30.犯人発見の経緯〜剣と魔法の世界編 その1
――1時間半前、奈多高校体育館裏にて――
「レオナルドさんが犯人?」
俺の発言にツキノは驚いたのか、少し目を見開いた。
「可能性だけどな。でも、この世界から異世界転移したっていうのは確実だと思う」
放課後。この時俺とツキノは異世界に向かう為に体育館裏に集まった。
そして、異世界に転移する前に俺は6時間目の時に推理していた内容をツキノに話していた。
「………うーん、でもなんでレオナルドさんが?特に怪しい所も無かったし、もしレオナルドさんが犯人なら、山本浩介って人の件はどうなるの?一応、その山本浩介って人が犯人の可能性があるって話だった筈だけど…………」
顎に手をやり、首を傾げ、分からないと言った様子のツキノに対して「いやいや!」と首を横に振って否定する。
「あったあった。ちゃんとあったんだよ怪しい所が」
「……ん?……本当にあったっけ?」
「ほらっ。レオナルドさんとギルドで最初に話した時思い出してみろよ。レオナルドさん、あの世界の人間だと絶対に言わない事口走ってただろ?」
「絶対に言わない事………」
「うーん」とツキノは唸り、その小さくて綺麗に整っている形をしているが、しかし口角が上がった所も下がった所も見せない唇を尖らせ、考え出した。
おっ、そんな顔もするのか。何故だかは分からないんけど、ちょっと面白っ。とか失礼な事を思ってしまったその途端、そのツキノの口が少し開き、目はもっと見開いた。
「…………メートル」
「そうだ。レオナルドさんはあの世界じゃこっちの単位と違う筈なのに、こっちの世界の単位言ってただろ?『10メートル』って」
そう、確かに言っていた。レオナルドさん『あの10"メートル"ぐらいはあるキンググリズリーを倒しちゃうなんてさ』と。酔っ払った勢いのせいなのかは良く分からないが、言ったのだ。
一昨日、俺が初めて異世界転移を経験した日。ツキノが喫茶店で会計している時にお金の単位が"円"ではなかったのが気になった俺は、ツキノにあの世界の単位について聞いた。
あの時は、話が長くなりそうになったから中断させちゃったけど………。
それでも、『あの世界と俺達の生まれ育ったこの世界とじゃ単位すら違のか』と言うのは話を聞いて理解していた。
「確か、あの世界だとリットルとかキログラムとか、そういう単位が違うんだよな?」
「うん。お金の単位が円じゃなくてエハンなのは知ってるよね?あの世界じゃリットルがレッテル、キログラムがケラクレムだよ」
「……………じゃあ、メートルって何だ?」
「……………マーテルだよ。あの世界の人達は長さの単位を使う時は、メートルの代わりにマーテルって単位を使ってる。メートルなんて使ってないよ」
「本当にメートルは使われていないんだな?」
「うん。断言できるよ。一切使って無い」
「…………なるほど。やっぱりか」
この事を思い出した時、『もしかしたら勇者コウイチは電化製品以外に、こっちの世界の単位も教えたかも』ということも考えた。
だが、勇者コウイチと親しかったらしい王様ですら、褒美金の額を円ではなく『十万"エハン"』と言っていた。それに今のツキノの話を聞く限りだと、本当にメートルは使われていないらしいと、俺はこの時理解した。
「うーん……。じゃあ、レオナルドさんはこの世界から異世界転移した人って事なんだね」
俺はコクリと頷いて肯定する。するとツキノはまたしても首を傾げた。
「でもそれだと、山本浩介の事はどうなっちゃうの?」
確かに今俺が話した仮説だと、どうしても山本浩介の事が抜けてしまっている。そこで俺が考えたのが……
「ああ、だからこっからは俺の推測って言うか、結構妄想の域なんだけど………」
疑問を持つツキノに、6時間目の最中に立てた推測を説明した。
「……こうは考えられないか?レオナルドさんが山本浩介本人って」
「レオナルドさんが………山本浩介?どういう事?」
「……まず、山本浩介が3月6日以降に異世界転移をする。そしてその後、山本浩介がなんらかの超能力的な何かを使って、自分の見た目を別人………あの世界では珍しくもない姿にしたんじゃないか?」
「……別人」
これは昨日の夜、テレビでやっていた番組が、『地味目な中年男性がファッションデザイナーやカリスマ美容師の手で大変身を遂げる』という内容だったのを、6時間目の最中に思い出した。
