79話:さーて、どうしようか
ヘレンは拳銃を突き付けられて覚悟していた。ジンはたぶん誰かに依頼されたからこんな事をしているのだろう。
「やるならどうぞ、覚悟はできてます」
「肝が据わったお姉さんだ」
ヘレンはベールの奥の顔で薄く微笑んでいた、このまま生きていても地獄だろう、ならばせめて、甘い思い出の中にいた人に引導を渡してもらいたかった。
「なっ! やめろ! おい、ヘレン、逃げるんだ!」
「うるさいな。右腕折れ」
ジンが簡単に命令を下すと、黒い男はそのままミシェルの右腕を躊躇なく折る。ミシェルは悲鳴を上げるが、黒い男は躊躇なく抑え付けたままだ。
「覚悟があるなら、話は早い。受け入れてもらおうか」
誰もがヘレンは殺される、ヘレン自身もそうだと思った、彼が拳銃を突き付け、歩を進めて近づいていく。一歩ごとに、命が削れるような感覚が周りを包む。誰も、声一つ上げられない、馬車の上にいる死の象徴が事を済ませるまで。
ジンは一瞬で詰め寄り、拳銃を持っていない方の手で彼女の手を引いて、自分に引き寄せる。
そのまま強引に彼女の唇を強引に奪った。
「んっ! んんぅっ! ムムムっ!」
全員が唖然と口を開ける。いざ、殺す態勢を作って置き、虚を突かれる行動を取られた。ジンはその瞬間に行動を起こし、脚力に任せて跳んで行く。黒い男達も首筋に手刀を叩き込んで、抑えていた奴等を気絶させるとジンに続いて会場から飛び出る。
後に残ったのは呆然とした警備員たちである。
* * *
ヘレンを抱えつつジンは王都の建物の屋根を八艘飛びよろしく飛んでいく。追いかけるのは護衛の騎士達を抑えていた黒い男達だけである。
「………」
「………」
ヘレンもジンも会話はない。お互いに気まずさよりも、気恥しさで頭が一杯だ。ジンはそう言うことを経験しているが、ヘレンは初めての経験だった。その差はあれど、お互いに恥ずかしい思いはしていた。
しかし、のんびり話をする時間もないので、いい訳も話も後だ。
早速、面倒事が降ってきた。
「ちっ!」
「まぁ、受け止めるよな」
ジンは今、ヘレンをお姫様抱っこの態勢で抱えている。必然的に手を塞がっている状態で応戦を余儀なくされている。今の攻撃も、足で受け止めている。
最悪なのは、戦い相手である。ガイネア王国最強の騎士、西方五剣第二席、王剣、ラインハルト=アレクシス。近接戦の超大物だ。
「万全な時に相手してくれると嬉しいね」
「そうも言ってられないでしょう、万全にさせるとだいぶ面倒くさそうだから、このまま対応させてもらうよ!」
ジンもバカじゃない、ここまでの大物を対策していない訳がない。その切り札を今切った。
「騎士は大変だね」
「何だと?」
「守る者が多いから、この状況でも大切なものは守らなきゃなぁ」
ジンがそう言うと空から、結婚式の会場に向けて極太の閃光が放たれる。ラインハルトはそれを事前に察知して、超高速で会場に引き返して降ってきた閃光を弾き返す。
閃光の発射元は雲に覆われていて、その姿を確認できない。また、王都全域に厚い雲が覆っているので何処から閃光が発射されるのか確認できない。ラインハルトは会場の安全確保を優先せざるを得なかった。
しかし、そんな彼に代わって飛行する獣にまたがる騎士達、空挺騎士団だ。彼らは会場の警備をラインハルトに任せてジンを追い掛けていく。徒歩と航空機では速度が違う、レベルによってかなり身体能力が上がっているとはいえ、障害物があるジンより、障害物を無視して進められる空挺騎士団の方が早く進めるので追いつくのも早い。
