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神のいない世界  作者: ウニ
裏 表
55/64

ひとり

 







 ────暗く、冷たい、どこまでも落ちていく。

 まるで海の底に沈んでいくような、そんな感覚に身震いし暗闇の中で手を伸ばす。

 けれど手を伸ばしても何も掴むことはできず、抵抗すらできずに落ちていく。

 久方ぶりに感じるこの感情は、恐怖。

  …ああ、なんだ、まだ自分にも、恐怖を感じることができるのか。

 目を閉じても開いても暗闇しかないのなら、いっそ全てを閉ざしてしまおうかと、手で耳を塞ぎ目をぎゅっと閉じる。

 体がどこまでも深い暗闇に落ちていく感覚だけが唯一残されたものだった。



 *



 目を開けると、閉じる前には真っ暗だった部屋の中に僅かな光が入ってきていた。

 眠るつもりはなかったが、どうやら思っていたより疲れていたようで気がついたら時間が経っていた。

 ソファから体を起こすと隣にいたj9の姿が見当たらず、その場から部屋の中を目視で探すが近くにはいないようで、仕方なくソファから立ち上がり伸びをする。

 変な体勢で眠っていたせいか、体からパキパキと音が鳴る。

 j9がどこにいるのか探そうと、リビングの扉に手をかけると声が聞こえてきた。

 耳をすまし声の出処を探すと玄関の方から聞こえてくる。

 慎重に扉を開き、声の主が誰か確かめようと隙間から除くと、なぜかそこには斑目がいた。

「…いや!なんで中にいるんだよ!?」

 荒崎は状況を把握できずに、一瞬呆けてしまったが、すぐに我に返り驚きの声を上げる。

「なんでって、鍵空いてたし。というかお前、不用心すぎない?悠くんいないからって気を抜くなよ…」

「…あんたに言われる筋合いはねぇ」

「いや、お前さぁ…。まあいいや、今日はそんなこと話に来たんじゃないんだよね」

 斑目は荒崎の許可を得ることなく家の中に入ってくると、我が物顔でリビングのソファに腰を下ろし、荒崎に近くに来るよう手招きした。



 *



 荒崎は斑目に色々と言いたいことがあったが、あまりにも堂々と不法侵入してきた斑目に何かを言う気にはなれず、しぶしぶながらも斑目の正面に腰を下ろすと、斑目の話を聞くために、仏頂面になりながらも話を聞く体勢をとった。

「よし、じゃあまず質問なんだけど、お前さ、ありさちゃんと戦った?」

「湊川のことか?」

「そうそう。俺の持ってる情報が正しければ昨日の夜あの辺でさ、ありさちゃんなんか用事があったみたいなんだよね」

 何か知ってる?と斑目に問いかけられた荒崎は、正直に答えるべきかどうか迷った末に、斑目に湊川についてのことを話すことを決めた。

 俯いていた顔を上げると、相変わらず何を考えているのか分からない斑目がニコニコと笑いながら荒崎のことを見ていた。

 荒崎は居心地悪そうにしながらも、湊川のことを話すために口を開いた。



 *



「なるほどねぇ…」

 荒崎から湊川のことを一通り聞いた斑目は、何やらうんうん唸りながら険しい顔つきをしていた。

 荒崎はそんな斑目のことを不思議に思いながらも、特に何かを聞く気も起きず、斑目のことを放置してこれからどうするかを考えていた。

 神樹から連絡がきていないと言うことは、荒崎が神樹の所から家に帰ってから今までの間、悠の状態は特に進展がないということだろう。

 悠の様子は気になるが、恐らく神樹からの連絡が来る前に訪ねても工房の中に入れてもらえないだろう。

 荒崎は昨日斑目を神樹の工房に連れてきた時の神樹の気迫を思い出し身震いすると、目の前にいる斑目の様子をちらりと盗み見る。

 斑目は何か考えているようで、顎に手を当てながら首を傾げていたが、やがて意を決したのか重たそうな口を開いた。

「…これは、非公式の情報なんだけど、国の上層部が調律師を洗脳して、自分の意のままに操るっていう実験をやってた、らしいんだよねぇ」

 斑目にしては珍しく歯切れの悪いテンポで、話を進めはじめた。

「んで、ここからが本題なんだけど、ありさちゃんがその実験の被験者に選ばれてたらしくてね…。まあ、実験自体は失敗したみたいで上手くいかなかったらしいんだけど。中途半端に掛けられた洗脳のせいで、ちょっとおかしくなってるみたいなんだよね」

