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エンボスの夜  作者: 危機一髪
6/6

7/31 21:17


 土曜日ということもあって、俺は、また飲みに参加していた。

ちょうど、区切りだったからだ。1ヶ月ごとのサイクルが、少し早まった気がした。

これが1番の収穫だった。今年は梅雨がなく、いつの間にか明け、

彫刻にとっても良い年回りだった。

 俺自体も好調で、おかげでこうして1日、2日程度の飲みならロスにならなくて済んでいた。

去年は冷夏、一昨年もゲリラ豪雨とかで、湿気に悩まされる年だった。

思えば、芸術品は記憶ではない。記録で媒体だ。否応にも、こういったものに振り回される。


 ……だからだろうか。思えば、俺の年回りは去年、一昨年から悪くなっていたという

実感がある。些細でほんの少しずつたまっていった……その積み重ねを俺が忘れている

だけで、思い出していくと、何か手掛かりになるだろうか?

 ――そういった面で好調であっても、金銭面の工面は必要だった。

早急に手を打つ必要があった。今は、目の前のことに集中すべきか。


 「此上君は、どういう本を読むんですか? 」

「俺は、専門書は芸術書が多いかな。彫刻関係とか。木像彫刻で、例えばトーテムポールとか、

例えばスフィンクスやら、ああいうのをモチーフにしたような芸術作家が好きで――」

「お、盛り上がってるねぇ」

野辺が入ってくる。こいつもできあがっていた。


 「おう野辺、お前、本当に図体でかくなったな! コイツ、前もっとスリムな筋肉質だったの! 」

「え? 今もだろ。見ろよ、この腹筋! え? 名前なんだっけ? 美奈子ちゃんだっけ? 見たいでしょ? そっちの子も」

「え? 何? みた~い」

野辺が、シャツから腹を出す。

「ホラ」

「ぶよぶよじゃねーか! この何ヶ月で、何があったんだ? ホントに、こいつこんな奴じゃ

なかったんだよ。去年まで。筋肉質で、ガタイ良かったの! 」

俺がツッコミを入れる。この短期間でよく太ったな、こいつ。

「いや、固いんだって。腹筋を鍛え過ぎて、1個に固まっちまったんだよ」


「あははは! ヤダもう! 」

最近はその腹も、こいつのネタになっていた。女子にも好調だった。

 ……今日は、男女混合・計10人の、適当に座敷を立ち代わり、入れ替わりしながらの

飲みだった。

「ちょっと、ゴメン! 此上、トイレ付き合ってくれ」

「……? ああ」


 「で、どうよ? 今日の飲みは? 楽しんでる? 」

トイレに行くと、野辺が用を足しながら話しかけてくる。

俺は、特にトイレに行きたかったわけではないから手洗い場で手を洗い、

流しっぱなしにして冷やした。

 次の日の彫刻に取り掛かる準備だ。


 「ああ、最高だね」

俺は、適当な返事をした。

「それはよかったって、ウソつくんじゃねーよ! 」

「どうしたんだよ? いきなり」

「お前、全然酔ってねーじゃねーかよ……で、なんかいいコいた? 」

「みんないいコではないの。なんか、外見はみんな地味目だけど、個性的な娘が多いな。

なんか文学とか文芸とか言っても、予想と違ってBL系批評家が多かった」

「だろ? 今流行りの腐女子だからな。文学少女とか、最高だろ?

