10 野心の結末 ~国王の処断
大臣たちの収賄と脱税、ハンソン侯爵及びその一族による王妃暗殺未遂は、貴族たちに大きな衝撃を与えた。
政治的混乱を最小限にとどめるべく宰相たちも奔走しているが、暫く王宮内は落ち着きそうにない。
ランドルフは、大臣たちについては私財を没収、一家取り潰しの上、平民とすることに決めた。
収賄の末、人身売買――特に獣人の売買を見逃していたことは、彼らを保護する国々の反発を招きかねず、甘い処分で済ませるわけにはいかない。
獣人は強者に従う性を持つが、強者は弱き者を守る。なかでも竜族や獅子族、狼族は、人間よりも強く、独立した国を持っているのだ。
竜人ベルトンから個人的な報復を受けてハンソン侯爵が王都に戻ってきたのは、大臣たちの処遇が決まった二日後のことであった。
とっちめられてズタズタにされているかと思いきや、ハンソン侯爵の顔にはあざも傷もない。
(ほう?)
ベルトンの顔を見ると、彼は意味深にウィンクをした。
「彼はこれから刑を言い渡される身。外傷があっては体裁が悪いですからね。なに、ちょっとした空中散歩を楽しんだだけです」
そう言う彼の前でハンソン侯爵は大そう怯えている。
(竜化した竜人は飛べると言うが…………)
ランドルフは、なんとなくベルトンのしたことの察しがついた。
「お、落ちるっ! 助けてくれ~。竜が……竜が……ひぃぃぃ~」
牢の中で悪夢にうなされる声を看守たちは毎日のように聞いたという。
そしてハンソン侯爵は、娘コリンナの行方はおろか、いなくなったことにも気づいていなかった。
「フフフ……、娘は捕まっていないのか……コリンナさえ無事ならまだ逆転の目はある……あの子が、コリンナが妃にさえなれば…………ハハッ…………」
ブツブツと呟いている姿は、とても正気とは思えなかった。
(妃に……って、罪人の娘だぞ? なれるわけなかろうに)
ランドルフには野心に執着する侯爵が滑稽に映った。
いずれにせよ処刑は免れまい。
「えー、それじゃあ、ハンソン侯爵は精神を病んじゃったんですかぁ? うーん、それはお気の毒ですね。そういう病にも効く薬があるんで、治してあげたらいかがでしょう」
ランドルフが報告がてらマーゴットに会いに行くと、同席していたジジが無邪気に残酷なことを言う。
侍女のデイジーが治したところで処刑になると教えると「それは可哀相ですね」と暗い顔になった。
「しかし罪状が王妃暗殺未遂に加え、人身売買まであるのだ。ジジも危うく攫われるところだったのだろう?」
「そうよ、ジジ。あんな奴に情けは無用よ」
自ら被害に遭いながら慈悲深いことだとランドルフは感心し、マーゴットも共感している。
「そうなんですけどねぇ、殺しちゃうのは気が引けるというか……。どうせ捨てる命なら、新薬の実験台になって欲しいと言うのが正直な気持ちでして」
「実験台?!」
「私、成人したらシベンナ王国の薬学研究所の入所試験を受けるつもりなんです。ノアさんに話したら、選考に自由研究があると言うので解毒薬の研究をしたいと思ってるんです。でも自分の体で試すのは大変なので――――」
「ジジにそんな危険なことはさせられないよ。必要ならば私が実験台になろう」
今日もジジに引っ付いているベルトンが、すかさず実験台に立候補する。
「えー、竜人の体は強靭で毒耐性もあるんで無理ですよぉ。それに毒が体に回ってから、解毒薬を飲んでデータを取るので苦しいですよ? ノアさんを何度もそんな辛い目に遭わすことなんて出来ません」
ケロッとした顔で怖いことを言ってのけるジジである。
(そんな実験では、死んだ方がマシであろう)
ならばそれも良いかとランドルフは考える。
結局、ハンソン侯爵は表向き処刑をしたことにして、ジジの実験台として譲り渡すことにした。
