20.灰霧鬼を退治せよ
昨日と同じサイレン音が、このギルド内を鳴り響いた。
「おいおいマジかよ、昨日に続けて今日も?」
「ギルド前って……まさか外にいるのか?勘弁してくれ!!」
「し、しかもいまオーガって言わなかった……?2体って……そんなの相手にできるわけ……」
周りの冒険者達は各々驚きや恐怖といった反応を見せている。どうやらこのサイレン音はそんなに毎日鳴らない様だ。
「ツキノ、まさかモンスターって」
ツキノはバックから出した手鏡を真剣な顔付きで見ている。
「うん、間違いない。灰霧の反応がある。ここからすぐの場所」
やっぱりか。俺は慌てて席を立つ。
「よし、スグに行こうッ…!」
「うん」
ツキノは首を縦に振り、バックに手鏡を突っ込んでそれを肩にかける。
俺達は急いでギルドの入り口まで駆け、そして入り口の扉を開けた。
すると、視界には様々な箇所が破損している建物や、地面や、街の中を灰霧の群れと冒険者達が戦っている光景が広がっていた。
その景色は、一直線の道の左右に、これまた一直線に建物がズラリと並んでいる。道の幅は凄まじく広い。例えるなら自動車が通る道路8レーン分ぐらい。この道は俺とツキノがギルドへと来た道だ。
が、その道や建物も所々に抉れていたり、破損してこなごなになっていたり、瓦礫や木片が転がっていたりと、まるで大地震の後の様だった。
灰霧の中の二体、2本の角を頭に生やし、漆黒と例えた方がいいくらいドス黒い体をしたそれは、昨日戦った大熊よりもデカさがあり、赤く鋭い目。
鬼。例えるならそう、昔話にでてくる鬼の様だった。
そんな灰霧の側で武器を見覚えのある冒険者2人が対峙している。
「あ、あれって……ハスラーさんとクラリスさん!?」
ハスラーさんとクラリスさんは2人とも武器を手にその灰霧の前に立っていた。
そして、その鬼の周りには子供の様に小さく、緑色の体をした灰霧が6〜7匹、木の棍棒を振り回しながら冒険者と戦っていた。この灰霧は腹が出ているのに腕や脚が細く、言ってしまえばとても弱そうなのだが、冒険者達が剣や槍で攻撃してもカキンッと金属音が鳴って弾かれている。当の灰霧は何事も無かった様に棍棒を振って攻撃している為、冒険者は苦戦を強いられている様だ。
しかし、俺達が今いるのはギルド……冒険者が沢山いる場所だ。でも見た感じ戦ってる冒険者は5人……しかも今ギルドの中にいる冒険者達は一向に出てこない………。という事は……。
「そんなに危険なのか……?あの灰霧……」
俺が鬼の灰霧を睨んでいた、その時だった。
「「グウオオオオォオオオオーーーッ!!」」
二体の鬼が同時に咆哮し、そして一体が右の拳を、もう一体が左の拳を握りしめ、体重を乗せる様に地面を殴った。地面は板チョコの様に割れ、抉れ、そして殴った衝撃と嵐の様な突風が、近くにいたハスラーさんとクラリスさん、それと他の冒険者達、そして緑色の灰霧までも吹き飛ばした。
吹き飛ばされた冒険者達や灰霧は周辺の建物に思いっきりぶつかる。が、冒険者がよろめきながら立ち上がるのに対し、緑色の灰霧はすぐさま立ち上がり、何も無かったかの様に棍棒で攻撃している。
鬼から波紋の様に放たれたその衝撃と突風は、ある程度距離のあった俺達にまで到達してくる。
「うおっ!」
俺は慌てて両腕で顔を隠すが、後ろに吹き飛ばされそうになる。
「クソッ、なんて馬鹿力だ!」
「ヒビノくん、私はここからあのオーガの灰霧2体を狙う。君はその周りのゴブリンを倒して」
オーガにゴブリン……あの灰霧達はそう言うのか。
俺は首を縦に振る。
「OK。ゴブリンを倒したら俺もオーガと戦う」
そう言った途端、ツキノは不安そうな顔で俺を見てきた。
「……………分かった」
どうやらまだ心配な様だ。瞳には「無茶はしないで」と訴えかけている様に思えた。
「……………ッ」
俺はそんなツキノを心配させたくないと思い、肩にポンッと触れた。
「ツキノ、大丈夫。俺、さっき体育館裏で『死ぬのは覚悟してる』って言ったけど……」
そして俺は自分の覚悟を再度伝えた。
「――――死んでやる気はない。だから安心してくれ」
「ヒビノくん………」
「じゃあ、行ってくる」
