4 王妃に花束を ~国王ランドルフの復縁計画
「私たちに話し合うことなど、もう何もありません。さあ、もうお帰りになってください」
愛する妻のむせび泣く声に後ろ髪を引かれながら、ランドルフはノックス伯爵邸を後にした。
(余が愚かだった……)
昨日マーゴットが王宮を去った直後、ランドルフは宰相アルドリッジ公爵を捕まえ、懇々と自分の本心を説いた。
「側妃を迎える気持ちはない」「余の妻はマーゴットだけだ」「新たに王子が必要ならば、マーゴットとの間に子を儲けることを優先すべきだ」等々。
身振り手振りを交えて必死に訴える己が主君を見て、アルドリッチ公爵はようやく納得した様子で呟いた。
「なんとも紛らわしい……」
「本当ですよ」
専属騎士アレックスも同意する。
「よ、余は一言たりとも側妃を迎えるなどとは言わなかったぞ?」
「えー? でも、見合う相手がいないから側妃が娶れないみたいなことを残念そうにおっしゃってたし」
アレックスの言葉に、アルドリッチ公爵も無言で頷く。
「あれはやんわりと拒否したつもりだったのだ! それにあの後、そのつもりはないとハッキリ言っただろう」
「なーんだ。てっきり妃殿下の尻に敷かれ……いえ、配慮したのかと」
「そうやって余の心を勝手に解釈するからおかしなことになるのだ。まあ、よい。あの場に我々以外に誰もいなかったことは不幸中の幸いだった。余が結婚破棄を口にしたことは、絶対に外に漏れないようにしろよ? あれは血迷っていたのだ」
アルドリッジ公爵は「御意」と恭しく頭を下げた。
「しかし妃殿下は大っぴらに王宮を去ったご様子。どうなさるおつもりですか」
いかにアルドリッチ公爵と言えども、公になった王妃不在の事実まではどうすることも出来ない。
「明日、迎えに行く」
ランドルフは誤解を解き、すぐに妻が戻ればこの件は解決すると考えていた。
だが、こうしてマーゴットの話を聞いて、自分の浅慮さに腹が立った。
(そんなに単純な話ではなかった……)
結婚破棄の一件を伏せても、一旦、王妃が王宮を出たとなれば良からぬ噂が立つだろう。荷造りをしたメイドや搬出した使用人たち、それを目撃した者もいる。
不仲説。少なくとも「寵愛が失われた」とお飾り王妃の誹りを免れない。
野心家のハンソン侯爵のことだ。この機に乗じて、自分の娘が側妃に上がるという噂をまき散らし、外堀を埋めようとするかもしれない。いや、する。
それよりも情けないのは、マーゴットに夫から愛されているという実感がないことだ。それは即ち、ランドルフが常日頃から愛情表現を怠っていたということに他ならない。側近のアルドリッチ公爵とアレックスですら勘違いしたのだ。他人から見ても二人の関係は冷めているということだ。
(だからハンソン侯爵なんぞに付け込まれたのだ。このままではいかん!)
