第三節 壮途
徴兵されたが、戦闘時に敵陣後方まで逃げ切り、終了まで隠れていた。
「戦闘終了、戻れ、、、」
響き渡る様な大きな声で、繰り返し叫ばれた。
「さあ、戻ろう」と、ノワールが僕の手を引っ張った。
僕たちは高原に来た最初の位置に向かって歩き始めた。
向こうから敵兵がこちらに向かって歩いてくるのが見え、僕は腰の短剣に手を当てたが、
「もう戦闘は終わった。」とノワールが言った。
距離が縮まると、疲れ切った敵兵の顔が見えた。
手を伸ばせば届く様な距離なのに、まるで敵兵は僕たちに気づかない感じですれ違った。
周りを見回すと、同じ様に敵兵同士が近くをすれ違って自軍に戻って行く。
まるでふたつの亡霊の大群がすれ違うする様に。
最初の位置に辿り着くと、馬に乗った兵士が現れ、これから隊列を組んで野営地まで戻ることを告げた。
僕たちが隊列を組み始めると、農兵が殆ど残っていない事に気がついた。また兵士の数もかなり減っている。
野営地に戻り生存報告を行っていると、大きな声で、
「戦争終了、傭兵たちは報奨をもらって解散」
確認すると、僕たち農兵への報奨は後日村長経由で渡されると聞いた。遺族に渡る様に報償額は、戦死、重度の障害など状況で幾らと予め決められているそうだ。
ノワールが褒賞額の条件を細かに確認していた。
僕はその間、周りを見回し、兵士たちが少しずつ減ってきている事に気がついた。
テントの近くに煌びやかな鎧を着た人たちが集まっているのが見えた。
その人たちは胸に手を充てるという独特的なお辞儀をして去っていった。
この国では、出生であいさつの仕方が違う。さっきのは貴族が行うお辞儀である。
貴族が去ったあと、残ったのは豪華な鎧を着た領主だった。
父の葬儀に参列したお礼をするため、僕が領主に駆け寄ると、領主は驚いていた。
「司祭の息子が、なぜ戦争に参加している」
話を聞くと、領主は敬虔なクリスチャンであることが分かった。
教会本部に打診したが、祭司の後任が派遣されない事について非常に残念がっていた。
また、先代領主が戦争で亡くなった後、隣国との関係が悪化したため、多忙で教会による暇が無くなった事を詫びていた。
配下らしき人に声を掛けられ、領主は、
「私はもう戻らねばならん。近いうちにまた会おう」
と言って去っていった。
さて、来る時は村の荷馬車に乗れたが、帰りは徒歩になりそうだと考えていると、ノワールが
「村を通過する馬車に話をつけた。乗っていこう」
帰りの荷馬車の中で、突然、
「もし神父が生きていたなら、お前は将来何になりたかった。」
僕は、少し考えて、
「父の跡を継いで、神父になったと思う。」
というとノワールが嬉しそうに
「そうだな、それが一番向いている」
村に着いたのは深夜だった。
僕はベットに倒れ込み気を失う様に眠った。
次の日の朝、ベットのシーツが、乾いた泥だらけであることに気が付いた。
僕たちは、いつもの様に祈りを捧げ、ノワールと一緒に洗濯、畑仕事、そして祈りを捧げてから朝食を取った。
ノワールが、乾いた洗濯モノを畳みながら、
「この後、村長のところに行こう」
と誘った。
僕とノワールは村長の家を訪ねた。
その時、ノワールが村人から貰った普段着を手に持っていることに気がついた。
村長は、僕たちが生きて帰って来た事に驚き、喜んでくれた。
ノワールは報奨金の話を切り出したが、村長は報奨は村に与えられるモノで個人に与えられるものではないと説明した。
しかし、ノワールは、
「それは村人全員が納得していることかな」
と訪ね返し、手に持った普段着を持ち上げながら
「特に彼…、戦死していたなら、身寄りのない妻は生活していけのだろうか。」
通常、田舎の農村では、女1人は雇って貰えない。雇うのは男手か、家族ぐるみだ。
女1人では生活が困窮し冬を越す事ができないだろう。
それは、夫が負傷して帰ってきたとしても同じだろう
