侵入
神樹から情報を受け取った次の日、悠は暑くなる前に散歩でもしようとリビングに荒崎へのメモを残し、玄関の扉を開けたが、勢いよくドアを閉め直した。
かなり大きな音を立ててドアを閉めたせいで、2階からドタバタと慌てる音が聞こえはじめた。
悠は舌打ちをすると、ドアの覗き孔から外の様子をそっと窺い、先程見た光景と変わっていない事にめまいを覚えたが、全て見なかったことにするためドアの鍵を閉めた。
だがその瞬間、インターフォンがものすごい勢いで鳴り始める。
それと同時に、荒崎が勢いよく玄関に突っ込んできた。
「敵襲ですか!?」
「…そんな感じ」
「俺に任せてください!始末してくるんで!」
「落ち着けバカ」
すぐにでも玄関の外にいる相手に突っ込んでいこうとする荒崎を止めると、玄関のチェーンがかかっているのを確認し鍵を開いた。
すると、ドアが外側からあけられるがチェーンのおかげで外にいる人物の侵入を防ぐことができた。
荒崎は外にいた人物を見ると敵意を顕にしドアを閉めようとするが、悠が荒崎を抑えた。
「なんで止めるんですか!?」
「まだ用件聞いてないし、一応俺もこいつと共有しておきたいことあるからな」
憤る荒崎をリビングまで追い返すと、悠は外にいる人物に声をかけた。
「久しぶりだな」
「お互い忙しかったからなぁ。元気してた、悠くん?」
「気持ち悪いからやめろ、おっさん」
「おっさん!?まだそんな歳じゃないんですけどー!」
悠はまるで、害虫でも見るかのような目で目の前の人物を見たが、悠の視線を気にした様子もなくケラケラと笑っている。
「まあ、いい。お前の要件はなんだ、斑目」
「おっと、そうだった。本題を忘れるとこだったぜ」
斑目は内緒話をするように、ドアの隙間に顔を近づける。
「…m9が最後に確認できた場所と、恐らくだがその場所に行った目的が分かった」
「へぇ…」
悠は瞳を細めるとドアを1度閉めてチェーンを外し、斑目を中へと招き入れた。
「中で詳しく聞かせてくれ」
「りょーかい」
*
斑目を家の中に入れたことで荒崎ともう一悶着あったのだが、悠が荒崎をひっぱたくことで収束した。
斑目をソファーに座らせ待たせていると、荒崎が斑目の目の前で睨みをきかせていた。
悠が止めたことで斑目に直接何かを言ったり手を出すことはしなくなったが、納得出来ていないのか不満げな顔をしながら悠と斑目の顔をチラチラと伺っている。
悠は冷蔵庫にあった未開封のお茶のペットボトルをそのまま斑目の前に置くと、荒崎を部屋へと追いやり斑目から話を聞くために腰を下ろした。
「いきなり来て悪いねぇ。あのバカも荒れてて凄いし、悠くん大変じゃない?」
「ほんとにな。来る前に連絡さえしてくれれば、どうとでもなったのにな」
「まあ、それは悪いと思ってるけどこっちも色々忙しくてね。…じゃ、まあとりあえず、これを」
そう言って斑目が取り出したのは一枚の写真だった。
悠はそれを手に取ると写っているものを見て目を見開いた。
「これ、m9か…?」
「そ、大分姿変わってるけどね。これが撮られたのが約1週間前、京で見つかった」
「首都にいたのか?なんでまた…」
首都、京には多くの調律師が身を置いている。
国の最重要施設や国家主席たる天帝を機械魔獣から守るために、他の地域よりも多くの調律師が動員されているからだ。
調律師が多数いるということは、機械魔獣にとって身を隠しにくいということになる。
そのため、京には機械魔獣が現れることがほとんどない。
にもかかわらず、m9は京に現れた。
かつて諜報員として活動していたm9ならば、機械魔獣にとって京がどれほど危険な場所か分かるはずだ。
堕ちたことによってデータが失われているのなら、京に現れるということも考えられるが、これまでのm9の行動を考えると諜報員としてのデータが破損しているとは考えにくい。
