隠力
神樹は悠の霊力の調整が一段落すると、一度部屋から出た。
放置していた斑目の事が気になるのと、少し休憩を挟もうと考えたからだ。
斑目は椅子に座ったまま目を閉じて、眠っているようだった。
神樹は斑目を起こさないよう、給湯室へ向かうとお湯を沸かそうと、ケトルに水を注いだ。
お湯の沸いた電気ケトルとコップを持って作業部屋へと戻ると、斑目が目を開けて神樹の姿を捉えた。
「…俺、寝てました?」
「ぐっすり寝てた」
斑目は唸りながら椅子の上で体を伸ばすと、大きく息を吐き出した。
「寝るつもり無かったんですけどねぇ…」
「疲れてるんじゃない」
神樹は持ってきたコップにケトルからお湯を入れると、そこに机の上にあったインスタントコーヒーの粉を入れ、そこら辺にあった棒で中身をかき混ぜた。
コーヒーをすすりながら、ジト目で斑目を見ていると、斑目は何かを考えているようで、神樹の視線には気づいていない。
コップを作業台の上に置くと、神樹は台の上にあった機械魔獣の残骸をいじりはじめた。
*
しばらくの間、神樹がパーツの分解をしていると斑目がふと声を上げた。
「あの…」
「なに」
「悠くんのことで、聞きたいことがあるんですけど…。いいですかね?」
「いやだ、って言ったら引いてくれんの?」
神樹はパーツをいじっていた手を止めると、斑目の方を向く。
「えー、っと…。聞くだけ聞いてもらえません?」
「…教えたくないことは話さないからな」
神樹の言葉に斑目は頷くと、遠慮がちに口を開いた。
「悠くんの力について、神樹さんは何か知っていますか?」
「…何か、って?」
「その、悠くんの戦い方なんですけど、俺の知ってる調律師の戦い方とは違うなと思ったんですけど…」
神樹はひとつ息を吐くと、どこか呆れたように斑目へと言葉を返した。
「あんたさ、私があいつの戦い方について知ってることがあるからって、簡単に話すと思ったの?」
「いえ、そうは思いませんけど…。少し気になったので」
「なにが」
「悠くんの力について、なんですけどね」
「…悪いけど、これ以上あいつの力についてあんたが知る必要はない。諦めてくれ」
「…じゃあ、最後に一つだけ」
斑目は探るように、神樹の顔を覗き込むと口角を上げ疑問を口にする。
「悠くんの包魂機って、誰が組み立てたんですか?」
「…さあ?私があいつと会ったのは2.3年前だし。それ以前のことは詳しく知らない」
「そうですか…。わかりました、色々と教えていただきありがとうございます」
斑目は椅子から立ち上がると、出口へと向かう。
ドアに手をかけ、1度振り返ると神樹が斑目のことをじっとみていた。
「それでは、また機会があれば」
「…できればこないでくれ」
「ははっ、随分と手厳しいですね」
斑目はドアを開き神樹の工房から外に出ると、待機させていたr0を呼びだし、まだ薄暗い町へと姿を消した。
*
荒崎が目を覚ますと、目の前には依然として眠り続けている悠がいた。
j9も大人しく荒崎の腕の中に収まり、まだ眠っているようだった。
ふと携帯を取りだし時間を確認すると、モニターには正午少し前の時刻が表示されていた。
パイプ椅子で眠っていたことで、固まっている体をほぐすように長く伸びをして立ち上がると、小脇にj9を抱え部屋を出る。
部屋の外の工房では、神樹が作業台の前に座りながら、どこかぼんやりとした表情で目の前のがらくたを見ていた。
「あの…」
「ああ、起きたの?そうだ、あんたも霊力乱れてるだろうから後で調整してやるよ」
「ありがとうございます。…って、いやそうじゃなくてですね…」
「あんたの元上司のこと?随分前に出ていったよ」
「そうですか…」
荒崎はちらちらと神樹の様子を伺いながら、躊躇いがちに口を開いた。
「あの、神無さんは、大丈夫…なんですよね?」
「まあ、多分大丈夫でしょ。…霊力に関しては」
「…それって、どういう意味ですか」
神樹は作業台に上体をのせると深く息を吐き、手元にあったガラクタを指先でいじりながら、面倒くさそうに目を細める。
「霊力は私が調整したから、正常な流れになってる。けれど、肉体面に関しては私じゃどうしようもできない。できて、応急処置だ。だからといってあいつを医者に連れて行くのはあまりおすすめしない。…なんでか分かる?」
「…俺たち調律師は、体内を巡る霊力によって普通の人間とは異なる肉体に作り変えられているから…ですね」
「そう、大正解。国に所属している調律師なら調律師専門の医師がいるけど、あいつみたいに野良の調律師が迂闊に医者に行くと、ハズレの医者でもひこうものなら逆に体調悪くなるからな」
「じゃあ、どうやって傷を治すんですか?」
「そんなの本人の自然治癒力に任せるしかない」
「じゃあ、治らないこともある、ってことですか!?」
「そりゃあね。でもまあ、あいつは大丈夫…ってか、問題ないでしょ。q2いるし」
「q2の修復能力…ですか?」
「そう。あいつの体はq2が復活さえすりゃあ、元通りの綺麗な体に治るよ。…それよりも、だ。荒崎くん、君もちゃんと横になって休んだ方がいいぜ?椅子に座って仮眠はとってたみたいだけど、それじゃあ治るもんも治らないし。荒崎君は一度家に帰って寝てきな」
神樹はそう言うと、工房から荒崎を追い出すように出入口の扉まで背中を押した。
荒崎は神樹に抵抗しようとしたが、神樹がにっこりと笑いながら荒崎を外に押し出すとドアに鍵を掛け、中から声をかける。
「あいつが起きたら連絡してあげるから、荒崎くんはしばらく自宅待機な」
「えっ!ちょっ、待ってください!」
荒崎は扉を開けようとドアノブを捻るが、ガチャガチャと音が鳴るばかりで開く気配がない。
しばらく扉と格闘していたが、ビクともしない扉にようやく諦めると、仕方なく家に帰ることにした。
j9を抱えながら1人で歩く帰り道は、何となく物足りないような気持ちになる。
いつも、荒崎の前には悠の背中があり、荒崎は悠の後ろ姿を見ながらその後をついて歩いていく。
だが今、悠は荒崎の前にいない。
荒崎は憂鬱な気分になりながら家までたどり着いた。
家に入ると、神樹には帰ってすぐに布団で休めと言われたものの、荒崎はまだ休む気にはなれずしんとしているリビングのソファに腰を下ろした。
j9を自身の横に置くと、眠っているj9の羽をつまらなそうにつつきながらソファの背に体重を預ける。
そうして、腰に付けたままになっていた拳銃を外すと目の前のテーブルにほおり投げる。
ガタンと音を立ててテーブルに着地した拳銃をぼうっと見ていたが、ふいと視線をずらしj9に向けた。
荒崎は霊力の流れを自分で操るすべを学び始めはしたが、結果はお世辞にも上々の成果とは言えずj9にも負担がかかっている状態だ。
霊力を操ることができるようになれば、荒崎も悠の近くで戦うことができるようになるはずだと、そう信じて今は訓練を続けるしかないとキツく目を閉じた。
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