そして、俺は剣を右手に、拳銃を左手に出し、少し目を見開くツキノを置いて灰霧の群れと駆け出した。
「………ッ!」
俺は走りながら、棍棒で蹲ってる冒険者を叩く二体のゴブリンに左手の拳銃で3発放つ。
3発の光の球達は高速でゴブリンに向かっていく。
1発目は二体のゴブリンの手前の地面に到達する。しかし、2発目3発目は片方のゴブリンの左脇腹、顔面に到達した。そのゴブリンは断末魔を上げながら、体が灰色の霧へとなって消えていく。
「うおおおッ!!」
そして、仲間が消えて状況が掴めず、慌てふためくもう片方のゴブリンに俺は右手の直剣を斜めに振り下ろす。
直剣はゴブリン胴体を右から斜め下に向かって通り過ぎる。
「ギャアァァ!」
真っ二つになったゴブリンの体は、二つとも霧となってスルリと消えた。
「大丈夫ですか!」
そして俺は蹲っている冒険者に歩み寄りその人の横で膝立ちになる。
「お、お前は……」
その人は腕や頭に棍棒で殴られた傷があり、金属製の甲冑が砕けている。さっきの吹き飛ばされた衝撃でこうなったのだろう。そして、その蹲っている人には見覚えがあった。
「大丈夫ですかチャリンコさん……!」
チャリンコさんはゆっくりと、弱々しく上体を起こす。
「お前、なんでここに……」
「加勢に来ました。他の二人は?」
「は、ハスラーさんはクラリスの姉貴と一緒にオーガと戦ってて……ゲンツキは他のゴブリンと戦ってた筈だ……俺はいいから加勢ならそっちに行け……」
チャリンコさんは地面に腕をつき立ち上がろうとするが、力なく倒れてしまう。満身創痍だ。俺はすかさず倒れそうなチャリンコさんを支えた。
「後は俺達がやります。どこか安全な場所に……」
「何言ってんだ………あのオーガにビビって逃げていった奴らのせいで、今ここには数人の冒険者しかいねぇんだ……騎士団が来るまでモンスターを食い止めねぇと………」
その時、1体オーガが俺とチャリンコさんに近づいてきた。
オーガは俺たち目掛けて足を勢いよく踏みつけてくる。
「………ッ!」
俺はすぐに直剣と拳銃を消し、チャリンコさんを抱えて横に跳んだ。そして地面をクルクルと回って受け身を取る。
ドンッ!と凄まじい音がなる。俺はオーガの方を振り返る。オーガの足元には砂煙が舞っていて、オーガの足が地面に埋まっている。あんな攻撃受けたらひとたまりもない。
すると突然、そのオーガに高速で光の球が直撃する。
オーガは少し狼狽えた後、軽く頭を振りその光の球が来た方向を向く。
向いた直後、今度は顔面に2発、3発と直撃する。計三回食らったオーガは尻餅をついた。
「ツキノ………!!」
俺は光の球が来た方……ツキノがいる方を向いた。
「ヒビノくん!早くゴブリンを!」
ツキノは大声で俺に向かってそう言った。両手にはライフルを持っている。
「サンキュー、ツキノ!」
俺はチャリンコさんを建物の側に寝かせ、拳銃を右手に出す。そして他の苦戦している槍を持った冒険者一人と、その人と戦っているゴブリン2体、そのうちの1体に照準を合わせ、引き金を引いた。
細い銃口からは光の球が発射し、照準を合わせていたゴブリンに直撃、そのゴブリンは霧になった。そしてもう1体にも同じ様にお見舞いさせた。
「2体撃破……」
「す、すげぇ……」
チャリンコさんの言葉に耳を傾けず、状況を確認する為周りを見渡す。見た感じ残りのゴブリンは3体。よく見ると残りの3体とも、ゲンツキさんと思わしき人物と戦っているのが見えた。ゲンツキさんは苦しそうな顔でゴブリンの攻撃を回避しているが、正直長くは持たなそうだった。
そしてオーガはというと、2体ともツキノに近づこうとしているものの、ライフルから放たれる数々の攻撃に狼狽えて近づけないという感じだった。
ツキノの側で、さっきはいなかった杖を持った4人ほどの冒険者達が火の球や氷柱を放っている。魔法だろうか。だがやはり灰霧にそれは効いてはいないようだ。しかしどちらともオーガを引きつけているのは確かだ。有り難い。
俺はゴブリンを拳銃で狙おうかと思ったが、万が一ゲンツキさんに当たったらまずいので直剣で斬りかかる事にした。
取り敢えずチャリンコさんは灰霧達から少し離れた建物、その中の適当な椅子に座らせた。
「チャリンコさんッ!そこで安静にしててください!」
