お嬢様は同情から好きになる(現代・恋愛)
婚約破棄の単語はでますが、違います。
2,000文字くらい
2022.6/27
不揃いの箇所を揃えました。内容は変えていません。
「蝶子、君との婚約は破棄させてもらう」
「え?なんで今言うの?」
私はビュッフェのトングを戻してから、翔に向き直る。今日は父の会社の周年パーティで、ホテルを貸し切っている。これから父のスピーチなので、社員たちはビュッフェ周辺にはおらず、ここにいるのは私と翔だけだ。
「今だと悪いのか?」
「香奈さんは、スピーチの時に皆の前で言ってもらうつもりでいるようだけど。ほら……」
私は噂の彼女がいる方向に顔を向ける。
急に2人に見られたからか、香奈は慌てて目を逸らした。やはりこちらを見ていたようだ。
香奈は父の秘書なので、我が家に良く出入りしている。そのため翔とも顔を合わせる機会が多く、いつのまにかそういう関係になっているのは知っていた。
「そんな馬鹿いるか。蝶子が恥をかくだろ」
「じゃあどうするの。今日は私たちの婚約を発表する段取りでしょ」
「だから、いま婚約破棄を伝えてスピーチをしない方向で話したかった」
「それより、香奈さんとの関係は否定しないの?カマかけたのに」
「否定はできない。子供が産まれるから」
「それなら仕方がな…い…って何!?子供ぉぉぉ?」
場が一瞬静まり、皆が私に注目する。
「蝶子?」
マイク越しに父が私の名を呼んだ。
「お、お話し中に失礼いたしました」
詰まりながらも謝罪。
「……2人が仲睦まじいのは何よりだが、私の話も聞いてくれよ…あぁ今話しておくか」
――何を話すつもり?
父が少し間を空けた事に嫌な予感しかしない。
父から私達の婚約話をされたら困る!
「私は再婚する。相手は柚木香奈くんだ」
父は横で目を見開いている香奈の腰に手を回した。彼女は瞳を潤ませ父を見ている。
「「えぇっ!?」」
翔と私は同時に叫んだ。
「急にこんな事を言ってすまない。だが本気なんだ。認知だけして世話をしないなんて不義理な事はしない。だからどうか……」
父は言葉を止めて胸ポケットに手を入れる。
手にしているのは小さな箱――あれしかない。
「私と結婚してほしい」
「!!」
香奈は口に手を当て、大きく見開いた瞳から涙がこぼれた。場内からは割れんばかりの拍手
――なんだこれ
私は白けた気持ちでチラリと翔を見る。彼は打ちのめされた表情で、2人を眺めている。
――あれ、なんか可愛い
****
「それは恋ではありません!」
叔母の早苗が私の前にチーズケーキと紅茶を置く。
「でもドキッとしたよ?」
私は 一口紅茶を飲む。
「それはただのギャップ萌え。そもそも蝶子ちゃんは浮気否定派でしょ」
「どっちも気がないから浮気じゃないでしょ」
「気がないのにカマかけたんだ。へぇ〜」
早苗が自分のものも用意し、椅子に腰かけた。
あのプロポーズ騒ぎで、私達の婚約発表はされなかった。翔はショック状態のまま帰って行った。
翔の父は市議会議員だ。土建屋の父とのパイプを盤石にするための政略結婚なので、婚約の話はまだ生きているだろう。
「バレてないと思ってたのに、本当は知られてたって焦る顔が見たかったの」
「わかる」
「それにしても……香奈さんがお義母さんになるのはイヤだな」
「大丈夫です。この家の敷居は一歩たりとも跨がせません」
「早苗さん、さすがにもうここにはいられないでしょ」
早苗は私の母の妹だ。母は私が幼い頃に亡くなり、早苗は私の世話係として雇われた。
香奈が新しい母になるなら、早苗は邪魔な存在でしかないだろう。
「追い出すとするなら、貴男さんとあの女です」
「へ?」
貴男は父の名だ。あの女は香奈さんだろう。
「既に副社長には話をしました」
「敏夫叔父さんに?」
「下克上です」
「そ、そうなんだ」
「蝶子ちゃんは心配しなくていいわ」
****
下克上は成され、敏夫叔父さんが新社長になり、父は香奈さんと共に地方に飛ばされた。
早苗さんは敏夫叔父さんと近々結婚するそうだ。前からお互い想い合っていたらしい。
翔は私の長い話を聞き終えると、「そうか」とひとこと呟いたままずっと無言だ。2ヶ月ぶりに顔を見た。少し痩せた気がする。
「なんか、ごめんね。お父さんのせいで」
「……それはいい。子供の親が俺じゃないならいい」
「香奈さんの事、本気だった?」
「子どもができたって聞いて、頭真っ白になった。あの時にもしかしたら親父さんの事を話していたかもしれない」
「どういうこと?」
「俺の子供とは言ってなかった。彼女の言葉も聞かずに話の途中で飛び出したんだ」
パーティで香奈さんが私たちを見ていたのは、翔が何か言うかもしれなくて不安だったから…?
「覚悟決めて婚約破棄を言ったのね」
「ああ」
翔は、車に戻ろうか、と私に手を伸ばした。
今日は気晴らしにドライブに誘った。海が見えたのでなんとなく車から降りて、堤防に座って話しこんでしまった。
「手をとったらどうなるの?」
「もう1度、婚約から始める」
「とらなかったら?」
「自己紹介から始める」
「調子よすぎない?」
「君もやっと俺を見てくれただろ」
そういえばそうだ。
今まで見たことのない彼の表情を、今日だけでたくさん見た。
今なら、始められるかもしれない。
「じゃあ、末永くよろしくお願いします」
私は笑顔で手を伸ばし、彼も笑顔で私の手をギュッと握った。