その事と、ツキノが言っていた『正直言って、なんでもアリだよ』という言葉。
そして同じくツキノが言った『魔法で姿を変えたりとか、そういうスキルを持ってたりとかっていう人は結構見てきた』という言葉
これらを参考に考えた仮説………いや、想像や妄想に近い考えを立てていた。
「お前、授業中に言ってたよな?"魔法とかで変えたりする人"は結構見てきたって。マンガとかではよく見るけど……」
俺は言質を取る様に質問をした。対してツキノは『うん』と肯定しながらも、俺の推測が信じられないのか、少し動揺していた。
「まぁ………確かに見ては来た。けど、犯人が姿を変える能力を持っているかどうかは断定出来ないんじゃないかな?」
「まあな。だからこの推測はハッキリ言っちゃうとマジで妄想の域だ。けど………」
「………けど?」
「『なんでもアリ』なんだろ?なら、可能性ありそうじゃん?」
「……ッ」
俺がそう言うと、階段での自分の発言を思い出したのか、ツキノはまた少し目を見開いた。
「まあ、こればっかりは実際にレオナルドさんを問い詰めないと分からないから、異世界行って確認してみないか?」
「……………」
そしてツキノは顎に手をやり、考え始めた。どうやら俺の推測について悩んでいるようだった。
そんなツキノに俺は、この言葉を使う。
「『調べる価値はある』……だろ?」
一昨日、学校からの帰り道でツキノが言っていた言葉。それを使った。
ツキノだって、今あの異世界にある灰霧に似た気配を、『犯人じゃないのか?』と仮定して、その気配を探してる訳だ。
しかしそれは仮定の域を過ぎなくて……それでも犯人だと信じて探している。
なら、俺のこの妄想じみた推測も同じようなものだ。探す価値はある。探さない訳にはいなかい筈だ。
「……………」
ツキノは未だに顎を手にやり、悩み、思考を巡らす。そして、
「………そうだね、うん。可能性があるんなら、調べる価値はあるね」
俺の言葉が後押しになったのかは分からないが、どうやら納得してくれたようだった。
「よし、決まりだな。異世界に行ったら、レオナルドさんの事を問い詰めようぜ!」
「うん、そうしようか」
色々とお世話になったレオナルドさんを疑うのは心苦しいし、失礼だとは思う。けど犯人を捕まえる為だ。やむを得ないし、とやかく言っているような暇は無い。
もし間違えてたらちゃんと謝って、何かお詫びをしよう。
いやまあ、こんな推測、当たってない方が絶対に良いんだけどな。
正直言って、当たって欲しくない……。
「ハァ………」
俺はため息をこぼす。
お世話になったレオナルドさんを問い詰める事を考えたら、なんだか少しテンションが下がってしまった。
別の話題を考えようと思い、俺は独り言を小さく呟く。
「……しっかし、何でメートルのこと聞いた時すぐにピンッと来なかったかなぁ俺は………。こんな事、ツキノに説明してもらってた訳だから違和感持つ筈なのに………。俺って推理とか捜査ってあんまり向いてないのかなぁ……」
そう独り言を言った後、またしても「ハァ……」と深い溜息を溢してしまう。
前にも言ったが、俺は推理小説とか推理ドラマはあまり観ない。
強いて言えば、偶々やってたコナンを惰性で視聴して『へー、この人が犯人なのかぁ〜。以外だなぁ〜』とか思ったり。
観たい番組の前の時間にやってた刑事ドラマのクライマックス部分を観て『良く分かんないけど、取り敢えず今は危険な状況なのか』とか思ったりする。
そういう意味で、別に推理力に特別自信がある訳じゃ無かった。
がしかし、今回はあの世界じゃ単位が違うという事は理解していた訳で…………。
なのでレオナルドさんのメートル発言に気付かなかったのは正直、どうなんだろうと思った。聞いた瞬間に気付けた筈なのだ。
「……それを言うなら、私の方が向いてないよ」
「……へっ?」
結構本気で悩んでいた俺に、ツキノが声のトーンを下げてそう言った。
ツキノにしては本当に低い声だったので一瞬、俺達以外の奴が喋ったのか?と理解が少し遅れてしまった。
というか、聞こえたのか?俺結構小さく呟いたのに……。
ツキノの顔を見ると、落ち込む様に俯いていた。
「ヒビノ君はあの世界に行ったのが2回だけだし、異世界の単位に馴染みが無いのはしょうがないよ。………………けど、私はこの一ヶ月間は毎日あの異世界に行ってた。それなのに、こんな事にも気付かないなんて………私ってやっぱり抜けてるなぁ……」