「なんだよ、それ…」

 荒崎は唖然としながら斑目から伝えられる事実に困惑していたが、今の斑目の話を聞いた事でようやく、神樹と悠が国の人間を嫌悪する意味がわかってきた。

 悠や神樹はよく国の上層部の人間のことを、他人を踏みにじり甘い蜜だけを吸う害虫と例えていたが、その言葉に荒崎はいまいちピンときていなかった。

 だが斑目の話を聞くうちに、国の人間が真実自身の利益のみを追求しているということが理解できた。

 荒崎は自分の中に湧き上がってきたドス黒い何かを強く歯を食いしばることで無理やり抑え込むと、絞り出すように声を出す。

「…あいつは、元に戻せるのか?」

「まあ、ね。方法はあるよ。けど、この方法を実行するにしても、悠くんの助けが必要になるから今すぐにありさちゃんを助けるのは難しいんだよね」

「神無さんの力が必要、ってことか?なんでだよ?」

 荒崎は不服そうに斑目につっかかるように前のめりになって抗議したが、斑目はそんな荒崎をうざったそうに手で払うと、仕方ないと言わんばかりにため息を吐いた。

「…悠くんの力が必要、と言うよりも悠くんがいてくれると助かるんだよね」

「はぁ?」

 荒崎は斑目の言葉に首を傾げ、どういう意味か考えたが、結局斑目が悠に何をさせたいのかよく分からず斑目の顔を見る。

 斑目はそんな荒崎の様子が予定通りだと言わんばかりに、足を組み直すと口を開いた。

「まあ、簡単に言うと、悠くんにはありさちゃんを呼び寄せるための餌になって欲しいんだよね」

「は…!?」

 荒崎は斑目が言った餌という言葉に反応を示すと、斑目を睨むように目を細める。

 餌にするということはつまり、少なからず悠の身に危険があるということだ。

 荒崎は斑目の考えを認めることはできないと、異議を申し立てた。

 斑目は荒崎の反応を読んでいたのか、荒崎の異議に対してすぐに反論してくる。

「餌になってもらうって言っても、お前が想像しているようなことをするつもりは無いからな?危険な場所に悠くん1人で行ってもらうとか、嫌がる悠くんのことを無理やりしばりつけて引っ張ってくとかするつもりは無いからね?あくまで、悠くん自身に囮になることをオッケーもらえたら手伝ってもらおうと思ってる。それに、ありさちゃんが悠くんのところに姿を現したら、悠くんにはすぐ下がってもらうよ。それにもし悠くんの身に何かあれば、俺がすぐに対応するしね」

 斑目は悠には危険なことをさせるつもりは無いと言っているが、実際その作戦を実行したとして、悠の身に危険が及ぶとなった場合、斑目が悠を助けるビジョンが浮かばず荒崎はしかめっ面になった。

「…あらま、そんなに信用ないの俺?」

「逆にあると思ってたのかよ?」

「これでも部下には絶大な信頼を受けていてるんだぜ?」

 斑目のそのセリフに、荒崎は今度こそ思いっきり顔を顰めた。

「それはあんたの皮を見てるだけのやつだろうが。なんなら部下の前でお前基本的には本性出さねえじゃねぇか」

「まあ、そうなんだけどねぇ」

 斑目は荒崎の言葉を聞くと気まずそうに頬をかいたが、ぽつりとこぼすように言葉を吐く。

「けど俺は、お前と悠くんのことは一方的に信用してるから。今回の作戦についても、もし悠くんが協力してくれるってことになったら、俺はお前らを裏切らないよ、絶対に」

「なんだよ、それ…」

 斑目の言葉に疑いもあるが、あんな声でこんなことを言っておいて嘘をついているのだとすれば、それこそ何も信じられなくなる。

 荒崎は大きなため息を吐くと、不承不承ながらも斑目の作戦を受けいれた。



 *



「わかってるとは思うけどよ、俺がお前に協力するのは、神無さんがあんたの作戦に自分で参加するって決めた時だけだからな」

「はいよ。…何回も言わなくてもそのぐらいわかってるよ」







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