ならば、m9が京に現れたことには必ず理由がある。
悠は斑目に視線を送ると、斑目はわかっていると言わんばかりに口角を上げた。
「m9の目的は、恐らく国の最重要施設──機械技術開発研究所。そこ以外にm9が京に足を向ける理由がない」
「そこに何があるんだ」
「国家機密のとあるもの、だ」
「今更勿体ぶるのか」
「まさか。ここじゃ言えない、悠くんにも分かるだろ?」
斑目は外に視線を向けると、困ったように肩を竦めた。
「…お前の連れじゃないのか」
「いいや、違う。…まあ、誰かは分かってるんだけど対処するのがめんどかった!」
「しね」
「ひどくない?…でもなんか未知の感覚」
悠は斑目の頭を思いっきり引っぱたくとq2を呼び寄せた。
『外にいる調律師の対応か?』
「あ、一応r0が見張りについてるぜ」
「そのまま始末させろよ」
「そうもいかない理由があってねぇ」
悠に叩かれた頭を擦りながら斑目が目を細める。
「あれ、うちの調律師なんだよね」
*
「あいつ死なないかな…」
『逃避したい気持ちはわかるが現実を見た方がいい』
「分かってる」
斑目から家の周りをうろついている件の調律師の情報をもらった悠は、面倒くさそうに真夏のアスファルトを踏みつける。
「最近うろついてたのが国の調律師とか、国のやつら暇なのか?斑目に続いて3人目だぞ?いい加減にしてくれねぇかな…」
『見せしめも兼ねて処分するべきだ』
「それな、ほんとそれ」
q2はいつものカバンの中ではなく、堂々と姿を見せながら悠と並び浮遊していた。
斑目に対処させようとしたのだが、国の調律師である斑目が件の調律師とやり合うとなると面倒な問題が発生するため無理だと言われた。
ならば荒崎に向かわせるかと考えたが、 荒崎1人では相手から情報を奪って来ることが難しく、二度手間になると考えたため家での留守番になった。
悠は周囲をぐるりと見渡すと調律師の気配を探り、相手が着いてきていることを確認した。
相手の居場所は分かるが、如何せん真昼の住宅街ということもあり派手には動けない。
そのため悠は、家から1番近い路地裏へと歩みを進めている最中だった。
炎天下の中、手でフードに風邪を送りつつ、ようやく目的地まで到着する。
悠は迷うことなく路地へと入ると、奥まで進んだところで後ろに気配を感じた。
背後で殺気が膨れ上がり、何かが風を切りながら飛翔する音がすると同時に、悠は一歩右にずれることで背後からの攻撃を避けた。
「…おまえなんなんだよ。いい加減迷惑なんだけど」
悠は振り返り、相手の姿を確認するとあからさまに嫌そうな顔をしながら言葉を発する。
姿を現した人物は悠より少し年上か同じぐらいの年の女だった。
女は目をつり上げると、憎しみの籠った眼差しで悠を射抜いた。
「あんたのせいで…」
「なに?」
「あんたのせいで荒崎先輩がおかしくなった!」
「…………」
悠は喚き散らす女をみて、気が抜ける。
どうみても、悠は巻き込まれただけだ。
勝手に人の縄張りに入ってきて、その上面倒事を持ち込むのは早めて欲しい。
女の戯言を聞き流していると、話を聞いていないのがバレたのか興奮しながら悠を怒鳴りつける。
「何黙ってるのよ!何とか言いなさいよ!」
「…いや、何言えばいいんだよ」
悠は完全にやる気を無くすが、形だけで整えようと、自身の縄張りに無断で立ち入ったことに対する警告をした。
「…とりあえず、ここ俺の縄張りだから出て行ってくれ。従わないなら無理やり追い出すことになる」
女は、悠の言葉を聞くと怒りで顔を赤くしながら自身の包魂機を呼びつけた。
「…っつ!バカにしないでちょうだい!──e7!」
上空から猫の形を模した包魂機がしなやかに降りてくる。
女の包魂機は悠を視界に映すと同時に、唸り声を上げた。
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