しかし、障害物が多いのであれば隠れられる場所も多い。上から下に出たり入ったり、攪乱のために色んな場所を通る、上から死角になっている場所も多い上に、貴族たちの邸宅が立ち並ぶ貴族街なので建物に被害を出したら上から何を言われるのか分かった物じゃない。
「ヘレン様の姿がありません!」
「くそ、物陰に仲間が潜んでいたか。……地上部隊に向けて合図を出せ! 我々は下手人の確保と追跡を優先する!」
『『『はっ!』』』
ヘレンの捜索ではなく、ジンの追跡を優先して空挺騎士団は追いかけてくる。ジンは辟易としながら、仲間の黒い男達に空挺騎士団の足止めを指示して自分は全力で貴族街から抜け出そうとする。
黒い男達は空挺騎士達に向けて火の玉を打ったりして、立派に足止めの役目をはたしている。ジンはそのまま平民街に逃げ込んで変装を解いて堂々とニホン商会へ入っていく。
「いらっしゃいませー」
「ああ、すまない。会長から支部長様へ言伝を頼まれていてね。支部長はいないだろうから、部屋で待たせてもらえないか」
「分かりました。では、商会証と渡されるものについての提示をお願いします」
「はい」
「はいっ………、確認いたしました。応接室へご案内いたしますのでこちらへ」
ジンは白金色の商会員の証を提示して渡す予定の手土産なんかを提示すると、対応してくれた店員に少し確認された後、そのまま店員に案内されて応接室へ通される。ジンは手紙と手土産を置いてその場から脱出して手早く王都の外へ出てしまう。
* * *
ヘレンは王都の郊外に出ていた。遠目には王都が見れる、しかし、今回起こった惨事の結果はまだここまで伝わってきていない。彼女はジンに抱えられたまま、建物の上から下へ飛び込んだ後に誰かも分からない人物に預けられるとそのまま何かしらの転移能力で此処に連れてこられていた。
ヘレンを預けられていた人物は、覆面をしていたが今はその必要が無くなったのか外して立っている。ヘレンは覆面を外した人物の美貌に見惚れていた、長く白い髪に芸術品のような顔と陶器のような肌が彼女を生物性を薄れさせている。
人外の美貌をした人物ーー、シェスカはヘレンに興味を示しているわけでは無く。地面を盛り上げて、巾着袋からシートを取り出すと、そのまま座ってボケーっと座っていた。ヘレンがどうしようか迷っていると、シェスカが隣をポンポンと叩いて自分の方へ誘う。ヘレンは断るのも悪いので、隣に腰かける。シェスカはダボッとした黒い服に身を包んでいて肌の露出は一切ないが、顔の形だけでも周りを圧倒できる美貌を見せていた。
「あ、あの?」
「ん?」
「貴方は?」
「……シェスカ」
「ええと、何故私を?」
「………さぁ?」
「ええぇ、ジンから何か知らされていないんですか?」
「んん? んーー? なんか、都合が悪いって言ってて、今回の事がチャンスだって言ってた」
「都合が悪くて、チャンス?」
「それ以上は知らない、盗み聞きしただけだから」
更に疑問に思ったヘレンに対してシェスカは先行して疑問を遮った。ヘレンもそれ以上は聞けずに黙ってしまう。シェスカは眠そうにして、勝手にヘレンの膝を借りて寝に入ってしまう。
ヘレンは少し、呆れながらも髪を弄りながら、それを受け入れてやる。
* * *
足止めに残った黒い男は懸命に足止めに励んでいた、空挺騎士に向けるのは鎌鼬、火球、水弾と攻撃方法は多種多様だ。個々の実力は空挺騎士団たちとそう変わりはないが、立ち位置の不利さを覆すために密な連携で、空挺騎士団たちを自由に動かせない様にしている。
「くそっ! 主犯は逃がしたか。しかし、ここでこの者らを捕らえ、王国の武を示すのだ!」
空挺騎士達の隊長らしき人物が号令をかけると、黒い男達に向けての攻撃が激しさを増す。
