第六節 決戦
残存するヴィンタシュトウの海賊船は、再編成し戦列を組み直していた。
小型船4隻を棄て、帆柱を畳んだ中型船4隻は盾を幾重にも積み重ね装甲船に仕立てあげ、それを帆を下ろした大型船2隻で挟む様に庇っていた。
投石器を懸念してか、村には近づいて来ない。
バリスタの火矢を大型船に投げ込むが慌てる気配がない。鎮火の仕組みが既に取られている様である。
敵の射程外から、バリスタで徹甲用の矢を中型船に打ち込むが、傾斜した盾に弾かれてしまう。
迅速に対応が取れるところは、伊達に「冬の嵐」の二つ名を持つ海賊団ではない事を痛感させられる。
こちらの強みは射手の長さ、近づいてその長所を殺すのは愚の骨頂。しかし射程ギリギリでは傾斜した盾にはじかれてしまう。
帆を下ろしている敵船団の足は遅いが、島の東側に向かって進行している。
まずい、東の港街は家屋が密集していて、唯一大型船に対抗できる投石器が配置できていない。そのため上陸を許してしまう可能性が高い。
あそこが戦地に慣れば、兵士の数が勝敗を決める。たぶん敵兵は400から500人、こちらは元海賊を含め280人である。街中で乱戦となれば火事や虐殺などで大惨事だ。
私はバリスタを搭載していない船2隻に伝令を頼み、それ以外は一定の距離を保ちながら敵船団を追った。
敵船団が街の港に着く頃、既に日は落ちて夜中になっていた。
敵大型船から、街に向けて大量の火矢が降り注がれ、街中は混乱状態である。
続けて、中型船4隻が港に接岸、盾の壁に囲まれた敵兵200人程が上陸して来たが、
「船に戻れ」と敵隊長らしき者の声が聞こえた瞬間、
火が走って来て敵兵を飲み込んだ。港には燃焼率の高い油を撒かせていたのだ。そして、倉庫陰から4輪牽引式のバリスタの徹甲用の矢が追い討ちをかける。
中型船まで逃げ込んだ者もいたが、盾の壁が瓦解した以上、私たちの船の餌食である。
大型船から矢が大量に降って来たが、今度はこちらが盾の壁で船のバリスタを護り、さほど時間をかける事なく、中型船の兵を壊滅する事ができた。
後は敵大型船2隻のみである。
帆柱を下ろして、櫂を引き上げた大型船は港から動く事なく、沈黙が続く。
夜が明ける頃、港に新たな大型軍艦が3隻現れ、そのうち2隻が敵大型船の横腹に各々突っ込んだ。
敵船2隻は両方とも大きな穴を開け、内部に海水が大量にナダレ込み船体が傾いていく。
突っ込んだ軍艦は後退し、続けて敵に矢を射掛けた。
敵兵には泳いで上陸を試みる者もいたが、陸地まで辿り着くことなく殲滅された。
この応援に駆けつけた軍艦3隻は、本国スパンヴィクの軍艦である。
実は伝令に出した船2隻のうち、1隻には本国から移住してきた近衛兵が含まれており、国王に状況を伝えて応援要請を出す様にお願いしていたのだ。
敵に突っ込まなかった軍艦の中から国王(伯父)が顔を出し、
「このまま、ヴィンタシュトウを制圧に行く、グレタ、お前も着いて来るか?」と大声を出した。
私は直ぐ、
「いいえ、行きません。私は領民の側にいます」と大声で返事した。
軍人が殆ど残っていないヴィンタシュトウは、すぐさま降伏し、我が国に吸収され、我が国の人口はアナルシアと殆ど同じになった。
アナルシアは、増強した兵を維持できず冬を待つ事なく解散、我が国と不戦条約を締結した。
私は、今回の功績で国王から正式に公爵を叙位され、数日後に叙位の式典が行われることとなった。
我が国では、いきなり公爵に叙位するもの、女性が公爵になるのも、初めてのことで、どの様な形式で行うか政務大臣は頭を痛め、ラルスの所に私の嗜好や愛好などについて大量の質問が届いているそうだ。
私は島での勝戦パレードで領民からとても感謝され、お祖父様(前領主)の様に領民に受け入れられた気がした。今後も私は笑顔で領民と語り合えるだろう。特に元海賊たちからはとても慕われている。
私は木陰で読書と紅茶を楽しむ日々に戻った。
変わったことは、本を読む時、両手で本を持つ事ができる事である。
私は、つい「スヴァット」と呟いた。
「呼んだか?」
「呼んでないわ。呟いただけよ。」
スヴァットの声を聞いて安心した気持ちと、本を渡せばもう会う事がない不安で、複雑な気持ちになる。
「今日はどうしたの?」
「幼かった少女が、立派なレディになったので、挨拶に」
「それはご丁寧に、とても嬉しいわ」
「どういたしまして、お嬢様」
「あら、お嬢様? 私を一人前のレディと見做したのではなくて」
スヴァットは、貴族特有のお辞儀をしながら、
「おお、マルグレーテ公爵殿下の功績には慶賀の念に堪えません。また今日は一段とお美しく、余りのお美しさに、このスヴァット。お声がけするのを躊躇ってしまったほどです」
マルグレーテは笑いながら
「お茶でも、如何かしら」
「喜んで」
スヴァットと楽しい話は時間を忘れる。
夕暮れ期に私は、
「スヴァット。ずっと私のそばにいて」と頼んだ。
「君の望みはもう叶った。今日はお別れに来たんだ。」
「嫌。本を渡さない」
「それでもお別れだ」
私は涙が出て来た。
「本は約束どおり、あげるわ」
スヴァットは本を受け取ると上空に投げ、目の前で静止させ塵に返した。
涙が止まらない。
もうこれで、本当にスヴァットとはお別れなのだ。
スヴァットは、
「笑顔が一番素敵だと思うよ」
と言って、私の仮面を静かに外し、頬にキスをした。
その瞬間、顔に激痛走り、腫れ上がって熱が出てくるのが分かった。この感じは前にも経験している。
「その痛みは、2、3日間続くだろう。痛みが引いたらドレスを纏い、叙位の式典に出るのだ。そうする事で望みは叶う」スヴァットは、そう言うと、笑顔で背景に溶け込むように消えていった。
「バカ」
耐えがたい痛みと魘される発熱は、やはり一週間続いた。幸いにも叙位の式典はまだ行われていない。
熱と痛みが引いた頃、私は疲労感を味わっていた。
腫れが引いて、鏡を見るとお母様(故弟王妃)によく似た美しい顔が見えた。
スヴァットがこの顔を見れば、「惚れました。ずっと側に居させて下さい」と言ったに違いないと思うと笑いが込み上げてきた。でも、何故か涙が出てくる。
執事がやってきて、
「お元気そうで何よりです、公爵殿下。朝食の準備ができております。お部屋で取られますか?」
「いや、食堂で取ろう。それと式典用のドレスが欲しい、準備してくれ」
執事は、私の身体つきを確認して、
「最新のデザインがよろしいかと、仕立て屋を手配します。それと、宜しければ私が社交界に必要な作法の教師を勝手でますが?」
「宜しく頼む」




