呼ばれてきた男
「今日のゲストは、俳優で怪談ライターでもいらっしゃるみぶ真也さんです。
みぶさん、今日はよくお越しくださいました」
司会の女子アナがぼくを紹介する。
「よろしくお願いします」
司会者に半分、カメラに半分体を向けるようにして挨拶を返した。
「みぶさんは映画やドラマで俳優としてご活躍される傍ら、怪談を書いてテレビやラジオで発表されてるそうですが、そもそもどういうきっかけで怪談を書かれるようになったんですか?」
こういう番組ではお約束のような質問が投げかけられる。
「そうですね、俳優として舞台や、撮影所、放送局のスタジオなんかで仕事をしていると、すごく不思議な出来事に遭遇することが多いんですね。
ここの局もそうですけど、テレビ局なんかは必ずと言っていいくらい、昔から伝わってる怪談なんかがあります。
そんな話を集めて書いているうちに、発表してみないかという人が出て来て、機会がある度に紹介してるんです」
これもお約束の回答をした。
「じゃ、みぶさんご自身が体験されたお話もあるんですか?」
「はい、ぼくの体験談もあれば、スタッフやタレント仲間が体験した話もあります。
一般の方から、こんな不思議なことがあったのでラジオで紹介して欲しいと言って、奇妙な体験談を教えて貰うこともあります」
司会者とカメラに目や顔の向きを自然に切り替えて答える。
テレビを観ている人は自分に話しかけられているように感じるように、だが司会者を無視しているように見えてもいけない。
テレビやラジオの場合は、視聴者やリスナーが自分も番組に参加しているような気持ちになって貰うことが大切なのだ。
「じゃ、何か一つ、怪談を紹介していただけますか?」
司会者に振られたので
「これは、ぼくが実際に体験したお話なんですが…」
と、怪談を話し始める。
神戸のライブハウスで起きた「もう一杯」という不思議な話だ。
こ こでイベントが行われる度に出没する不思議な幽霊がいるのだが、あるものに執着を持っているらしい。
それは…
そこまで話が進んだ時、何故かスタジオの照明が全て消えた。
スタッフの慌てた声が聞こえる。
モニターも消えている。
「大丈夫でしょうか?」
司会の女子アナに尋ねてみた。
「さあ、私もこんなこと初めてです」
スタッフの声はあわただしく響く。
「マイクも死んでます」
「カメラはどうだ?」
「モニターは映りませんが、カメラは生きてます」
「この暗さでどれくらい映る?」
「みぶさん達はほとんど分かりませんが… あっ!」
「どうした?」
「白いものが…」
声とともに、正面のモニターがついた。
真っ暗な部屋の中央に、白っぽい人の姿らしきものが浮かんでいる。
「あ、あの時の幽霊だ」
思わずつぶやく。
「あの時のって?」
司会者に尋ねられ
「さっき話していた怪談です。神戸のライブハウスでぼくが体験した話。
モニターに出てるのは、その時見た幽霊とそっくりです」
その瞬間、モニターが落ちて画面が真っ暗になったかと思うと、数秒後、全ての照明と電気器具が回復してスタジオが明るくなった。
スタッフ一同が、ほっとため息をつく。
「みぶさん、変な幽霊連れて来ないでくださいよ」
ディレクターの言葉に
「いや、連れて来たというより、この怪談をしたので引き寄せられて来たんでしょう」
「とにかく、みぶさんの怪談から撮り直します」
撮り直しは話を変えて、役者仲間が京都で体験した怪談を紹介した。
最初に話していた「もう一杯」という怪談は、それ以来、ずっと封印している。