村長が睨んだ顔のまま、沈黙が続いていたが、兵士が村長宅を訪ねてきた。
たぶん先だっての報奨金を持ってきたのだろうと思ったとき、兵士の後ろに領主が居るのが見えた。
…
領主は村長の家に入り、僕に向かって、
「おまえもいたのか、丁度良い、おまえにも話がある。」
戦争に行った事を咎められるのか、
もしそうなら村長に振ろう、
実際に村長が強制したのだから、
と考えていると。
「おまえ司祭にならんか、必要な金は出してやる。
条件は司祭になった後、ここの教会で活動することだ。」
「お願いします」
僕の返事は即答だった。
「知り合いの修道院に紹介状を書いてやる。厳しいので有名なところだ。着いて行けないと直ぐ放り出されるから、気をつけて励め」
僕は跪き感謝した。
「お前は司祭か。」
スータン(神父の普段着)を着ているノワールを見て領主は訪ねた。
「いえ、私は旅の者です。着れる物が無くなったので、彼に父親の服を貸して貰いました。」
と、貴族独特のお辞儀をした。
「そうか」
領主はそう答えると、もうノワールに興味が無くなったようだった。
村長の顔を見ながら、
「司祭が亡くった今、教会での救済、つまり富める者から貧しき者たちへの配布はどうなっている」
「司祭が亡くなった後は、私の方で救済を行ってまいりました。」
領主は、
「どのようなことを行ってきたか説明しろ」
と問い質した。
村長は、牛馬の貸出しや水車使用料の軽減、人頭税や地代の一部負担など事細かに説明したが、
領主は、
「それは救済ではなく負担軽減に過ぎない。
本当に貧窮している者は死ぬぞ。
国民は我が財産だ。
お前にそれを守る任を与えていたつもりだが。」
そして、
「お前が一番富める者なのではないか。
まず困窮している者を、自らの財を持って救済しろ」
村長が何か言葉を出そうとした時、領主は
「息子の商船の数は分不相応なのではないか。」
というと、村長は黙って、おびえるような顔をした。
その話を聞いて状況が分かった。
いや、領主が僕たちにも分かるように話してくれたのだ。
村長は、人頭税、地代、そして使用料を実際には通常どおり徴収していたが、領主には軽減したと申請し、その差分で息子に船を買い与えて商売を行わせていたのだ。
領主が受け取るはずであった税を着服したのだから、この場で首を刎ねられてもおかしくない。
「噂は都の方まで届いている。いずれ村人が知り、反乱が起きかねん。処罰は公開処刑が妥当だな」
と領主が言うと、村長は下を向いたまま凍える様に震えていた。
「一つ、救いの手を出してやろう。おまえ首はワシが預かる。」
領主は僕を指差し、
「彼が司祭として戻って来るまでの間、貧困者の救済を新ためて命じる。もし結果が出せないならその時点で処刑だ。息子の処遇も同じだと伝えておけ。」
と言った。
僕は、領主が教会に寄れなくて詫びていたのは、村での救済が機能しているか視察に来れない事を詫びていた事に気がついた。
僕たちは正当な報奨金を受け取り、教会に戻った。
夏が終わる頃、僕は修道院に行くことが決まった。
着いてきて欲しいとお願いしたが、ノワールは、
「私は、この世界にいてはならない存在なので、もうそろそろ帰らなければならない。そして私を呼び出した祈祷書は、この世界の人間に渡ると混乱を引き起こすので焚本させて欲しい。」
僕が渡すと、祈祷書を上に投げ、空中に固定したまま目の前でボロボロに腐食させて塵に返した。
僕は、ノワールが魔法を使える別世界の存在であることを実感した。
次の日の朝、ノワールの部屋に折り畳まれたスータン、そして教会の畑に黒山羊の死体が横たわっていた。
僕は教会の隅に墓を建て、「我が親愛なるノワール」と刻んだ。
文字数(空白・改行含む):3214字
文字数(空白・改行含まない):3025字
「ノワールの書」の章は、これで終わりです。