ランドルフは妻との復縁を決意し、王宮へ戻ると朝食もそこそこにアルドリッチ公爵を呼び出した。
「――と言うわけで、余はマーゴットを愛しているのだと世間に見せつけてやらねばならぬ! 王妃の名誉を回復し、今後一切、二人の仲を引き裂こうとする不届き者が現れないようにするためにな」
せっかく迎えに行ったのに、あえなく撃沈して帰って来た割にはやる気満々の国王を前に、アルドリッチ公爵は面食らった。
「で、どうするのです? 明日、ハンソン侯爵家の茶会があります。恐らく、その直後から側妃擁立の噂が流れ始めますよ」
護衛のために常に付き添っているアレックスも「ご婦人方の噂は広まるのが早いですからね」と肯定する。
「ふむ、その前に側妃など迎える気はないと、ヤツの認識を正しておいた方が良いだろう。書面で送るか、対面で告げるか………」
「いえ、陛下は明言されたわけではありません。勘違いしたのはあちらの勝手。いちいち相手にすれば侮られます。ここは宰相である私から牽制しましょう。陛下にその意図はなかったと。しかし、彼は王妃不在の隙を突いてくるでしょうね」
「噂が立つのは避けられないですよ、陛下」とアレックス。
「ウム、そこでだ。余は明日も王妃のところへ行くことにする」
「へ? 今日行ってダメだったんですよね。 明日なら上手くいきそうなんですか?」
アレックスは首を捻り、アルドリッチ公爵も目をパチクリさせた。
ランドルフも、さすがにあの様子では明日は無理だろうと思う。マーゴットを傷つけたのだ。それ相応の時間が必要だ。
「えー……つまり筋書きはこうだ。余と王妃は痴話喧嘩をした。理由は……そうだな、二か月後の王妃の誕生日に贈る宝石についてだ。まあ、犬も食わないというやつだな。家出した王妃の機嫌を取るために、毎日、伯爵邸に通っているという事実を世間に広め、単に側妃の噂を否定するだけでなく、余が王妃にベタ惚れだという話を上書きすれば、マーゴットの名誉を守ることが出来るだろう」
「なるほど……あくまで『喧嘩するほど仲がいい』を貫くのですね」
アレックスとアルドリッチ公爵は、納得した様子でウンウンと相槌を打っている。
「そうだ。そしてこれが非常に重要なことだが、余はマーゴットに誠意を示さねばならん。彼女を幸せにすると誓ったのだ。その約束だけは違えたくない。ついては、これからは毎日マーゴットに愛を伝えていく所存である!」
「そうやって倦怠期を乗り越えるおつもりですね!」
アレックスとアルドリッチ公爵は、力説する国王の迫力に押されてパチパチと拍手している。
「ちょっと待った。どこが倦怠期だ、どこが」
「えー、だって陛下ときたら、ここ数年、妃殿下との会話は事務的で、贈り物は似たようなネックレスばかり。それもよく見もせずに数秒でさっさと決めるじゃないですか」
その様子は傍目には、ランドルフが適当に選んでいるようにしか見えない。以前は、一つ一つを吟味し、迷い、時間をかけていたのを専属騎士のアレックスは知っていた。
「当然だろう? 何年も一緒にいれば、どれが一番似合うかなど一目でわかる」
話さずとも妻のことは自分が一番知っていると胸を張るランドルフに、アルドリッチ公爵が「紛らわしい……」とボソッと呟いた。
「しかしお前の言いたいこともわかる。マーゴットも同じようなことを申しておった。どうやら女性からすると似合うものと好きなものは違うらしいのだ。ワンパターンもいけないのだな。おお、そうだ。ノックス伯にも忠告しておかねば。たまにはバラを贈るようにと」
「そういうことなら、例のルビーは王妃殿下への贈り物にしたらいかがですか」
持つべきものは気の利く臣下である。アルドリッチ公爵の提案にランドルフは目を輝かせた。
「そうだな。そうしよう」
王妃との復縁に闘志を燃やすランドルフは、毎日マーゴットに会うため伯爵邸に足を運んだ。
「とにかく、女性は褒めてナンボです」
アレックスにアドバイスされれば「そなたは今日も美しいな」などと照れ臭いセリフを口にしてみたりもした。少し目が腫れているようだったが、マーゴットの美しさはそんなことぐらいで損なわれたりしない。
花を贈ると良いというので三日目からは花束を抱えていくようになった。
ちゃんと花言葉にも気を配り、バラ、アネモネ、勿忘草、マーガレットなど、「君を愛する」「真実の愛」……と愛をテーマにした花を王家の温室の中から、自ら選んでいる。
「ラブレターを書いてみてはいかがでしょう」
無口なアルドリッチ公爵は独身時代、毎日のように当時婚約者だった妻に手紙を書いていたという。喜んだ奥方は今でもその手紙を大切に保管しているのだそうだ。
そうか、手紙ならば落ち着いて言葉を選ぶことが出来るし、追い返されたら執事に託すことも出来る。
早速、ランドルフはペンをとる。結婚してからマーゴットに手紙を書いたのは数えるほどであり、新鮮さを感じた。
その甲斐あってか、マーゴットにゆっくりと会うことが出来たのは、伯爵邸に通い始めて十日目のことであった。