「あっ……」
別に顔はそういう風には見えない。がしかし、どうやら凹んでいる様だ。
アレ?てかヤバっ、余計な呟いたな俺は。やっちまった。
ツキノに言われて、2日の俺が気付かないのがダメなら、長い期間犯人を探してるツキノが気付かない方がもっとダメだったと今更理解する。
「ち、違うんだツキノ。俺は別に、お前がダメって言おうとした訳じゃ……」
俺は慌ててフォローをするが、ツキノは目を瞑り、首を横に振る。
「………いや、ダメだったよ。ヒビノ君の言う通り、聞いた時に違和感を感じるべきだった」
うっ。なんだか思考がネガティブになってるな。悪い事をしてしまった。
まあちょっと抜けてる部分は否定出来ないかもしれないけど。
「ま、まあまあ、これで犯人に近づけた訳だしさ!これでよしだよし!だからもうウジウジすんなって!な?」
俺はネガティブ思考のツキノを慌てて宥める。
「………分かった」
深く頷くツキノ。俺は気を取り直して作戦の提案をする事にした。
「よし!じゃあレオナルドさんに鎌かけるから、俺が考えた作戦言うぞ?」
「……鎌?作戦?」
「ああ。もしレオナルドさんにメートルとか山本浩介の事問いただした時、しらばっくれられたり、『証拠を出せ』って言われたら、俺達どうする事も出来ないだろ?だからさ、俺の考えた作戦だと…………」
…………その後、俺はレオナルドさんに鎌をかける作戦を軽く説明し、ペットボトルを買いに自販機へ行き、そして再び体育館裏に戻ってツキノと異世界転移をした。
異世界に来た後、俺達はある事情でギルドへと向かった。
「おっ!来たぞ今回の戦いの主役が!」
ギルドに入り、"ある人"(レオナルドさんでは無い)を探していた俺達は、食堂に立ち寄り、その活気に溢れた集団と会う。
時間が少し早いせいだろうか。昨日とは違い、人が閑散としているこの食堂。
が、そんな静けさが漂う食堂のひと席に、クラリスさんとカタリナさん、それとゲンツキさんとチャリンコさん、シスターさん、それに魔女っ子4人で同じ席に座り、全員ジョッキに注がれたビール(異世界だからビールなのかは知らないが)を片手にしていた。
「あー!ヒビノ君とツキノちゃんじゃない!今丁度あなた達の話をしていたのよ!」
カタリナさんが顔を真っ赤にしながらそう言う。というか、他の人達も動揺に真っ赤で、相当飲んでいる様だった。
後から聞いた話だが、この四人が早い時間から飲んでいた理由が、昨日のオーガ戦での報酬が相当凄かったらしく、オーガ戦の祝勝会も兼ねてどんちゃん騒ぎしていたらしい。
「えーと……俺達の話、ですか?」
「そうそう!二人がめちゃくちゃ強ぇなぁーとか、あの筒が付いた飛び道具ってなんなんだとかー!服装とかー!一体何モンなんだ〜!とか、取り敢えずお前達の話で持ち切りよっ!」
そう言うとチャリンコさんは手に持ったビールらしきそれをグビグビと飲む。
多分だが、"筒が付いた飛び道具"というのは拳銃の事じゃないかと解釈した。
「いやーしかし!本当にオーガなんてバカ強ぇバケモンに勝てたのはヒビノ、ツキノ!お前ら二人のお陰よ!」
すると急にクラリスさんがガシッと俺達二人の肩を組んできた。
突然で驚いたのと、クラリスさんからお酒の香りが漂ってきて酒臭かったので少し顔を歪めてしまったと思う。
その後、俺とツキノの事について質問攻めにあった事や、シスターさんが悪酔いして普段の鬱憤を愚痴った事。
どう見ても高校生ぐらいの見た目なのに魔女っ子4人が酒を飲んでいる事にツッコんで、実はこの世界は16歳からアルコールを摂取して良くてビックリした事があったが、正直そこは事件とは関係ないのでここでは割愛する。
因みに、槍使いの人はモンスター討伐に行っているらしく、あのハスラーさんは「飲む気にならねぇ〜」と言って何処かへ行ってしまったらしい。
それと、俺とツキノにも報酬が出ていたらしく、今度は20万エハンを貰った。
ツキノ曰く、20万エハンを円に換算すると大体20万円ぐらいになるんじゃないかと言われ、腰を抜かしそうになったが、そこはなんとか根性で耐えた。
とゆうか、1エハンが約1円というのは分かりやすい。ドルを円で換算するよりも分かりやすくて助かった。
