殿下はいつ頃お戻りになるのでしょう? 留守中の業務が溜まるばかりで一向に減りませんっ。妃殿下の決裁が必要な案件もあり、このままでは多方面に影響が………」


 よよよと泣き出すノックス伯爵の憔悴ぶりにランドルフは目を見張る。

 確かマーゴット不在中の業務は、宰相のアルドリッジ公爵に一任していたはずだ。どういうことだと近くにいた宰相を見ると、目を泳がせスーッと視線が外された。


「宰相?」


「業務の滞りは、王妃非難の恰好の的となり得ます。かといって、誰彼構わず任せるわけにもいきません。その点、ノックス伯は口が堅く、王妃の侍女を妻に持つ信用のおける人物であり、仕事も優秀。適任ですのでお願いしたまでです」


 シレッと答える宰相アルドリッチ公爵と涙目のノックス伯爵を見て、これは早く何とかせねばと決意するランドルフである。

 優しく穏やかそうな物腰ゆえに仕事もとろいと誤解されがちだが、マーゴットは実はとても有能である。通常業務と並行して処理するには、伯爵一人では荷が重かろうと大いに同情した。


「王妃の決裁が必要なものは余が引き受けよう。この一件がひと段落したら特別休暇を与えるゆえ、もう暫く辛抱して欲しい。それから、奥方に花束でも贈ってあげるとよい。王家の温室に滅多に手に入らない希少なバラがあるから持っていきなさい」


「ご配慮、感謝します」


 その晩、ノックス伯爵は小躍りしながらバラの花束を抱え、屋敷に戻っていった。

 その代わり国王の執務室には夜遅くまで明かりが灯ることになった。



 ノックス伯爵の疲労を目の当たりにしたマーゴットの口から「なんだか申し訳ないわ。そういうことなら、わたくし王宮に戻ろうかしら」などという言葉が飛び出し、ランドルフがよっしゃー! とガッツポーズを決めて喜んでいたある日のことである。


 王のもとへ王妃の乗った馬車が襲撃されたとの一報が入った。王都のレストランで食事をした帰り、暴漢に襲われたのだ。


「それでマーゴちゃんは無事なのかっ?!」


 すっかり冷静さを失った国王ランドルフはマーゴちゃん呼びになっているのにも気づかず、ノックス伯爵邸から報告に来た騎士に詰め寄った。

 こんなこともあろうかとマーゴットが王宮を出たその日のうちに、彼女の兄であるサイラス・ゴドウィン公爵を介して警護のための兵を派遣してある。伯爵邸ではどうしても王宮より警備が手薄になるため、狙われやすいからだ。

 特に娘のコリンナを側妃にしたいハンソン侯爵は、思惑通りに噂が広まらずに焦っていた。アルドリッジ公爵の牽制に納得がいかず、直談判に来たぐらいである。

 改めて「よく考えるとは言ったが、側妃を娶るとは言っていない。もう既に二人の王子がいるし、どうしても必要ならば、まだ子が望めるマーゴットと儲けることを先に考えるべきだ」とハッキリ伝えた。

 宰相からも「たとえ側妃を娶る場合でも候補はコリンナ嬢に限ったことではない」と駄目押しされ、ハンソン侯爵は険しい顔で帰っていった。追い詰められて暴挙に出る可能性があった。


「無事です。兵が数人殴られて負傷したものの、妃殿下に怪我はありません」 


 騎士は国王のマーゴちゃん呼びに戸惑いながらも、冷静に受け答える。

 ランドルフは安堵して肩の力を抜く。


「そうか。で、犯人は捕らえたのか?」


「ハッ。しかし全員瀕死の状態で意識がないため、すぐに聴取は無理かと」


 全員瀕死とはあまりに異常である。余程、敵が弱かったのか、人数が少なすぎたか。しかし、王族を狙おうとする輩がそんなミスを犯すだろうか。

 

「なんだ、それは」


「妃殿下の馬車に同乗されていた男性が加勢し、あっけなく敵を制圧出来たのですが、とにかく強すぎて止める間もなく終わった時には――――」


「同乗の男性だとっ?! 誰だっ!」


 ホッとしたのもつかの間、異性と一緒という想定外の状況にランドルフはいきり立った。

 伯爵邸に忍ばせた間諜からは、昨日まで何の報告も受けていない。


「我々にも、さっぱり…………同行を求めましたが、妃殿下に拒否されまして」


「もうよい。余は今から伯爵邸に向かうっ」


 居ても立っても居られず、ランドルフは「お待ちください、陛下!」という騎士の制止も聞かずに走り出していた。

 まだ王宮で残業をしていたノックス伯爵をとっ捕まえると、自分の馬車に同乗させ一目散に伯爵邸を目指すのであった。


(まさか、マーゴちゃんに恋人がっ?)


 あの朝の甘いひと時は何だったのかと心穏やかではいられない。

 道中、ノックス伯爵にアレコレ尋ねるも、彼は事情がわからないだけでなく、ランドルフ以上に取り乱していた。


「へ、陛下、私はあれから家に帰っていないのですよっ? それより襲撃って何です? 妻は? デイジーは無事なんでしょうかっ?」


 妻を心配する夫二人が伯爵邸に到着する頃には、すっかり夜も更けていた。


「マーゴちゃん!」


「デイジー!」


 なだれ込むように邸内に駆け込む。幸いまだ誰も休んではおらず、一室に集まってお茶を飲んでいた。

 マーゴットとその侍女デイジー、王妃専属薬師のジジともう一人、ブルネットの髪に琥珀色の目をした超美男子が優雅に茶を啜っていた。


「まあ、陛下! そんなに慌てなくともわたくしたちは無事ですわ。ベルトン様が力を貸してくださったお陰でこちらの被害はほぼありませんでした」


 マーゴットに言われてベルトンはスクッと立ち上がる。

 キリッとした勇敢さが滲み出ている。男のランドルフから見てもイイ男である。

 

「竜人にとって、愛する(つがい)を命がけで守るのは当然のことですよ」


 その竜人の言葉にランドルフは固まった。


(番……つがいだってっ?! 余のマーゴちゃんが?)


 叫び出しそうな衝撃をゴクリと飲み込む。妻を奪われるのではないかという不安と嫉妬に駆られそうになる。


「ロマンチックですわね」


 目の前で微笑み合う妻と竜人をランドルフは信じられない思いで眺めていた。


 

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