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エンボスの夜  作者: 危機一髪
5/6

 7/3 8:13 

……また、あっという間に1ヶ月が過ぎてしまった。

今日は土曜日……つきっきりで彫刻を仕上げたかったが、今日も野辺が来る。

最近、記憶がやけにはっきりしている。

彫刻を削っても削っても、疲れを感じない。

多分、今がピークだ。

 バイオリズムというものがある。俺はこの状態になった後、

急にコト切れたかのように抜け殻になる。

それをいいことに、他人というのは見計らったかのように、

俺を攻撃して来やがる。

メモに残して警告したかったが、今はこのピークを機に1秒、1手彫刻を刻みたかった。


 メールが届く。今日も野辺からの誘いだ。

相変わらず、まめな奴だ。

この時期、悪酔いが横行する。

いや、悪酔いが横行しない時期なんてのはないから、GW前後、夏休み前後、国民の祝日、

クリスマス、忘年会、年末、正月、バレンタインデー、3月、4月、挙げたらキリがない。

そう考えると、1年もあっという間だ。

残るのは、飲みに潰され時間を浪費した未来しかない。

俺は、舌打ちをした。


 俺は、思案を巡らせた。

こうとなっては、方法は2つだ。受け入れるか、対策を取るかだ。

俺は、ふと彫刻器を見た。

この彫刻器、何ヶ月使っただろうか? 手になじんで、ピークの今が替え時か。

俺は彫刻をしながら、予定を立てていた。

1本くらい、預金に余裕はある。

できれば大きいのがいい。いっそのこと、工具を使うか?

いや、ダメだ。住人に迷惑がかかる。

自分で作るか? いや、ダメだ。その時間はもったいない。

仕上げの分くらいならともかく、いや、仕上げはそもそも紙ヤスリで

こと足りる。


 そうこうしているうちに、作業は昼を過ぎ、そして、夕方を過ぎていた。

今日は絶好調だった。心境の具合はさておき、進行具合はよく進んだ。

――しかし、と6体を見る。

さすがに、6体を仕上げてくるとなると、年内、いや、3月、

来年の4月・5月でもできるか怪しい。


 今年から税金を納めなくてはいけなくなってしまった。

2割。この出費はフリーターの身には手痛い。

となると、何か稼ぐ手段を得ないといけないが、これがない。

いや、やりようはあった。

オークションだ。

今の自分の作品をやめて、小型の木像彫刻に切り替えて、

色を足せばいいだけだ。

大学時代、俺はこれで少し収入を得ていた。後は……。


ざっざっざ


 あの、なじみ深い足音が聞こえた。思案していると、いつもこうだ。

こっちの事情もお構いなしだ。

チャイム音で思考を中断されないよう、俺はドアを開けに行った。

案の定、野辺だった。

 辺りは陽が落ちかけ、ほろいい具合の、落ち着いた雰囲気があった。

悪い気はしなかった。……が、今ではない。これからだ。油断は禁物だ。


「あ、わかった? 」

「まあな」

「上がっていいか? 」

「ああ、上がれよ」


 いつも通り、俺は野辺を通す。

「すまん、作業中だった。木クズが散らばってるから、気をつけてくれ」

「うわっ、ホントだ。荒れてるな」

「言うほどじゃないだろ」

 荒れてる……という言葉に反応し、床のクズを見る。散らばってはいない。

上手な美容室のように、木クズはまとまりをもっている。

 俺は、足を払い、手早くほうきとちり取りで野辺が通れるように木クズをさらい、

ゴミ袋に処理する。ついでだから風呂掃除をする。やり方は簡単だ。

シャワーを流して、スプレーをかけるだけ。

後はシャワーカーテンも含めて何分もすれば、

適当なスポンジで表面を磨くだけでいい。

これまた何分と時間はかからない。


 「何してんの?」

「ちょっと、風呂にでも入ろうと思ってな。支度の……支度だ」

野辺と話してる間、時間の節約になる。

「え? 今から洗って間にあうのか?」

「間にあう。風呂に入るってのは、浸かるのとは別だって」

「ああ、そういう意味か。普通、シャワー浴びてくるって言わないか? 」

「普通って言ってもな。ゲームするって言うのと同じだろ。

いちいちファミコンするとか、プレステするとか、言わないだろ。

浴室使うって意味だ」

「いや、お前だったら約束すっぽかして、本当に風呂入りそうだからさ」

「やめろ。お前の中で、俺はどういうイメージだ。大体、

俺がいなくても飲み会なんてどうでもなるだろ」

「いや、いた方がいいじゃん。盛り上がるし」

「あれ、盛り上がってるか? だったら、お前は笑いのセンス磨いて

臨んだ方がいい」

「いや、あれでも盛り上がってるって。多分、まあ、何かおかしい人いるって

思われてるのは否めないと思うけど」


「俺は見世物じゃないぞ。しかも、俺からするとあれこそなんだ? 狂人か?

ってレベルだ。俺がお前のオカンやオトンだったら、1人2人はともかく、

あんな集団とつき合うのはやめろって、心配するぞ」

「そこまで言わなくてもいいだろ。今時、そういうもんだって。

お前が言ってることも分かるよ。わかるけどさ、お前だって

楽しんではいるだろ」

「そりゃ、悪い気はしない。たまの外出だからな」

「だったら、いいじゃないか。WIN-WINってやつだよ。今みたいにさ、

自然にオカンとか自然にディスるのがさ……口調とかさ、わかるだろ? 」

「わかった、保留だ」


 ……言い足りないことはさておき、早々に切り上げることにした。

こいつに言ったところで何も変わらないからな。仮にこいつや俺が、

少し変わったところで何も変わらない。

そんなことより、俺にとって最重要は、彫刻に充てる時間をとることだ。

技術を磨くことだ。こんなことで浪費したくない。


「じゃあ、俺は手早く風呂に入ってくる。適当にくつろいでてくれ」

「わかった、長くなりそうだったら呼ぶ」

「ああ、すぐ上がる」


 俺は、適当なスポンジで浴室とシャワーカーテンを手早く磨くと、

そのまま髪、体を洗うとすぐに流した。

洗剤とシャンプーなどを一度に流して時間を節約し、

約束通り手早く身支度を整えた。

「スマン、待たせた」

「いや、全然早くてびっくりした。ちょっと予定より早いけど、行くか」

「ああ」


 こうして、俺たちは沈みかかる夕陽とともに、今日も肩を並べて飲みに出かけた。




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