四
7/3 8:13
……また、あっという間に1ヶ月が過ぎてしまった。
今日は土曜日……つきっきりで彫刻を仕上げたかったが、今日も野辺が来る。
最近、記憶がやけにはっきりしている。
彫刻を削っても削っても、疲れを感じない。
多分、今がピークだ。
バイオリズムというものがある。俺はこの状態になった後、
急にコト切れたかのように抜け殻になる。
それをいいことに、他人というのは見計らったかのように、
俺を攻撃して来やがる。
メモに残して警告したかったが、今はこのピークを機に1秒、1手彫刻を刻みたかった。
メールが届く。今日も野辺からの誘いだ。
相変わらず、まめな奴だ。
この時期、悪酔いが横行する。
いや、悪酔いが横行しない時期なんてのはないから、GW前後、夏休み前後、国民の祝日、
クリスマス、忘年会、年末、正月、バレンタインデー、3月、4月、挙げたらキリがない。
そう考えると、1年もあっという間だ。
残るのは、飲みに潰され時間を浪費した未来しかない。
俺は、舌打ちをした。
俺は、思案を巡らせた。
こうとなっては、方法は2つだ。受け入れるか、対策を取るかだ。
俺は、ふと彫刻器を見た。
この彫刻器、何ヶ月使っただろうか? 手になじんで、ピークの今が替え時か。
俺は彫刻をしながら、予定を立てていた。
1本くらい、預金に余裕はある。
できれば大きいのがいい。いっそのこと、工具を使うか?
いや、ダメだ。住人に迷惑がかかる。
自分で作るか? いや、ダメだ。その時間はもったいない。
仕上げの分くらいならともかく、いや、仕上げはそもそも紙ヤスリで
こと足りる。
そうこうしているうちに、作業は昼を過ぎ、そして、夕方を過ぎていた。
今日は絶好調だった。心境の具合はさておき、進行具合はよく進んだ。
――しかし、と6体を見る。
さすがに、6体を仕上げてくるとなると、年内、いや、3月、
来年の4月・5月でもできるか怪しい。
今年から税金を納めなくてはいけなくなってしまった。
2割。この出費はフリーターの身には手痛い。
となると、何か稼ぐ手段を得ないといけないが、これがない。
いや、やりようはあった。
オークションだ。
今の自分の作品をやめて、小型の木像彫刻に切り替えて、
色を足せばいいだけだ。
大学時代、俺はこれで少し収入を得ていた。後は……。
ざっざっざ
あの、なじみ深い足音が聞こえた。思案していると、いつもこうだ。
こっちの事情もお構いなしだ。
チャイム音で思考を中断されないよう、俺はドアを開けに行った。
案の定、野辺だった。
辺りは陽が落ちかけ、ほろいい具合の、落ち着いた雰囲気があった。
悪い気はしなかった。……が、今ではない。これからだ。油断は禁物だ。
「あ、わかった? 」
「まあな」
「上がっていいか? 」
「ああ、上がれよ」
いつも通り、俺は野辺を通す。
「すまん、作業中だった。木クズが散らばってるから、気をつけてくれ」
「うわっ、ホントだ。荒れてるな」
「言うほどじゃないだろ」
荒れてる……という言葉に反応し、床のクズを見る。散らばってはいない。
上手な美容室のように、木クズはまとまりをもっている。
俺は、足を払い、手早くほうきとちり取りで野辺が通れるように木クズをさらい、
ゴミ袋に処理する。ついでだから風呂掃除をする。やり方は簡単だ。
シャワーを流して、スプレーをかけるだけ。
後はシャワーカーテンも含めて何分もすれば、
適当なスポンジで表面を磨くだけでいい。
これまた何分と時間はかからない。
「何してんの?」
「ちょっと、風呂にでも入ろうと思ってな。支度の……支度だ」
野辺と話してる間、時間の節約になる。
「え? 今から洗って間にあうのか?」
「間にあう。風呂に入るってのは、浸かるのとは別だって」
「ああ、そういう意味か。普通、シャワー浴びてくるって言わないか? 」
「普通って言ってもな。ゲームするって言うのと同じだろ。
いちいちファミコンするとか、プレステするとか、言わないだろ。
浴室使うって意味だ」
「いや、お前だったら約束すっぽかして、本当に風呂入りそうだからさ」
「やめろ。お前の中で、俺はどういうイメージだ。大体、
俺がいなくても飲み会なんてどうでもなるだろ」
「いや、いた方がいいじゃん。盛り上がるし」
「あれ、盛り上がってるか? だったら、お前は笑いのセンス磨いて
臨んだ方がいい」
「いや、あれでも盛り上がってるって。多分、まあ、何かおかしい人いるって
思われてるのは否めないと思うけど」
「俺は見世物じゃないぞ。しかも、俺からするとあれこそなんだ? 狂人か?
ってレベルだ。俺がお前のオカンやオトンだったら、1人2人はともかく、
あんな集団とつき合うのはやめろって、心配するぞ」
「そこまで言わなくてもいいだろ。今時、そういうもんだって。
お前が言ってることも分かるよ。わかるけどさ、お前だって
楽しんではいるだろ」
「そりゃ、悪い気はしない。たまの外出だからな」
「だったら、いいじゃないか。WIN-WINってやつだよ。今みたいにさ、
自然にオカンとか自然にディスるのがさ……口調とかさ、わかるだろ? 」
「わかった、保留だ」
……言い足りないことはさておき、早々に切り上げることにした。
こいつに言ったところで何も変わらないからな。仮にこいつや俺が、
少し変わったところで何も変わらない。
そんなことより、俺にとって最重要は、彫刻に充てる時間をとることだ。
技術を磨くことだ。こんなことで浪費したくない。
「じゃあ、俺は手早く風呂に入ってくる。適当にくつろいでてくれ」
「わかった、長くなりそうだったら呼ぶ」
「ああ、すぐ上がる」
俺は、適当なスポンジで浴室とシャワーカーテンを手早く磨くと、
そのまま髪、体を洗うとすぐに流した。
洗剤とシャンプーなどを一度に流して時間を節約し、
約束通り手早く身支度を整えた。
「スマン、待たせた」
「いや、全然早くてびっくりした。ちょっと予定より早いけど、行くか」
「ああ」
こうして、俺たちは沈みかかる夕陽とともに、今日も肩を並べて飲みに出かけた。