五
7/31 21:17
土曜日ということもあって、俺は、また飲みに参加していた。
ちょうど、区切りだったからだ。1ヶ月ごとのサイクルが、少し早まった気がした。
これが1番の収穫だった。今年は梅雨がなく、いつの間にか明け、
彫刻にとっても良い年回りだった。
俺自体も好調で、おかげでこうして1日、2日程度の飲みならロスにならなくて済んでいた。
去年は冷夏、一昨年もゲリラ豪雨とかで、湿気に悩まされる年だった。
思えば、芸術品は記憶ではない。記録で媒体だ。否応にも、こういったものに振り回される。
……だからだろうか。思えば、俺の年回りは去年、一昨年から悪くなっていたという
実感がある。些細でほんの少しずつたまっていった……その積み重ねを俺が忘れている
だけで、思い出していくと、何か手掛かりになるだろうか?
――そういった面で好調であっても、金銭面の工面は必要だった。
早急に手を打つ必要があった。今は、目の前のことに集中すべきか。
「此上君は、どういう本を読むんですか? 」
「俺は、専門書は芸術書が多いかな。彫刻関係とか。木像彫刻で、例えばトーテムポールとか、
例えばスフィンクスやら、ああいうのをモチーフにしたような芸術作家が好きで――」
「お、盛り上がってるねぇ」
野辺が入ってくる。こいつもできあがっていた。
「おう野辺、お前、本当に図体でかくなったな! コイツ、前もっとスリムな筋肉質だったの! 」
「え? 今もだろ。見ろよ、この腹筋! え? 名前なんだっけ? 美奈子ちゃんだっけ? 見たいでしょ? そっちの子も」
「え? 何? みた~い」
野辺が、シャツから腹を出す。
「ホラ」
「ぶよぶよじゃねーか! この何ヶ月で、何があったんだ? ホントに、こいつこんな奴じゃ
なかったんだよ。去年まで。筋肉質で、ガタイ良かったの! 」
俺がツッコミを入れる。この短期間でよく太ったな、こいつ。
「いや、固いんだって。腹筋を鍛え過ぎて、1個に固まっちまったんだよ」
「あははは! ヤダもう! 」
最近はその腹も、こいつのネタになっていた。女子にも好調だった。
……今日は、男女混合・計10人の、適当に座敷を立ち代わり、入れ替わりしながらの
飲みだった。
「ちょっと、ゴメン! 此上、トイレ付き合ってくれ」
「……? ああ」
「で、どうよ? 今日の飲みは? 楽しんでる? 」
トイレに行くと、野辺が用を足しながら話しかけてくる。
俺は、特にトイレに行きたかったわけではないから手洗い場で手を洗い、
流しっぱなしにして冷やした。
次の日の彫刻に取り掛かる準備だ。
「ああ、最高だね」
俺は、適当な返事をした。
「それはよかったって、ウソつくんじゃねーよ! 」
「どうしたんだよ? いきなり」
「お前、全然酔ってねーじゃねーかよ……で、なんかいいコいた? 」
「みんないいコではないの。なんか、外見はみんな地味目だけど、個性的な娘が多いな。
なんか文学とか文芸とか言っても、予想と違ってBL系批評家が多かった」
「だろ? 今流行りの腐女子だからな。文学少女とか、最高だろ?
