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2 焦りと後悔 ~国王ランドルフの胸の内

 バーン!


 勢いよく扉が開けられて妻が部屋を出て行った時、国王ランドルフはその扉と壁の間に挟まれていた。

 次々と荷物が運ばれ、周囲に人気(ひとけ)がなくなった頃、ようやく扉の裏から姿を現すと、(したた)か打ちつけた鼻からは血が流れていた。


(あんな風に考えていたとは!)


 しーんとした廊下で呆然と立ち尽くす。


 ――名前がマーゴット(真珠)だからって、誕生日プレゼントがすべて真珠なんですけど。とりあえず贈っておけばいいだろうって? 手抜きよね。バカにしてるわっ!


(真珠ばかりだったか? いや、でも、バカにするつもりなどなかったのだ)


 ――十二年間も一緒にいたのに何もわかってないんだから。 


(否! 余ほど、マーゴットをわかっている者はおらぬ)


 この国では、王家に嫁ぐのは外国の王女か国内貴族では公爵家、年回りが近い娘がいない場合は侯爵家と決められている。

 嫁選びの選択肢が少ないなかで、ランドルフは幸運にもゴドウィン公爵令嬢マーゴットに一目惚れをした。

 美しい金髪にブルートパーズのような透明感のある青い瞳。バラ色の頬。柔らかそうな肌。何よりふくふくとした掌が良かった。手を握るとじんわりとした熱を帯び、血の通った人間らしい温かさと優しさに触れたような至福の心地になるのだ。

 初めて会って以来、王はずっと王妃だけを見つめてきた。


 ――ルビーを献上されて、まんざらでもなさそうだったわよ?


 ――きっと私に飽きて若い娘と結婚したくなったのでしょう。なんでもハンソン侯爵令嬢は十七歳だそうだから。


(そんなわけあるか! 余はずっと王妃一筋だというのに。ハンソン侯爵の娘の齢など知らぬわっ)

 

 では何でこんなことになっているのだと、ランドルフは項垂れた。

 つい前後の見境なく結婚破棄を口にしてしまったものの、これはマズイと前言撤回するためにやって来たのだ。

 扉をノックしようとしたその時、漏れ聞こえる女性陣の声。つい盗み聞きしてしまい、入室のタイミングを失った。そして勢いよく開く扉と壁の間に挟まれて身動きが取れないまま――――。


「陛下、こちらでしたか。は、鼻血っ…………?!」


 急にいなくなった主君を探しにやって来た専属騎士のアレックス・キンバリーが、ハンカチで鼻血を拭う。

 彼はランドルフとは学園の同級生で気心知れた側近の一人だ。


「こんなところで何やってるんですか。早く出て行けとでも言いに来たんですか?」


「ち、違う! 謝りに来たのだ」


「まさか、引き留めたいとか?」


「まさかとは何だ。余の妃はマーゴットだけだ」


「ええっ。あんなに乗り気だったのに?」


「どこがだっ!」

  

 そもそもハンソン侯爵が悪い。極上のピジョンブラッドルビーを手土産に、王子二人が同時に病に罹ったという弱いところを突きながら、娘のコリンナを側妃にと推してきたのだ。


