第二節
さて、執事に頼んでいた材料が全て揃った。私は書庫をしばらく入室禁止にし、その間は掃除も不要と屋敷で働いている者には伝えてある。
本棚から本を下ろし、棚を動かして大きな空間を作る。誰かに頼んでもよかったが、隠れてコソコソと少しづつ自分はやって行くことが楽しいかった。結果、思ったより空間は作れなかったが、魔法陣を描くには充分な広さである。次に本に描いてある魔法陣を正確に床に写していく。
「あいたたた、結構この作業は腰にくるな」
「線が曲がったか? いや、大丈夫だな」
「あれ定規はどこだ。つい今間まで使っていたんだがな」
独り言が止まることなく黙々と作業を続けるが、若いころに仲間たちと実験していた日々を思い出し、時には、笑い、腹立ち、苛立ち、悲しみ、後悔など複雑な感情が甦ってくる。
「歳は取っても、思い出したくない記憶は中々消えないものだな。」
雑念が多く、作業が中々進まなかったが、何日かかかけてようやく完成させた。
次の満月の夜、寝ている山羊を起こして呼んできた。呼ぶだけでついてくるので楽である。
次に山羊を魔法陣の中央で即死させなければならないのだが…
山羊の顔を見ると、
「メェー、メェー」
しばし、沈黙が続いて…、
「まあ、いいか。」
魔法陣を指さし、「そこの絵の真ん中で、死んだふりをしてくれ」というと、山羊は魔法陣の中央まで行って座り込み、「メェー」と唱え、首を下ろして眠り始めた。
「本当によくできた山羊だな。前職は何だったんだ?」
「まあいい、始めるぞ」
私は詠唱を唱え始めた。山羊は溶け始め、次第に人の姿に変わっていく、私は術式が記述されているとおりに変化している事に興奮しながらも祭事を続け、失敗する事なく最後まで唱え終えることができた。
魔法陣の中央に仰向けに寝転ぶ、黒髪の成人男性。顔を覗き込みながら、
「生きているか?」
裸の男は薄目を開け、こちらに顔を向けながら気怠そうにゆっくりと上体を起こした。
しばらく沈黙が続き、ようやく男が、
「私を召喚したのは、…お前か。」
「そうだ。凄いだろう。」
しばらく考え
「で、何か用か?」
「用はない。本当に召喚できるのか試して見たかった」
「夜も遅いし、帰っていいか?」
「おぉ構わん。夜遅く済まなかった」
「帰る前に私を呼び出したその本を返してくれないか?」
「この本は渡す訳にはいかん。」
王室から、黙って持ってきたと世間に知れれば、流石に私でも首が飛ぶ、物理的にだ。ここは渡すのを渋って有耶無耶にするのが正解だろうなと考えていると、
「深夜に、度々呼び出されると迷惑なのだが?」
「本には満月の深夜に呼び出す様に書いてあったが、昼間でも構わないのか?」
「昼でも違いはない。その本には嫌がらせで深夜に呼び出すよう書かれているとしか思えない内容だ。回収させてもらうぞ」
「いやいや、それは困る。そうだ何か対価を出せるか?」
「では、何か一つ願い事を叶えてやろう。使い切れない程の金銀財貨でいいか?」
「いや、必要ない。既に金は使え切れない程持っている」
「絶世の美女は?」
「この歳でか? 気苦労が増えるだけだ」
「では、若返りなどはどうだ。」
「今更、若返ってもう、友人たちは殆ど生きておらんし、これから友人を作るのも面倒だ」
「友人は、願いとして難しいな」
「そうだ、友人だ。昔の友人に会いに行くから、私の護衛を兼ねた世話役として、ついて来てくれ」
「移動させればいいのか?」
「わかっていないな。苦労して会いに行くから楽しのじゃないか。そうと決まれば準備が整うまで家に泊まって行け」
マチィアスが大声で執事を呼ぶと、寝巻き姿の執事がやってきた。
「何か御用でしょうか。旦那様」
目の前に全裸の男が立っているが、執事はあたかも見えない様な感じで、マチィアスと坦々と話をしている。
執事がこちらを向いて
「何か着るものを用意しますので、それまで、こちらの部屋から出ない様にお願いします」
とお辞儀して部屋を出て行った。
今度は、マチィアスがこちらを向いて
「そう言えば、お前の名前は?」
「私の名前は、人間には聞こえないし、発音もできない」
「それは不便だな。私が名前を付けてあげよう」
しばらく考え、何かを思い出す様な仕草をして、
「シュヴァルツ、シュヴァルツでどうだ。」
「…、それでいい」
「そうか、そうか」
マチィアスは嬉しそうにそうに頷いた。
執事が寝間着を持ってきたのでそれを着ると
「では、こちらに」
と来客用の部屋まで案内してくれた。
文字数(空白・改行含む):2036字
文字数(空白・改行含まない):1906字
ドイツ南部の発音:マツィアス
シュヴァルツ(シュバルツ)
ドイツ語:Schwarz
(1)黒い・黒・黒色の・くろとび・腹黒い・邪悪・違法に




