11 結婚破棄から始まる真実の愛 ~復縁と絆
本日2回目の投稿です。
最終話になります。
不自然な甘さと酸味が入り混じった毒の臭いが鼻に抜けた時には、お茶はもうマーゴットの喉を滑り落ちていた。
ハンソン侯爵の娘コリンナは行方不明、大臣たちの一件で王宮はてんやわんやしている。隙だらけだったというのに、すっかり油断していた。
(しまった!)
そう思った瞬間、マーゴットの体は動いていた。ランドルフが持っているティーカップを払いのける。
「飲んではダメッ…………」
体が痺れて、呼吸が苦しくなる。声を振り絞った後は、もう指一本自由にならなかった。倒れ込む体をランドルフに受け止められ、焦ったジジの声が聞こえる。
朦朧とする意識の中で、ジジから口移しで解毒薬が流し込まれた。
(ああ……ベルトン様に嫉妬されちゃうかしら……)
死ぬかもしれないピンチに陥っているというのに、のん気にそんなことを考えている自分が可笑しかった。
「マーゴット! マーゴちゃん……目を開けてくれ! マーゴちゃんっ」
視界が暗転する直前に映ったのは、自分の名前を叫ぶランドルフのくしゃくしゃな顔。
(こんな時でもマーゴちゃんなのね…………)
ランディ君……こんな風にもっと名前を呼び合えばよかった。
子どもたちにも会えていない。馬車が襲撃されてしまい、王宮に戻ってからは忙しなく時が過ぎ、なかなかお互いの都合が合わなかったからだ。
しかし本当にそうだろうか? 少しも時間が割けないほど忙しかった? その努力を怠っていただけではないのか。
マーゴットは落ちていく闇の中で悔やんでいた。
ダニー……。
マティ……。
愛しい子どもたち。
会いたい。
ランドルフ……ダニエル……マシュー……。
ただひたすらに家族の名を呼ぶ。何度も何度も。
そうやってどのくらい時が過ぎたのだろうか。
「マーゴット!」
夫の声に引き戻されるように意識が浮上する。ハッとしてマーゴットが目を開けると、泣きながら妻の手を握っているランドルフがいた。
「母上!」
「お母様?!」
心配そうに母親の顔を覗き込む子どもたちの姿が目に映る。目が覚めて安心したのか、次男のマシューがワーンと声を上げて泣き始めてしまった。ダニエルは兄の矜持なのか、グッと歯を食いしばって耐えている。目が赤い。
「ダニー……マティ……」
「二人とも剣の稽古に身が入らず、ずっと付きっきりだったのだ。君の誕生日に剣舞を披露しようと、かなり前から稽古に励んでおったのだぞ」
ランドルフが説明する。母親をびっくりさせようと内緒にしていたらしい。
(じゃあ、忙しくて時間が合わなかったのは…………)
マーゴットの目から涙が溢れる。息子たちが養育係とばかり一緒にいたのは、親の手を離れてしまったからではなかったのだ。
十歳と八歳である。泣きながら母親に縋る姿は、まだまだ小さな子どもだ。
夫もここにいる。
何もかも失ったわけではなかった。
王妃として夫を支え、子を産み家族に尽くしてきた自分の人生は、決してまがい物などではなく、確かに今ここにあるのだとマーゴットは実感した。
「あ、王妃様、目覚めたんですね」
様子を見に来たジジの後に水差しを持ったデイジーが続いた。
すぐにジジが解毒したので、マーゴットが意識を失っていたのは数時間ほどのことだったらしい。しかし、もう夜も遅く子どもたちは眠そうにしている。
デイジーが二人を部屋まで送り届けるために出て行くと、ランドルフは妻の額にキスして言う。
「さ、マーゴちゃんも、もうひと眠りするといい」
マーゴットは完全に毒薬が体から抜けるまではと、さらに三日ほどジジに看護されることとなった。
最終的に、ハンソン侯爵の一族は財産没収の上、国外追放になった。王妃襲撃と人身売買に深くかかわった子爵だけは、北の牢獄に収監され生涯を終えることとなる。