「あ、おい待っ……痛っ!」
俺はチャリンコさんの言葉に耳を傾けずその建物を出てゲンツキさんの方へと急いで駆け寄った。
ゴブリン達はそんな俺に気が付き、ゲンツキさんから俺へと攻撃対象を変えると、3体とも俺に向かって来た。
「はぁぁぁああ!!」
ゴブリンが直剣の間合いに入った時、俺は1体のゴブリンの首に目掛けて直剣を突き刺す。そのゴブリンは直剣の先で霧となって消える。
その直後、残りの2体が1体目の死角になっていた場所から姿を表して来た。その2体は俺の左右に回り込み、板挟みの状態で俺に飛びかかる。2体のゴブリンから棍棒が降り下ろされ、俺はモロにその攻撃を喰らう……………
「…………ッッッ!」
「「ギャァァァぁ!!」」
寸前に、俺はクルリと素早くコマのように回転し、2体のゴブリンに斬撃を喰らわした。そして、2体とも胴体を真っ二つに裂かれ、霧となって消えた。後はオーガの2体だけだ。
「残りはあの2体………」
「ハァ……ハァ……お前は……」
そんな俺を、ゲンツキさんは息を切らしながら片膝をつき、俺を驚きの目で見ている。
見た感じゲンツキさんに目立った傷はないが、かなり疲労しているようだ。
「オーガは俺達が倒します!そこで休んでいてください!」
「何で……お前の攻撃が効いて……」
どうやら俺が助けに来たよりも、俺の攻撃がゴブリンに効いた事に驚いている様だ。
「説明は後でします!」
そして俺は、2体のオーガの方を見る。
2体のオーガはツキノの方へと向かおうとしているが、ライフルの連発攻撃でツキノがいるギルドの入り口へは向かえない様だった。そして、そのオーガの右斜め後ろに俺とゲンツキさん。左斜め後ろの建物の中にチャリンコさん、左斜め前に槍を持った冒険者がいる。ハスラーさんとクラリスさんはというと、オーガから見て前方30メートルぐらいにある建物でそれらしき人が倒れているのが見えた。
オーガに次々と光の球や火の玉、大きな氷柱に刃の風、横一直線の雷が直撃撃破している。が、しかし……
「なんだあの灰霧……全然倒せる気配がない………」
オーガは腕で顔をガード、一歩も前には出せずにいるものの、さっきの様に尻餅をつくどころか狼狽える素振りも見せていない。
だったら、ココロの技しかない。しかしこの位置で打つと槍を持った冒険者に技が当たっり、オーガがよろめいて倒れてしまって潰されてしまう可能性がある。かといってオーガの真後ろに行くと魔法の流れ弾に当たってしまう。
ならばと俺は後ろにあった建物に振り返り、思いっきり脚に力を入れてジャンプする。
「よっと!」
ココロのチカラは身体能力もアップしてくれる。なのでこのぐらいは出来る。
その建物の屋根に着地し、走ってオーガの真横の建物へと向かう。建物は長屋の様に繋がっている為走って移動できた。
そしてオーガ達の真横に到着した。屋根からはオーガの頭がひょっこりと飛び出している。オーガは真横に並んでいて腕で顔をガードしてる。しかし、真横はガードしきれていない………ガラ空きだ。
「くらえッ………!」
俺はズボンの右ポケットからココロのディバイスを出し、胸に翳す。そして殺意を込めるように叫んだ。
「――ライト――」
目の前に図太い光が現れ、レーザービームの様に飛んでいく。
「ッッッッッッッ!!!」
光は頭の横に直撃し、手前にいたオーガは声にならない叫びを上げる。
そして、手前のオーガは光の勢いで左に倒れる。当然、真横にいたオーガに寄りかかる様に、豪快に。
「「グアアアアアアアアアアアア!!!!」」
2人のオーガは反対側の建物に派手に倒れ、建物は大破、中が外に露出してた。そしてココロの技を直で喰らったオーガは右手を弱々しく天に突き上げたと共に大きな霧となってきえた。
「残りは1体………!!」
ココロの技を使うと大幅にココロのチカラを減少させる。昨日はライトを一回使っただけで限界だった。しかし今はまだココロのチカラの残量がある。
…………もう………1発打てそうだ。
「………ッッ!!」
俺は再度ディバイスを胸に翳し、倒れているオーガに言い放つ様に叫ぶ。
その一歩手前だった。
「グオオオオオッッ!!」
オーガが建物の瓦礫を高速で俺に投げて来た!
