第一節 懇願
仮想国の女公爵のお話です。背景は8世紀あたりの北欧をイメージ。
大陸の西に交易で発展した王国スパンヴィクがあり、その国の国王には2人の息子がいた。国王は領土を2つに分け、それぞれを息子に託し、避暑地の島で隠居する事を決めた。
しかし、2つに分かれた領土間で戦争が勃発、弟王は勇敢な最後を遂げ、その妻も城と共に焼け落ち、幼い一人娘のマルグレーテのみが重傷を負いながらも前王(祖父)の所に逃げ延びた。
マルグレーテは、亡くなった両親、顔に残った大きな火傷跡、そして動かなくなった右手に嘆き、苦しみ、憤り、そして絶望を感じていた。
前国王は、そんなMargreteのことを、Gretaと呼び、とても可愛がり、懸命に元気づけていたが、ある日前王は病に伏せた。
「グレタ、私が死んだ後、この島はお前の物となる。そう国王と約束した。だから私が死んだ後の事は心配しなくてよい。」
「何故、そんなことを言うの、聞きたくない」
とマルグレーテは、これからの事を話し合う機会を失ったまま、前国王は他界した。
前国王の葬儀は、首都で大々的に行われ、国民はその死を惜しんだ。前国王が国民にどれほど愛されていたのかが分かる式典であった。
マルグレーテは、小さく「私が死んだら、こんな風に国民は悲しんでくれるかしら?」と呟いた。
祖父の葬儀が終わると、国王(伯父)が私を呼んだ。
「聞いていると思うが、今いる避暑地は、我が国の庇護下ではあるが独立した領地としてお前の物になる、島民もお前を領主として扱うだろう。何か必要なモノはあるか。」
「何もないです。」
「何かあれば私を頼りなさい」
国王はそう言うと、去って行った。
私は島に帰り、お祖父様の部屋に入って、これからのことについて考えていた。
お祖父様の机の引き出しに、木箱に入った厚く黒い本を見つけた。背表紙に「祈祷」とだけ記載されている。
戴冠式に関係する本かと思い、パラパラと開いてみると、悪魔や精霊、天使などに関する業、そしてそれらを働かせる手順などが記載されていることが分かった。
汗が噴き出すような恐れ、
「これ、外道祈祷書だ。」
マルグレーテは、食い入る様に本に惹かれて、そして悪夢を召喚することを決めた。
しかし祖父の名誉のためにも、この本に係る事は全て秘密裏に行わなけれならない。
召喚に必要な素材の入手は、執事に頼むしかないが、怪しまれない様に毎回理由を考えなければならない。時期を変えながら、あたかも興味の対象が変わった様に素材を調達し始めた。
硫黄のは、「干イチジクを作ってみたい。硫黄を持ってきて」
黒山羊は、「間近で観察したい。無傷で捕らえて。」
風変わりな娘と城内で噂になり、中には心が壊れてるなどと誹謗中傷する者もいた。
王族の娘がその様な噂されるなど、不名誉で我慢しきれない感情が込み上げてくるが、目的を達成するためにその気待ちを抑えながら粛々と準備を進めた。
マルグレーテは、しばらくの間、温室の周りを立ち入り禁止にし、外から見えない空間に数日かけて大きく複雑な魔法陣を少しずつ正確に描いていった。
その間にも誹謗中傷する使用人呟きが何度か聞こえたが、黙々と魔法陣を描き続けた。
魔法陣を描き終え、新月の夜に黒山羊を温室内に連れてきて詠唱を始めた。
黒山羊は溶け始め、徐々に仰向けに寝転ぶ成人男性に形を変えてゆく、マルグレーテは明確に現れる変化に高揚を感じるが、詠唱を正しく行い切ることに集中した。
完全に詠唱を唱え終えてから、生成された成人男性を見る。
黒髪で、とても美しく整った顔立ち、身長は高く、透き通る様な白い肌、痩せているけど筋肉質、そんな男が裸で仰向けに寝ている。
マルグレーテは、目のやり場に困り、男の顔に近づき、じっと見ていると、ゆっくりと薄目を開けた。
黒い瞳。
マルグレーテは、一歩下がって、
「名乗りなさい」
男は気怠そうに上半身を起こし、目の前にいる少女を見た。
「悪魔よ。名乗りなさい。」
男は、立ち上がりながら、
「私は悪魔ではない。また私の名前はお前たちには聞き取れないし、発音もできない。」
と言った。
「いいから名乗りなさい」
男は、ヤレヤレという表情をしながら、
「その前に服をくれないか。」
マルグレーテは羽織っていた黒いローブを男に投げつけた。
男には小さいローブ、腰に巻きながら、
「名は、…」
男は口を開けているが何も聞こえない。マルグレーテは耳鳴り、目眩、吐き気と共に意識を失った。
朝日にマルグレーテは起こされ、温室で寝ていた事に気がついた。
隣には、男が座っていた。
「私の名前はお前たちにが聞こえる範囲にはない。とりあえず名乗ったので、服をくれないか。」
「そこから動かずに待ってなさい」
マルグレーテは慌てて自分の部屋に向かった。というのは毎朝メイドが起こしくるからだ。自室に居なければ面倒な事になる。
しかし自体は遅かった。自室に戻ると執事やメイドなど使用人たちが集まっていた。
「やあ、おはよう。早く目覚めすぎたので庭を散歩していたわ。」
散歩という服装ではなかったが、つくろえた筈である。
執事だけ残し、他の使用人たちは解散させ、執事には誰にも言わずに男の使用人の服を一式用意するように言った。
執事は身長と体格を確認するだけで、必要以上の質問はしなかった。
私は、その服を持って、急いで温室に戻り
「服を持ってきたわ。さあ、話の続きをしましょう。」
男は、言われたとおり、先程の位置から動く事なく座って待っていた。
男は渡された服を着る間、マルグレーテは後ろを見ていたが、「祈祷」と書かれた本がない事に気がついた。
「探しているのはこれか?」
「返しなさい。」
「この本は、焚本すべきモノだ。」
「関係ないわ、それはお祖父様のモノよ。返して」
「そのお爺さんはどこにいる?」
「祖父は、亡くなったわ」
男は、本をマルグレーテに返した。
「その本には、私を真夜中に呼び出す方法が記述されている。処分したいのだが。」
「貴方と契約がしたい。私の望みは家族を蘇らせること、そうしたらその本をあげるわ。」
「死者は復活できない。」
ポロポロと涙が出てくる。
「報酬が足りないなら言いなさい。なんでも用意するわ。」
「一度死んだ者は元には戻らない。」
マルグレーテは、その場に崩れ落ちそうになりながら、
「じゃあ、もう消えなさい。貴方に用はないわ。」
マルグレーテが泣き止む頃、温室に男の姿はなかった。
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文字数(空白・改行含まない):2497字
ボン(ボェン)
ノルウェイ語 bønn
(1)祈り・嘆願・懇願・祈願・祈祷・訴え
ギリモア
スウェーデン語 Grimoireのノルウェイ発音
(1)魔道書