国王夫妻の毒殺を謀ったコリンナは、幼いころから側妃になるものと洗脳され、厳しい教育が施されていた。時には鞭で打たれ、食事を抜かれるなど、体罰を与えられることもあったという。
情状酌量の余地があり、主犯ハンソン侯爵の命を助けた手前、彼女だけを死なせるわけにもいかない。マーゴットとランドルフは悩んだ末に、侯爵と同様に表向きは毒杯を与えたことにして、遠方にある戒律の厳しい修道院へ入れることにした。
空席だった新たな大臣も決まり、デイジーの夫エイベル・ノックス伯爵は財務大臣となった。約束通り国王から休暇を与えられたノックス夫妻は、大喜びで旅行に出かけていった。
王宮が落ち着きを取り戻したことで、国王の結婚破棄発言から続いた一連の騒動はようやく幕を閉じたのだった。
そして王妃の誕生日パーティーの日。
「マーゴちゃん、誕生日おめでとう」
夫ランドルフからピジョンブラッドルビーのネックレスが贈られる。
(あら? でもこれ……)
しっかり真珠があしらわれていた。
ランドルフが申し訳なさそうな顔をする。
「わかってはいるのだ。マーゴちゃんはダイヤモンドが好きなのだと。だけど、君に似合うものをと考えていると、どうしても真珠に行きついてしまう」
夫は適当に選んでいるわけではなかった。
つけてみると確かにマーゴットの柔和な顔と白い肌には、ダイヤモンドの煌めきよりも真珠の艶やかさの方が似合っている。
「いいえ。わたくし、本当は真珠も大好きなのです。だけど今、もっと真珠が好きになりましたわ。ダイヤモンドよりも、ずっと」
マーゴットは心の底からそう思った。
そう言えば……と、ランドルフのために刺繍したハンカチを渡そうと手に持って躊躇した。
ブルースターの花の意匠とランドルフの名前が入っている。彼の瞳に合わせて選んだ色味だが、何度か同じようなハンカチを渡していることに今さらながらに気がついて、マーゴットは猛省する。
「ごめんなさい。わたくしの方こそ同じようなハンカチばかりですわね」
「いいや、嬉しいよ。いつもブルーの色味が微妙に違う。意匠の花も。ブルースターの花言葉は『信じあう心』『幸福な愛』だ。私たちにピッタリじゃないか」
ランドルフは破顔して、マーゴットの手から素早くハンカチを奪いとる。
「それに、忙しいのに頑張って刺繍してくれたのだろう?」
「ランディ君……」
毒に倒れている間に溜まった執務もあり、マーゴットはなかなか裁縫の時間が取れなかった。
夫はちゃんとわかってくれていた。
「さあ、行こう」
ランドルフが手を差し伸べる。
昼下がりのパーティーは貴族の子どもたちも招待され、賑やかに催された。
それぞれにピアノやバイオリンなどの演奏を披露したり、自ら描いた絵を王妃にプレゼントするなど、大人が主役の夜会とは違った和やかさに包まれている。
なかでも王子二人による剣舞は素晴らしく、息子たちの成長をしみじみと感じさせるものであった。
このパーティーを区切りに、ジジとベルトンの二人はシベンナ王国へ移住する予定だったのだが延期になった。
マーゴットの妊娠が発覚したのだ。悪阻が酷く、フラフラしている。
「こうなったら出産まで面倒見ますよ~。ハイ、王妃様、薬湯をどうぞ」
「ごめんなさいね。ベルトン様にも迷惑をかけてしまったわ……うっぷ…………」
「いいんですよー。竜人は寿命が長いんですから、少しくらい予定が遅れたって」
「マーゴット様、もう暫くのご辛抱ですよ。レモン飴はいかがですか?」
デイジーも嬉しそうに世話を焼く。
その数か月後、マーゴットは元気な男の子を出産。ランドルフは歓喜し、国中が第三王子誕生に沸いた。
もはや二人を倦怠期などと揶揄する者は、誰もいない。
今日も夫婦は仲睦まじく名前を呼び合う。
「マーゴちゃん」
「ランディ君」
マーゴットは幸せを噛みしめていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