「ッッ!?」
俺より数倍ある瓦礫の塊。それを回避出来ずに直撃………
「「させねぇッッ!!!!」」
瞬間、大剣を持ったハスラーさんと、ハンマーを持ったクラリスさんがその瓦礫の塊に突っ込んで行くのが見えた。
「「地神流――岩砕き」」
2人はそう叫んだ後、武器を両手に構えて前転の様に前のめりに回った。
車のタイヤの様に高速回転し、そして瓦礫を粉砕した。
「「どうだァァ〜!!」」
着地したハスラーさんとクラリスさんは大声でそう叫ぶ。
がしかし、オーガは立ち上がってしまった。
「ウオオオオオオオッッ!!!」
オーガは天を仰ぎ、雄叫びを上げる。
するとオーガの頭に生えてる2本の長いツノが、突然赤色に輝き出した。そして何故か膝達になる。
「………ッッ!待った待ったやべぇ…!来るぞ…!」
クラリスさんがそう叫ぶ。するとオーガは両手の拳をを組み合わせ、赤く輝くツノの前に翳す。すると両手までも赤く輝き出した。
「おい逃げろお前〜!大技が来るぞッ〜!!」
ハスラーさんが俺に向かって叫ぶと共に、オーガは組み合わせた拳を大きく伸ばし、大きく仰け反り、ゆっくりと、しかし力強く、俺の方向で、地面に向けて振り下ろした。
凄まじい轟音と共に、怒り、憎悪、そして気迫。こんなものを感じた。
ヤバい。これは俺にもわかる。この攻撃を喰らったら本当にヤバい。確実に。これはヤバい…………。
景色がスローモーションに見えて、思考回路がぐるぐると高速で回り、加速する。
そして時ふと、俺の頭がある思考に脅かされる。"恐怖"という名の思考に。
……もしかして、俺はここで死ぬのだろうか。死んでしまうのだろうか。
もし死んだら、本当に死んだら、もう、家族に、友人に、大切な人達に会う事が…………
………いや、何を考えている。やめろ。死ぬなんて考えるな。やめろ。考えるな。そんな事を考えたら、俺の心が恐怖でいっぱいに…………
違う!そうじゃないだろう!何も考えるな!そんな事より早く、早くココロの技をオーガに向けて撃たなければ…………
本当に、本当に俺は死……………
「させない」
その瞬間、ツキノが冷静にそう言うのが聞こえた。見るとツキノは近くにいて、ライフルをオーガの腕辺りに向けている。
「バルチックショット」
ライフルから発射された弾は、通常の光の球とは違い、球体ではあるものの銀色に輝いていた。
銀色の球は高速でオーガの胴体に直撃。ドデカイ衝撃音の後、オーガは声にならない叫びを上げる。
少しオーガの身体が浮いて、そして派手に真横に倒れた。銀色の球が当たった部分は抉れ、血の変わりに灰色の霧が漏れている。
「ツキノ……!」
「………ハァ……ハァ……ヒビノくん………!!!」
ツキノが息を切らしながら、屋根にいる俺を見つめて叫んだ。その瞳は「決めて」と言っている様だった。
そして、その叫びは、再び俺に勇気をくれる。
俺は強く頷いた後、倒れているオーガの方を向く。
……………サンキュー、ツキノ。そう感謝を心の中で言いながら。
再びディバイス胸に翳して、そしてさっきよりもココロを込めて叫んだ。
「――ライト――」
光はさっきよりも図太く、そして激しく輝いて、まさに光速の様にオーガに向かって、直撃し、そして…………
「灰霧………殲滅完了だ……」
最後のオーガは灰色の霧となって消えた。
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