そういう芸術的感性っていうの? お前には絶対刺激になると思ってな。驚けよ」

「いや、あれくらいじゃ驚かんだろ。まあ驚くけど、お前の腹程じゃない」

俺が口角を上げる。

「お前のそういうところがさ! いや、もういいや! ……よっしゃ! 戻るか。

あと1時間ちょいくらい……! 隣で飲もうぜ」


 戻ってくると、ほとんどは男性と女性で別れて飲んでいた。

「え? 何なに? なんで男女で離れてんの? ほら、そこも一緒になって飲もうよ」

強引に割り込み、混同させていく野辺の隣に座り、俺も呼び鈴を押した。

「ビール2つに、カルーアミルクかな。そちらは、どうする? 」

「お、気が利くね~。俺レモンハイとコークサワーいくか」

……野辺が出しゃばって、ウザくなってきた。もう、こいつに任せよう。

「……カルーアって? 」

「お、呑んだことない? カフェオレみたいな感じで、甘くてうめぇよ。女性に人気よ」

「へぇ、わたしも飲んでみた~い」

「じゃあ、俺のあげるから、試してよ。ワインと同じくらい強いから気をつけて。

俺はカルピスサワーに変更して、食べ物は……」


 ――食べ放題メニューに、オススメメニューの沖縄料理が含まれていなかった。

「みんなじゃんじゃん食べてね。俺もこいつも、もう見ての通り食べ放題、

飲み放題メニュー以外から、好き勝手頼んでるから、遠慮なく食べて飲んで。

会費払えば、後は払うから」

何かこの一言が、盛り上がりを見せた。こういうのは、普通にごちそうになりますで

いいのにな。バイト先の飲みとは、ちょっと雰囲気が違っていた。


「え!? お前そんなことしていいの!? 」

「何が!? お前には奢らんぞ!? 」

もしかして、この料金体系でいざこざでもあったのだろうか? 

「ゴーヤチャンプルー頼むか。野辺は? 」

「お、夏らしくていいね~。俺にもくれよ。俺は麻婆豆腐に、揚げ出汁豆腐も追加っと……」


 コイツ本当に豆腐好きだなと、野辺を横目で見ながら、俺は、狭い座敷ながらも

姿勢を楽にして、完全におっさんみたいな恰好になっていた。

正面のコと目が合った。俺と同い年だろうか、1歳下くらいだろうか。


「酔わないんですね、お酒、強いんですか? 」

……名前がごっちゃで思い出せない。


「もう、結構酔ってるよ。体暑いし、だるいし。酒は、普通くらいじゃないかな。

後、タメ口でいいよ」

「そ、こいつね。めっちゃクールなの。酔ったら、寝るか吐くかの2択しかねぇの。

でも、なんだかんだ思いやりもあるし、俺のメニュー覚えててくれるし、

便利でイイ子なんだよ、な? 数多」

「お前は近所のオバちゃんか。よ~しよしよしよしよし! 」

俺はムツゴロウのまねをして、こいつの腹を思いっきりなで回してやった。

「やめい! さっきから! 俺の腹をイジるな! 」

 

 ――何か、けたたましい早さで時間が過ぎていく。

野辺の相手をし、注文を忘れずに伝え、目の前の人の話に相槌をうち、周りの会話

――妙なイントネーションや声色、その他顔の表情など、嫌でも目に、耳に入る。

所狭しとテーブルに置かれたグラス、ジョッキ、滴る水滴――反射する光、光、光……。

包む熱気。今日は、そういうのが目に入っても、嫌な気分はしなかった。

そうこうしているうちにラストオーダーも終え、23時解散になった。

 

 野辺に割り込まれたせいで、こっちの芸術も相手の文芸も、何か肝心なことは言いそびれ、

聞きそびれたまま、不完全燃焼で飲み会は終わった。

多分、野辺のことだからBLネタがダメだったとか、好みがいなかったとか、

そういう理由なんだろう。

何か予定より、1万近くオーバーした出費だけが残る結果になった。

 またいつか飲みに行きましょうとは言っても、このほとんどの人とはこれまでの

人と同じく、2度と飲みに行くことはないだろう。飲みとはそういう一期一会である。


 俺達は夜の街を背に、後にした。野辺がまだ飲みたいと言うものだから、

帰りでコンビニに寄り、俺は〆に食べたバニラアイスをまた食べたくなったので、

カゴに入れた。野辺はビールやつまみを入れた。

 

 部屋で2人で飲むと、案の定、夜明けまでよくわからんグチを聞かされ、

よくわからん反省会をされた。俺は、アイスを1口1口スプーンで運び、

戸棚からとっておきのブランデーを出してゆっくり味わい、クールダウンした頭で

こいつの言うことを適当に聞いていた。


 コイツは、俺のこういうところが嫌いだと延々キレていた。仕方ねぇだろ。




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