「研究が終わったら、ちゃんと正気に戻してあげようと思います」
(いや、戻さない方がいいのでは…………)
実験台になった記憶はそのまま残る。どうせまた精神を病むのがオチではないかとランドルフは思う。悪意なき善意は時に罪である。
かくしてハンソン侯爵は、命だけは助けられることとなった。
(あとは侯爵の一族の処遇であるな。さて、どうすべきか……)
ランドルフが考えあぐねていると、メイドがお茶と菓子を運んできた。
ちょうど喉が渇いたところだったと皆が寛いだ雰囲気になる。
「わぁ~、小腹が空いたところだったんです」
ジジがはしゃいで焼き菓子に手を伸ばす。彼女は猫舌なので、先に腹を満たすことにしたらしい。
ベルトンは「食いしん坊だなぁ」と目を細め、マーゴットも微笑ましく見つめながら茶を啜った。
その直後である。
マーゴットがランドルフの持っているティーカップを払いのけた。床に落ちたティーカップがガシャーンと音を立てて割れる。
「飲んではダメッ…………」
「マーゴちゃんっ?!」
「マーゴット様っ」
「王妃様っ?」
そのまま倒れ込む妻をランドルフが抱き留める。
薬師のジジが素早く駆けつけた。
「紅茶から毒薬の臭いがする」
人間よりも鼻の利く竜人ベルトンが冷静に分析すると、黙って王の警護に当たっていたアレックスがすぐさまメイドを追いかけ拘束した。
「大丈夫、大丈夫ですよっ。すぐに助けますからね。こんなこともあろうかと、薬を常備してるんですっ」
ジジがスカートのポケットをまさぐる。取り出した小瓶の薬をあおり、マーゴットに口移しで飲ませていく。
「マーゴット! マーゴちゃん……目を開けてくれ! マーゴちゃんっ」
ランドルフが取り乱すと、アレックスに取り押さえられていたメイドが肩を震わせて嘲笑った。
「フフフ……あははっ! いい気味ですわ。側妃に迎える約束だったのに、反故にするからこんな目に遭うのですっ」
「何だとっ!」
アレックスの腕の力が強くなり、それに抗おうとメイドが頭を振った拍子に茶髪のカツラがスルリと落ちて、よく手入れされた金髪が露わになる。
ハンソン侯爵の娘コリンナだった。
「ずっとわたくしは、お父様に言われて妃になるために努力してきましたわ。淑女として恥ずかしくないように…………寝る間も惜しんで……それなのに……それなのに……どうして…………」
彼女の瞳からはツーっと一筋の涙が伝っていた。
「余はこれまでに、誰とも、一度も側妃を迎えるなどと約束したことはない。今までもこれからも余の妃はマーゴット一人だ」
コリンナの言い分では、ハンソン侯爵の野望は以前からあったのだろう。早くから娘に教育を施し、虎視眈々と側妃に推す機会を狙っていたに違いない。そして娘は側妃になるものと信じ込まされてきた。
「嘘……嘘よ……幼いころから決められているとお父様が…………でなければ……なぜ鞭で打たれてまで…………絶対……嘘に決まってるわ!」
彼女にとっては辛い現実だろうが、ランドルフは告げねばならない。
「そんな話は一切ない」
「嘘よぉぉぉぉっー!」
絶叫するとコリンナは嗚咽し、後から駆け付けた騎士たちに連れられていった。
「王子が二人もいるのに側妃だなんて本来ならばあり得ませんのに、なぜこんな目に…………あまりにマーゴット様がお可哀相です」
王妃を蔑ろにしすぎだとデイジーが悔しそうに涙をにじませる。彼女の声には、ハンソン侯爵だけでなく、そのあり得ない側妃擁立を認めようとした身勝手な男たちへの非難が込められていた。
その一人である自覚があるのか、専属騎士アレックスは反省したように「すみません」と小声で謝った。
ランドルフはマーゴットの青白い顔を見る。
(死なないでくれ……マーゴちゃん!)
ジジが手際よく介抱している間、彼に出来たのは愛する妻の手を握り、祈ることだけだった。