「陛下もそろそろ側妃を迎えるべきです。もう一人、王子がいらした方が、臣下としては安心できますゆえ」


「しかし公爵家には年回りの合う未婚女性はおらず、侯爵家も同じだろう」


 この時きっぱり否定すればよかったのだが、献上品を贈られた手前、遠回しな表現になった。


「これから子を産むのですから、若い女子(おなご)がよろしいでしょう。幸い、我が娘コリンナはまだ婚約者もなく適任かと存じます」


 こうまであからさまな薦め方をされるとは予想しておらず、隣のマーゴットも顔には出さないが不穏な雰囲気を醸し出している。

 とにかく早く切り上げなくてはと焦ったのもいけなかった。


「よくよく考えて()()()ゆえ、()()()()()()()これで」


「はい、陛下。それでは私はこれで失礼いたします」


 ハンソン侯爵はニヤリと不敵な笑みを浮かべると場を辞していった。

 ふう、やれやれ、と肩の力が抜ける。が、マーゴットの手がワナワナと震えだしているのがわかった。


「陛下、側妃を迎え子を儲ければ、あらぬ争いの種になります」


「いや、しかしハンソン侯爵も王家の行く末を案じて進言したのだろう」


 開口一番に飛び出したマーゴットの正論が胸に突き刺さった。彼女の言い分は尤もである。しかし、そうではないのだ。そんな政治的なことよりも「私以外の妻を娶らないで」と、まずはその一言が聞きたかった。 

 それでついハンソン侯爵を庇うような言い方になってしまった。


「だから、側妃をお迎えすることにしたのですね」


(え? ちょっと待て、何でそうなるのだ)


 既に決定したかようなセリフに、ランドルフは焦った。


「余はまだ何も決めてはおらぬぞ?」


「おっしゃったではないですか。よく考えて()()()()から、()()()そのつもりでいるように、と。ハンソン侯爵も満足そうにお帰りになりましたよ」


 ギョッとして宰相のアルドリッジ公爵を見ると、彼は無言でウンウンと頷いた。

 アルドリッジ公爵家は建国から続く由緒ある家柄であり「王家の守護神」と呼ばれる忠臣である。現当主の彼はランドルフより八歳ほど年上の寡黙な男で、頼れる兄のような存在である。


「いや、余はそのつもりはない」


「ではなぜ、最初にきちんとお断りにならなかったのですか? 陛下が見合うご令嬢がいれば迎え入れたいなどとおっしゃるから――」

 

「な、なぜ、そのような歪曲した受け止め方になるのだ!」


 ランドルフはマーゴットの言葉を遮った。我慢できず、声が大きくなる。

 マーゴットの眉がピクリと上がる。


「歪曲? そのつもりもないのに、あんなことをおっしゃったのですか? 我が子に身の危険が及ぶかもしれないのに? 国王のなさることとは思えませんわ」


「恐れながら王妃殿下、王子たちのことはどうぞご心配なく。正統なお血筋であられる殿下方の身の安全は、このアルドリッジの名にかけて私が保障しましょう。確かにもう一人男児に恵まれれば臣下として安心できます。ですから()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アルドリッジ公爵は無表情で淡々と述べた。感情が読めない。

 しかし、ランドルフは国の重鎮に「自分の気持ちひとつ」と言われて安堵した。


「アルドリッジ公爵がそう言われるのなら、わたくしが()()()()()ことではありませんわね」


「ご理解いただけて何よりです」


「そのルビーは輿入れの祝いとして宝飾品に仕立て、陛下からコリンナ嬢へ贈られるのがよいのでしょうね」


「はっ。では早速、職人を手配いたします」


 宰相アルドリッジ公爵がルビーを手に退出しようとしたその時になって、ランドルフは事態がとんでもない方向に進んでいるのに気づいた。


(はあっ? なんで側妃を迎える方向で話が進んでいるのだ?!)


 驚いて思わず玉座から立ち上がると護衛騎士のアレックスから耳打ちされる。


「公爵閣下は、陛下の決断に異を唱えるなと援護してくださったのです。さすがですね」


「何だとっ?!」


 誰も彼もが自分の心を勝手に忖度している。違う。違うんだ。そう口を開きかける。マーゴットと目が合うといつもの優しい微笑みがスーッと消えた。


「はっ? 何なんです?」


 冷たく言い放たれたショックで、破れかぶれになった。


「ええい、もうよいっ。マーゴット、君との結婚を破棄する!」


 国王の発言にその場が凍り付いた。

 一同唖然とするなか、いち早く動きを見せたのはマーゴットだった。


「陛下。その結婚破棄、承りますわっ!」


 ランドルフがハッと正気に返ったのは、妻が優雅なカーテシーをして去っていった後のことであった。

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