そういう芸術的感性っていうの? お前には絶対刺激になると思ってな。驚けよ」
「いや、あれくらいじゃ驚かんだろ。まあ驚くけど、お前の腹程じゃない」
俺が口角を上げる。
「お前のそういうところがさ! いや、もういいや! ……よっしゃ! 戻るか。
あと1時間ちょいくらい……! 隣で飲もうぜ」
戻ってくると、ほとんどは男性と女性で別れて飲んでいた。
「え? 何なに? なんで男女で離れてんの? ほら、そこも一緒になって飲もうよ」
強引に割り込み、混同させていく野辺の隣に座り、俺も呼び鈴を押した。
「ビール2つに、カルーアミルクかな。そちらは、どうする? 」
「お、気が利くね~。俺レモンハイとコークサワーいくか」
……野辺が出しゃばって、ウザくなってきた。もう、こいつに任せよう。
「……カルーアって? 」
「お、呑んだことない? カフェオレみたいな感じで、甘くてうめぇよ。女性に人気よ」
「へぇ、わたしも飲んでみた~い」
「じゃあ、俺のあげるから、試してよ。ワインと同じくらい強いから気をつけて。
俺はカルピスサワーに変更して、食べ物は……」
――食べ放題メニューに、オススメメニューの沖縄料理が含まれていなかった。
「みんなじゃんじゃん食べてね。俺もこいつも、もう見ての通り食べ放題、
飲み放題メニュー以外から、好き勝手頼んでるから、遠慮なく食べて飲んで。
会費払えば、後は払うから」
何かこの一言が、盛り上がりを見せた。こういうのは、普通にごちそうになりますで
いいのにな。バイト先の飲みとは、ちょっと雰囲気が違っていた。
「え!? お前そんなことしていいの!? 」
「何が!? お前には奢らんぞ!? 」
もしかして、この料金体系でいざこざでもあったのだろうか?
「ゴーヤチャンプルー頼むか。野辺は? 」
「お、夏らしくていいね~。俺にもくれよ。俺は麻婆豆腐に、揚げ出汁豆腐も追加っと……」
コイツ本当に豆腐好きだなと、野辺を横目で見ながら、俺は、狭い座敷ながらも
姿勢を楽にして、完全におっさんみたいな恰好になっていた。
正面のコと目が合った。俺と同い年だろうか、1歳下くらいだろうか。
「酔わないんですね、お酒、強いんですか? 」
……名前がごっちゃで思い出せない。
「もう、結構酔ってるよ。体暑いし、だるいし。酒は、普通くらいじゃないかな。
後、タメ口でいいよ」
「そ、こいつね。めっちゃクールなの。酔ったら、寝るか吐くかの2択しかねぇの。
でも、なんだかんだ思いやりもあるし、俺のメニュー覚えててくれるし、
便利でイイ子なんだよ、な? 数多」
「お前は近所のオバちゃんか。よ~しよしよしよしよし! 」
俺はムツゴロウのまねをして、こいつの腹を思いっきりなで回してやった。
「やめい! さっきから! 俺の腹をイジるな! 」
――何か、けたたましい早さで時間が過ぎていく。
野辺の相手をし、注文を忘れずに伝え、目の前の人の話に相槌をうち、周りの会話
――妙なイントネーションや声色、その他顔の表情など、嫌でも目に、耳に入る。
所狭しとテーブルに置かれたグラス、ジョッキ、滴る水滴――反射する光、光、光……。
包む熱気。今日は、そういうのが目に入っても、嫌な気分はしなかった。
そうこうしているうちにラストオーダーも終え、23時解散になった。
野辺に割り込まれたせいで、こっちの芸術も相手の文芸も、何か肝心なことは言いそびれ、
聞きそびれたまま、不完全燃焼で飲み会は終わった。
多分、野辺のことだからBLネタがダメだったとか、好みがいなかったとか、
そういう理由なんだろう。
何か予定より、1万近くオーバーした出費だけが残る結果になった。
またいつか飲みに行きましょうとは言っても、このほとんどの人とはこれまでの
人と同じく、2度と飲みに行くことはないだろう。飲みとはそういう一期一会である。
俺達は夜の街を背に、後にした。野辺がまだ飲みたいと言うものだから、
帰りでコンビニに寄り、俺は〆に食べたバニラアイスをまた食べたくなったので、
カゴに入れた。野辺はビールやつまみを入れた。
部屋で2人で飲むと、案の定、夜明けまでよくわからんグチを聞かされ、
よくわからん反省会をされた。俺は、アイスを1口1口スプーンで運び、
戸棚からとっておきのブランデーを出してゆっくり味わい、クールダウンした頭で
こいつの言うことを適当に聞いていた。
コイツは、俺のこういうところが嫌いだと延々キレていた。仕方ねぇだろ。