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よくあるやつ  作者: 生糸
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死んだと思ったら乙女ゲーの世界でTSしてた:01

悔しいという怨念を掴んだ。いや、掴んだのはない。囚われたのだ。私は死んだ。死んでなお意識がある。不思議だ。死んだことはわかるのに、まだ死ねてないという感覚がある。それは言った。悔しい。嫌だ。何が?僕はまだ死ねない。どうして?守りたい子がいるから。どうして?たった一人の妹だから。なぜ君は死んだの?殺された。毒を盛られて。悔しい。悔しい!悔しい!!私は慟哭を見た。悲劇が起きたらしい。でもそれは何故?それを何故私が見ている。だって!君は言った。



あなたはまだ生きてるじゃないか!



弾けるように目が覚めた。

視線を泳がすと見慣れない場所で、高い天井、広い洋風の空間。数が少ないが置かれたアンティークは洒落ていて、壁紙ひとつ品がある。ふっと息を吐いて気づく、誰もいないと思った空間に、華奢な椅子にもたれた、女の子が居た。眠っていたらしい女の子は視線に気づいたように、目蓋を開け私に目を向ける。


「お兄様!」

「………え」

脳内に響く自分の声が自分のものではなかった。え、と私はもう一度言った。女の子は、私の異常に気づいた。

「お兄様?お兄様どうされたのです?私が誰だかわからないのですか!お兄様!」

わからない。

何もわからない。

私はそもそも女だったし、こんな小さな妹はいない。女の子の大きな赤い瞳からぼろぼろと涙が溢れ出し、はっとしたように助けをも止めるように周囲を見渡し、急いで部屋から出ていく。私は戸惑い、ベッドから降りようとした。が、私の手足は想像していたよりも短く太っていた。むちむちのコッペパンみたい。体が重い。壁際のチェストの上に鏡があり、私はそこを目指す。少し歩いただけで息切れがした。もしかしなくても太っている?鏡を覗いてみて、私は瞬く。ぱっと冴えない男の子。堀は深く、目は細い。そばかすだらけの、とうもろこしのひげみたいな金髪。そのふっくらとした体は、先程のお兄様と呼んだ女の子の華奢さとは大違いだった。むにむにとした頬を触っていると、扉が勢いよく開いた。ドレスを着たまだ若い女性と髭をはやした男性、こちらは私の顔によく似ている。呆然と私を見る。


「ジェパード?」


それは、ひょっとして、私の名前だろうか。ただ驚く私をみて、女性が転げるように私のもとに駆け寄り、両腕を掴む。


「私ですよ、ジェパード。あなたの母親の、ラティエです」

私は何も答えなかった。髭をはやした男性が高齢の男性を招いた。深い皺の、質素な揃いを着たそのひとは、医者のマルコです、と名を告げた。先生、ジェパードは。一旦、と医者は言う。


「みなさま、一度退室を願います。ゆっくり診てみましょう」


ご安心なさってください、という言葉は私の家族らしき人たちに、というよりは、戸惑う私に向けられていた。





「ふむ、困りましたね」

「困りましたね…………」


マルコは私の体を診察し、問診した。ここがどこだか分かりますか、と訊かれ、何も分かりません、と答えた。ここは、シスール王国のタシュジビ領です、とマルコは話す。さらに私が家族のことをなにも思い出せないと気づくと、タシュジビ領の一端を采配する貴族の、ミヌエード家ベルク様のおうちです。あなたはそのご長男ジェパードであらせられます、と言う。私はカタカナに弱いものだから、何度か聞き返した。マルコは、ふむと思案し、生活の作法をあれこれと尋ねる。驚いたことに私はそれらはすらすらと答えることができた。

人と挨拶するときは、被っているなら帽子を取る。簡易的には握手をする。親しいなら抱き合う、例え本心が嫌いでも。入浴は三日に一度、大抵は体を拭いて終わりだ。トイレは汲み置きだ、肥料になる。食事は日に二回、しかしジェパードはおやつを盛大に用意させた。だからこんな身体だ。学校は14歳から。ジェパードは12歳、家庭教師をつけて勉強している。マルコはどこか茶目っ気に言う。あなたは、運動が苦手で、気の柔らかい方だったと。


「私には妹がいますか」

「はい。宝石のように美しく、花のように愛らしいガネット様ですね」

「ガネット………………」


繰り返す。

少し記憶が弾けた。彼女の名前が、トリガーのように。目まぐるしく注がれ、酩酊のような目眩がした。マルコが慌てて支えた。


「ジェパード様?!」

「私は」

「………………」

「殺されたんだね?」

「違います。違いますとも。ジェパード様はこうやって生きておられます。あなたは打ち勝ったのです」


「-------毒に」


マルコは沈痛の表情を浮かべた。それでもすこし、励ますように笑みを見せた。私は先程の記憶を振り返る。頭の中に流れてきた景色は、割れたカップ、苦しむジェパードの姿。それを見下ろす影。長身の整った顔立ち。


「マルコ様」

深い声がした。

ノックを二度鳴らし、マルコが応じた。音もなく扉は開き、執事服を着た男が入ってきた。ラティエさまのご命令で様子を伺いに来ました。ジェパードさまのご様子は。


黒髪、青い瞳。長身の、整った顔立ち。


マルコさん。

私は呼び、マルコは優しく微笑んだ。彼は、あなたの執事。

その執事が私を見て応じた。


「レイドです」

「…………」

「ジェパード様、覚えておられませんか?」

---何も。


呼吸がもつれた。

これはいけない、とマルコが慌てた。私はうまく息が吸えない。身を縮め、床に転がる---それより早くレイドが抱き上げた。ベッドに!マルコが言う。レイドはそうする。私は呼吸ができない。マルコが処置をする。吸って、吐いて。吸って、吸って、吐いて。皺だらけのマルコの手のひらが私の目許を覆う。



レイドと目が合う。

私は目を閉じた。

何も今は見ないように。

薬草みたいな匂いのする老いた医者の、ひんやりとした手は、今は亡き祖父をどこか思い出させた。


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