取引
悠は神樹の作業場から出ると荒崎と別れ家に戻り、家の中に入ると悠は床に突っ伏した。
「q2…」
『不調か?』
「いや、もう少し寝る…だけだ」
『疲労が残っている』
「……………」
悠は目を閉じると、うつらうつらしながら神樹の作業場で話したことを思い出し、q2に問いかける。
「お前は知ってたのか。指揮体のこと」
『否定、当機にその知識はない』
「…そうか」
そうして、今度こそ悠は眠気に身を任せた。
*
目を覚ますと辺りはだいぶ日が傾き薄暗くなっていた。
気だるい体を起こすと掛かっていた毛布が体から落ちる。
眠る時には何もかけていなかったはずだと、悠は首を傾げた。
『起きたか』
「ああ。…これお前か?」
そうq2に問いかけると、q2は不満そうに言葉を紡ぐ。
『肯定、貴殿は当機の言うことを聞かない。ならば当機がやるしかないだろう』
「…今度からはやる」
『貴殿がそう言って実行された事は記録にない』
悠はq2の言葉を聞かないふりをして、立ち上がると毛布を畳み部屋の隅に置いた。
「明日も休みだったか」
悠はスマホのカレンダーを見ると予定を確認する。
「q2、出かけるぞ」
『了解』
悠は必要最低限のものを持つと、q2と共に家から出た。
そうして悠が向かった場所は昨日指揮体がいた廃ビル。
警戒の為武装を展開し、ビルの中を進むと目当てのフロアに入る。
「…やっぱり何も無いか」
フロアに入ると昨日の指揮体の残骸はおろか戦闘の痕跡すら消えていた。
なにかパーツのひとつでも残っていないかと多少の期待を込めて、悠は指揮体がいたと思われる場所に近づくと、しゃがみこみ地面に手を置く。
「もう少し、情報が必要だな…」
『警告、当建物内に侵入者を検知』
q2の言葉を耳にした瞬間、悠は立ち上がる。
「誰だ…?」
『回答──先日の調律師だと思われる。当フロア到着まで約180秒』
悠は音を立てないよう屋上まで駆け上がると、屋上にある唯一の扉を背に呼吸を整える。
「q2」
『進路が変わった。こちらに来る』
「…迎え撃つか」
『了解、近接武器展開。──敵調律師到着まで132秒』
悠は刀を手に取ると軽く振る。
「…殺るぞ」
『同意、情報を吐かせた後で始末することを推奨。──到着まで50秒』
q2のカウントダウンが始まるのと同時に足音が聞こえ始める。
悠は刀を手に持つと入口の扉に近づく。
そうして入口の上に登ると身を小さく丸め、相手に気づかれないように息を潜める。
男の足音が扉の前で止まりドアノブに手がかかった。
悠は息を殺し相手に気づかれないように、刀を握る手に力を込め、男の姿が見えた瞬間に頭上から襲いかかり首元に刃を当てた。
「…やぁ、随分熱烈な歓迎だね。俺には君と戦う理由がないからこれ下げてくれない?」
「断る」
男は急所に刃を当てられながらもヘラヘラとした態度を崩さずに悠をみる。
「君に情報を渡しにきた、と言っても?」
「信用に値しない」
「まあ、だろうね。じゃあ今ここでひとつ進呈しよう」
「……………」
悠は油断せず男の喉元に刃先を突きつけると、続きを促す。
「抱魂機の末路は知ってるかい?」
「…指揮体、だろ」
「そこまで調べるなんて、仕事が早いね。それとも優秀な協力者さんがいるとか?」
悠が無言で刃を男の喉元にくいこませる。
「ストップ!待てって、抱魂機が指揮体になる理由については?これは知らないだろう?」
喉元にくいこませていた刃を少し引くと、男はほっとしながら続きを話す。
「抱魂機とは、調律師によって魂を込められた道具だ。けれど、魂を埋め込まれたことによって抱魂機には自我が芽ばえる。そして、ただの機械とは異なり感情があるからこそ抱魂機は指揮体になる、って俺たち国に所属する調律師の間では考えられてる」
「感情があることになんの意味が…?」
「俺も詳しくは知らないけど、包魂機が指揮体になる条件が関係してるらしいんだよなぁ」
「…その条件は?」
「それはこれをどかしてもらってからだな。交換条件だよ。この物騒なものをどかしてくれれば、俺が話せる範囲でだけど君が知りたいことを教える。双方にメリットがある取引だろう」
悠は男から刃を外さずq2に目配せした。
『男の抱魂機はこの場にある。だが、警戒の必要はないと考えられる。そしてこの男には戦闘能力はない。たとえ銃器や刃物を持っていようが当機の創造速度の方が早い』
「……………」
『さらに言えば、この男の抱魂機は先日の戦闘によるダメージが治っていない。今は別の身体に移されている』
「本当に優秀な抱魂機だなぁ。そんなことまで分かるの?」
男は何が面白いのかニコニコと笑いながら、自身の懐に手を入れると小さな金属の匣を取り出した。
「これが今のr0、こんなんなっちゃったんだせ?可愛そうになぁ」
そう言って四角い匣をつつく。悠は刃を男から下げると、警戒は解かずに問いかける。
「…わざわざ俺に接触してきた目的が分からない」
「それはこの後聞いてくれるかい?場を作るからさ」
「…ここでは無理なのか?」
「どこに目や耳があるか分からないからなぁ。できれば場所を変えたい」
男は立ち上がると匣をしまい直す。そうして、悠の様子を伺うように身を屈めた。
「わかった…。だが、おかしな真似をしたら即殺す」
悠はひとまず刀を手放すと男を睨みつけたが、男はそんな悠のことを相変わらずニコニコと笑いながらみていた。
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