仕事納め
今日は仕事納めです。
またウチの部が負けてしまった。
下川幸奈は、100均で買ったテーブルクロスをデスクに広げた。
(なんで管理部門ばっかり、優遇されるのよ)
幸奈は納会の準備をしていた。
毎年、仕事納めをどこのフロアでするかは、営業部門と管理部門の争点となっていた。
そして、結局、営業部門のあるこの階で行われるのだ。
納会は午前11時にスタートする。
管理部門の女子社員たちは、会が始まると、食事をしに降りてくる。
「だって、仕事の締め切りがあるんですからしょうがないじゃないですか!」
それは正しい言い分である。
だが、
(だったら、紙皿に食事を盛って、自席で仕事をしながら食べればいいじゃない)
幸奈は思う。
彼女たちは、会が始まるとおしゃべりをしながら、用意された食事を食べるだけだ。
寿司とピザが届く。菓子とおつまみを並べて、ビールを適当に置く。
日本酒とワインがお得意先から差し入れられている。
営業部門は納会の日は、ほとんど業務がない。営業さんたちは、朝から納会を楽しみにしている。
(わかっているんだけどな)
お互い様、できる人間ができることをする。
後輩たちが、楽しそうに皿を並べている。
(自分も、以前はあんな風だった)
誰かが喜んでくれればそれでいいと思っていた。
ここ数年、営業所がいくつも統廃合されている。所員たちは、必ずしも適した部署に配置転換されているわけではない。それを機に退職する者も少なくなかった。
自分は本社勤務であるが、同じ営業部門としては他人事ではない。
いつも人のペースで働き、有給休暇も取りづらい。
その分、食事に連れて行ってもらったり、励まされることも多いが、どうしても不公平感は否めない。
「下川さん?疲れてない?」
同じ部の河田が声を掛けてくる。
「えっ?」
「うん。疲れているよ」
(そうか疲れていたのか)
河田の言葉が心にすとんと落ちてくる。
河田は、学歴があれだが、のんびりと人柄がよく、意外と仕事もでき、上司からも、女子社員からも密かに注目されている。
「今日は、もう、帰った方がいいよ」
「えっ……でも」
「ほらほら。あそこの深澤さんも準備してないじゃない」
幸奈は深澤恵理子を見た。彼女は同期だが、こういった雑用は絶対にしない。
自分もああなれたらとは思うが、なかなか同じようにふるまえない。
「俺も帰るからさ」
「でっ、でも……」
「大丈夫。大丈夫。誰かがやってくれるよ」
後輩たちを、チラリと見る。彼女たちは楽しそうに作業を続けている。
こうして、幸奈と河田はこっそりと退社した。
納会と言っても、挨拶だけで、あとはそれぞれ、自由に飲んで食べるだけなのだ。抜けたところで誰も気にしないことを、今まで思いつかなかったのが、不思議だった。
「下川さん真面目だから」
「ううん。私、人と自分を比べてばかりで……」
幸奈は、自分が物事を悪く考え過ぎていたことに気づいた。まだ、起こってもいないことを悩んでも、自分が苦しくなるだけだ。
「いい天気だなぁ。ちょっとしたカフェがあるんだけどいかない?俺も仕事さぼって、たまに行くんだ。メイド服のウエイトレスがかわいいんだ」
幸奈は、たじろいだ。メイドカフェなどはごめんだった。
「あっ、その、私、そういうところは……」
「違う。違うよ。紅茶の美味しいお店なんだ。下川さんも気に入ると思うよ。店名がフランス語なんだよ」
店は、マンションの1階にあった。
『les quatre saisons』
フランス語で“四季”という意味である。
読んでいただきましてありがとうございました。