第三節 哀願
ラルスから、午後のお茶会の誘いがあった。
庭園の見通しは良い場所、かつメイドが席を外していると言うことは、かなり良くない話のようだ。
「戦争が始まります。相手はアナルシアだけではなく、隣国ヴィンタシュトウとの連合です。敵は海から来ます。」
ヴィンタシュトウは海に面した国で、アナルシアと我が国に国境を持つ国である。この国の海軍、いや海賊は屈強で隣国からは「北の嵐」と呼ばれている。ただ国の面積はそれほど大きくない小国で我が国に戦争を仕掛けて来た事はなかった。
ヴィンタシュトウは大量の造船を開始しており、完成は今年の夏。海からの侵攻であれば、この島も戦地になる可能性があるが、長い間戦争と無縁だったこの島には職業軍人が殆ど居らず、装備などの蓄えもない。
上陸されれば、あっという間に島民は皆殺しにあうだろう。「この島への上陸を何としてでも阻止する。傭兵、武具、そして兵糧を集めよ」
ラルスは既に動き始めていたが、傭兵など必要な物資は既にアナルシアが買い占めており、市場から枯渇している状況、まして離島となると来るのを躊躇う者が多く、金額の問題ではなく物資が集まらないのだ。
遅すぎた。アナルシアが隠す事なく物資を買い集めていたのは、近隣から物資を枯渇させるためだったのだ。
「後手に回ることが、これほど致命的になるとは。島民を本国に避難させるしかない」
「本国からは…島を死守せよと。島が占領された場合、首都を攻撃する拠点として島自体が要塞化される可能性が高い。そのため逃亡は許されないと国王命令です。」
「本国からの応援は?」
「極めて困難とのこと」
「伯父上(国王)は、私に、島民に、礎として死ねと言っているのか」
「国王陛下には、国王陛下としての…」
ラルスは、私の顔に気がつくやいなや言葉を止めた。
その日の晩、私は城を抜け出し、誰もいない海岸で、「スヴァット」と大声で怒鳴った。そして落ち着いた声で、「状況は極めて困難、手詰まり状態だ。島民を、我が領民を救って欲しい」と呟いた。
「それが望みか」
瞬きした訳ではないのに、いつのまにか目の前にスヴァットがいた。何処からか現れた感じではなく、まるで先ほどから目の前にいたが、注意すべきモノと認識出来ずにいたが、声を聞いて初めて認識できた感である。
「そうだ。報酬としてお祖父様の本をやろう」
スヴァットは少し笑いながら、
「それだと後で面倒になる。グレタ、お前が領民を救え」
「面倒?」
スヴァットが、私の右肘を掴むと、私は声にならない激痛が走り、もがいた。スヴァットは直ぐに手を外したが、私の右肘は腫れ上がり、激痛以外に強い発熱も始まった。
ただ、あまりの痛みに右肘が動いた。
「その痛みは、2、3日間続くだろう。痛みが引いたら鎧を纏い、領民を率いて島を守るのだ。そうする事で望みは叶う」スヴァットは、そう言うと消えていった。
「グッ…」
耐えがたい痛みと魘される発熱は一週間続いた。苦しみに悶えるなか右手が動く喜び、苦痛に喘ぎながら笑いが込み上げてくる。看護するメイドが恐怖で引き攣る顔をするぐらい、私の笑顔は最悪らしい。
熱と痛みが引いた頃、私は全身疲労を味わっていた。痛みは夜中も続いていたので満足に寝る事も出来ない一週間だった。
「何が、2、3日だ。馬鹿者め、普通は長めに教えて、短く済んだら良かったね、だろ」私は、笑いが込み上げ、苦痛が終わって取り戻した右手に喜び感じていた。
執事がやってきて、
「お元気そうで何よりです、お嬢様。朝食の準備ができております。お部屋で取られますか?」
「いや、食堂で取ろう。それと鎧が欲しい、準備してくれ」
執事は、私の身体つきを確認して、
「革鎧がよろしいかと、仕立て屋を手配します。それと、宜しければ私が武芸指南を勝手でますが?」
そうだった元々、執事は近衞中将で、お祖父様(前国王)が引退の際に引き抜いて、この島で執事をやらせていたのだった。
「宜しく頼む」
午後からの日課に、武芸一般に授業が組み込まれた。基本は力や体重に依らない組み手、それと剣の使い方、特にショートソード。ロングソードやミドルソードは素振りがキチンと出来る様になってからと、威嚇、体当たり、素振り、剣の特性だけを先に習った。
「乗馬も覚えた方が良いと思います」
「馬と言えば、島の反対側から伝令を走らせるのにどれぐらいの時間がかかる。確か馬で走り抜けられない場所もあったはず」
「街道を使えば馬で30分ほどです」
「街道?」
「はい。先代領主様が、いずれお嬢様が馬車で島内を巡回する様になるだろうと整備させた道です。」
「今から見に行けるか?」
「無論です。用意させましょう。」
馬車がすれ違う事ができる広い街道が島を一周している。それどころか、各村にターンができる空間。
私は笑いが込み上げ、
つい腹黒そうな笑顔で、「お祖父様、感謝します。必ず領民を救って見せます」と声に出してしまった。
「執事。手配して欲しいモノがある」
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