不満
「…やりたくない。なんでわざわざ俺がそんなことしなきゃならない」
「そこをなんとかさ?頼むよぉ、悠くんにしか頼めないんだって」
斑目の話を聞き終わると、悠は顔を顰めて難色を示す。
斑目からの話は、先日悠に敵意を向け攻撃を仕掛けてきた湊川ありさを、洗脳から解放するために協力して欲しいと言ったものだった。
誰だって自分に敵意を向けてきた相手を助けるのに力を貸して欲しいと言われたら、多少なりとも不満が出てくるだろう。
悠はあからさまに嫌そうな顔をして斑目を睨んだ。
「…どこの誰が好き好んで自分に悪意のある人間のことを助けるんだよ」
冗談じゃないと、悠は斑目を突き放しこの話は終わりだと顔を背ける。
「──悠くん、頼むよ」
今までになく真剣な声で懇願してきた斑目を、思わず振り返る。
おちゃらけている様子は消え、真面目な顔をして悠のことを見ている斑目は新鮮で、悠はその威圧感に斑目から目を離せなくなった。
「これ以上、国のお偉いさん達の自分勝手な欲望で傷つく子を見たくないんだ。…お願いだよ、手伝ってくれ」
悠に向かい頭を下げる斑目のことを、少しの驚きと共に、ここまでする理由についても納得をした。
悠としても、国が直接絡んでいるというのなら話は変わってくる。
上にいる一人の人間がやっていることなら放置しても構わないと悠は思うが、国の人間が指示を出し他者を巻き込んで何かをしているのなら、悠は相手の考えている何もかもを全力で邪魔をして破壊しつくさなければ気がすまない。
悠の瞳から光が消え、僅かに残っていた表情が顔から剥がれ落ちる。
鋭いナイフのような空気を纏った悠を前に、斑目は冷静に言葉を紡いだ。
「…ありさちゃんの洗脳を誰がやったのかまではさすがにこの短時間じゃ調べきれなかった。けど、おおよそのあたりは付けられたよ。悠くんには俺がそいつをぶち殺すときに力を貸してほしい。…だから今は堪えてくれ」
「……………」
悠は無言のまま斑目を一瞥すると、斑目の言葉に同意し、体からにじみでていた殺気が霧散していく。
「ありさちゃんのこと、手伝ってくれるよね」
「…今回は高くつくぞ」
「悠くんに手伝って貰えるだけでも感謝だから、報酬のお金に糸目はつけないよ。仕事が終わり次第報酬を渡す、ってことでおーけー?」
「それでいい。いつ決行する」
「できるだけ早く。俺としては明後日の午後あたりがいいかな。ありさちゃんと接触する場所も考えてあるからあとは出向くだけ」
悠としては、国の調律師で尚且つ自身に害のある人物を助けるなど嫌悪感しか抱かないが、国がなにかくだらないことを企んでいるのだとしたらそれを無視することはてきない。
国にとって不利な情報を少しでも手に入れるため仕方なく協力するのだと、自分に言い聞かせ苛立つ心を落ち着かせた。
「…明後日の午後だな。わかった、どこで落ち合う?」
「ああ、それなんだけど、俺がここまで迎えにくるから自宅待機で頼むよ」
悠は斑目の提案に一瞬虚をつかれたような顔をしたが、すぐに理解する。
「…なるほど、そういうことか。分かった」
「悠くんが動いてこっちの意図せぬタイミングでこられても困るしね。悠くんは物分りが良くて話がしやすいよ、本当に」
斑目はちらりとソファでいびきをかきながら眠っている荒崎を見ると、ため息をつく。
「こいつほんとに人の話聞かないし理解しないから制御し難くて大変だったんだぜ?それが今や犬みたいに悠くんにへばりついてさぁ…。悠くんこいつになんか催眠でもかけたの?」
「…そんな面倒なことしてまで、こいつを自分の傍に置く価値があるか?」
「そりゃあごもっともな意見だ。でもま、なんだかんだ言ってこいつの面倒見てくれて、尚且つ色々やってくれてる悠くんには感謝してるんだよ」
荒崎のことを頼む、そう斑目に言われ複雑な気持ちになる。
悠自身は荒崎に何かをしてやったということは、記憶の中にない。
そう思っているのが顔に出ていたのか、斑目は苦笑いをして悠の頭に手をのせた。
「…まあ、こういうのは、与えている本人には分からないものだからね。俺も悠くんには色々と貰い物してるからどっかで返さないとなぁ」
「あんたにも何かを渡した記憶が無いけどな」
「いやいや、結構貰ってるよ?お返し期待してていいよ」
「いらない…」
悠の本気のトーンでつぶやかれた言葉に、斑目はオーバーなリアクションをして悲しそうな声を出す。
「…ふぐっ!この辺に刺さった!いしゃりょーを請求したいんですけどー」
胸を抑えながら茶番をしている斑目に冷ややかな視線を向けながら、悠はため息をついた。
*
斑目は話が終わっても、しばらく自分の家に戻るのを渋っていたが、悠が問答無用で斑目を外にたたき出し、渋々と帰っていった。
帰り際に明後日の午後に迎えにくるということを、何度も念押しされた悠は、判断を誤ったかと既に後悔が出てきた。
悠はソファに眠っている荒崎の足を掴み縮こまらせると、空いた隙間に腰を下ろした。
まともに確認していなかったスマホのメールを確認しようと、スマホのロックを解除したその時、振動と着信音によって悠の手が止まる。
電話の相手は藍原だと表示されている。
出るのが面倒でしばらくほおっておけば諦めるだろうと無視しようとしたが、止まる気配のない音に仕方なく応答することにした、
「…なに」
【何、じゃないんだけど!この3日間メールしても返事かえってこないし、電話も全然繋がらなくて心配してたの!】
「あー、色々と立て込んでたからスマホ見てなかった」
【そう…。けど無事でよかった、本当に。怪我とかして連絡取れない状態なのかなって…】
本当に心配だったと、藍原の声が小さくなる。
実際に負傷して連絡が取れなかったが、藍原の様子からこれは言わなくて正解だったと安堵する。
もし本当のことを伝えようものなら、先程電話に出た時と同じ以上の剣幕でまくし立てられそうだ。
悠が自分でそう納得していると、藍原は落ち着いてきたのか本来の用件を口にする。
【この間、また今度会うって話したでしょ?今からちょうど1週間後とかはどう?】
「多分大丈夫、だったと思う」
【よかった!じゃあその日の10時に皇居跡で待ち合わせは?】
「分かった」
【あ、都合が悪くなったとかあったらすぐに言ってもらって構わないからね?──じゃあまた来週に】
「ああ、またな」
悠はスマホを耳元から離し、カレンダーを開いて予定を追加した。
こうして他人と会うために時間を作るなんてことは、以前の自分では考えられないと思い、なんとなくフワフワとした気持ちのままスマホの電源を消す。
そして、未だにソファでいびきをかいている荒崎を見ると、このまま放置して風邪でも引かれたら困るため、適当に見繕ってきた布を被せた。
*
自室に戻りスマホを充電器に指してから布団に転がると、久しぶりの自分のベッドに感動を覚える。
しばらくゴロゴロとしていたが、だんだんと眠気が悠に襲いかかってきた。
霊力と体の傷は癒えたものの体力がまだ戻っておらず、まぶたを開けているのが辛い。
悠はそのまままどろみに身を任せ、落ちていく瞼に逆らうことなくゆっくりと目を閉じた。
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