そして、俺とツキノは気を取り直して"ある人"についてその場にいた人達に尋ねた。そしたら……
「それならホラっ。あの席に座ってるぜ」
ゲンツキさんが食堂の隅の方を指差すと、そこには一人の老人がちょこんっ、と席に座っていた。
「でも、あの占い師のお爺さんに何のようがあるの?いつも、どんな時間でもこの食堂にいるけど、なんだか結構怪しそうよ?」
「………怪しい、ですか……?」
カタリナさんの"怪しい"という言葉に反応して聞き返すツキノ。カタリナさんは顔を歪めて軽く頷く。
「……だってそうじゃない?あんな不気味な雰囲気で、ずーーーと黙って食堂してるか水晶を見てるかしてるんだもん。私的には怪しいというか、ちょっと不気味だなぁ」
確かにその老人は昨日と同じく黒いフードを被り、白くて長い髭を蓄えていて、いかにも何かオカルト的なモノに手を出している様だった。
そして俺とツキノは"ある事"を相談しようと、その老人の方へ向った。
俺達の事が気なったのか、それとも心配してくれたのかは分からないが、飲み会の全員が来てくれた。
「………君達は一体」
「どうも。昨日ここで占って貰った者です」
俺は老人に一礼をした。
大勢の人が押しかけてきて何事かと困惑し、ロールパン(多分そう)を食べる手を止めた老人に、単刀直入にツキノが話題を切り出す。
「食事中すみません。少し貴方にお話があります」
「話……?」
「ええ、昨日占ってもらった時の事なんですが……」
「昨日………ああ、確かに君達二人は占ったが……」
老人が俺、それと隣に居るツキノを交互に見る。
「占う時、貴方はそこの水晶に手を叩きつけて、腫れてしまった手を見て占っていましたよね?」
そう言ってテーブルに置かれている透明な水晶を指差した俺に「そうじゃが…」と困惑気味に肯定する。
俺は話を続けて……
「それで占った後で、貴方こう言いましたよね?」
核心をつく。
「『この手の腫れを治してもらえると助かるのだが……』って……」
「………ああ、そうじゃ」
話の意図に気づいた様で、今度は困惑せずに、声を低くして老人は肯定する。
「なんで……なんで私が回復技を使えるって分かったんですか?」
そう、ツキノが質問する。
昨日この老人は俺達を占った時に腫れた手を差し出して治してくれと頼んで来た。
だが、なんで俺達……もといツキノが回復技を使えると確信していたのだろうか。
シスターさんは、『なるには、相当な努力がありますけど』と、回復術師の事を説明してくれた。
となると、別にこの世界の誰もがあの回復魔法を使える訳では無い筈。
ツキノの回復技……"ケア"とこの世界の回復魔法は原理や理屈は違うが、同じ様な物だ。
なら、初めて会ったツキノに『この手の腫れを治してもらえると助かるのだが……』は絶対に可笑しい。
俺がこの世界に来てから、ツキノが"ケア"を見せたのは一昨日の2回だけ。それもどちらもこの食堂では使ってない。
ギルドに来る前にツキノに、この一ヶ月間"ケア"を使っていないという言質も取った。
なら、"いつも、どんな時間でもこの食堂にいる"この老人がツキノの"ケア"を使った所を見ていない筈だ。
「なのになんで、貴方はツキノが回復の術を持っていると分かったんですか?」
「…………」
俺のこの考えを説明し、老人は目を閉じ、口を開かないでいる。
そして、口を開いてこう言った。
「すまない。鑑定をさせてもらったんだ」
鑑定……。やっぱりそういう事をしていたのかと、この時俺は思った。いや、想定していた。
教室で6時間目を受けている時、レオナルドさんのメートル発言の事とは別に、『この手の腫れを治してもらえると助かるのだが……』という言葉も引っかかった。
それと前にツキノが言っていた『鑑定士』という職業……じゃなかったジョブだ。
そのジョブがあった事を思い出して、老人に話しかける事にしたのだ。
この世界には魔法がある。正直、鑑定というのがどういうのもなのか細かい部分は理解できないが……この言葉のニュアンスからして………
「………魔法か何かで、俺達を見定めたって事ですか?」
「そういう事じゃ。異世界人なのに物分かりが早くて助かるのー」
老人は長い髭を撫でながら、そう言った。異世界人と、そう言い放った。
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