すると、雷鳴の轟音が響く。いきなりの出来事だったので、騎士達は一旦黒い男達との距離を取る。上に逃げなかったのは自然現象であるなら自分達に雷が当たるのを避ける為である。
黒い男達に逃げ出す様子はない。しかし、突然、何かが変わったように困惑をし始めていた。遠目でも見えるように慌てているようである。これ幸いにと空挺騎士達は周りを取り囲む。
「動くな完全に包囲されている!」
「な、何なんだ、貴様らは!」
「しらばっくれるとはいい度胸だな、まあいい、城へと連行し今回の事を洗いざらいはいてもらうぞ」
黒い男達は自分の状況を正確に理解できていないらしい。声高々に自分達の素性を騒ぎ始める。
「私は銀光騎士団所属の騎士だぞ。我らを罪人のように扱うとは無礼ではないのか!」
空挺騎士達には二回目の度肝を抜かれる展開であった。
* * *
「埒が明かないな」
ラインハルトは空から降りそそいでくる光弾を弾きまくっていた。彼にとっては痛手にならなくても、彼が守らなくてはならない人間からすると結構な威力の弾丸が降ってきている。何とか国王以外の王族は避難できたが、それ以外の貴族は会場に残っていて、出ようとすれば光弾に狙われる。威力はかなりの物でラインハルトが当たっても問題はないが、体も鍛えていない貴族が当たったら一撃で体が吹っ飛ぶだろう。
光弾の射手はラインハルトを会場に留めておきたいようで、客を逃がさない様に、かといってラインハルトを逃がさない様に彼に注力して光弾を放っているが、逃げようとする客には遠慮のない攻撃を加えてラインハルトの余裕を奪いつつ会場内に留めている。国王も参戦しようとしていたが、なぜか本来の力が発揮できず、ラインハルトの活躍を眺めるだけだった。
(陛下が戦えない、固有スキルが封じられているのか、それとも陛下個人を縛る力なのか、いずれにせよ勇者様とその守護者も忙しいようだし、援軍に期待は出来ないだろう)
この状況を脱する為には、強い援軍が必要になる。例えば、勇者やその守護者たちだ
しかし、襲撃犯は勇者サイドにもしっかりと襲撃をして後を追わせない様にけん制している。こっちはラインハルトと違って会場から追い出すように別動隊が相手をしている。相手は人型の化け物、灰色のラバースーツに包まれたような体はあり得ない程頑丈で、電気に強い、勇者を相手するのを意識されているのは明白だ。
「異常に硬いな、電気の効きも悪いようだし何なんだ、コレ?」
「坊ちゃま、話をしている暇があったら最大出力で放てるように溜めて下さい」
「厳しいなぁ~」
会話だけなら真剣みが薄れていくが、手つきと顔付きだけは真剣そのものだった。
ノモルは鎖と短刀を器用に操って、行動先を制限したり、電気を流したりして無力化を図っている。後者はともかく、前者は上手く行っているようには見えなかった。そんな無意味な時間が過ぎていく。
(しかたない、先にこっちをかたずけよう)
ラインハルトは花嫁を奪い返すのをあきらめた、これだけ大規模で計画的な犯行を行った犯人が花嫁を逃がすための逃げ道を用意していない訳がない。なので、少しでも落とし前をつけさせるために大技の準備に入った。
剣を上段に構えて、大量の魔力を込めて電撃の斬撃を放つ。その瞬間に轟音が鳴り響き、厚い雲を割っていた。
* * *
ジンは王都の郊外に出るとヘレンの元へ向かっている。その際に、鳴り響く雷鳴の轟音を聞いた。ラインハルトが放ったであろう一撃が分かりやすく空を割っていた。
「流石だ。まともに相手にせずに済んで助かったな」
感心したように空を見上げると小さく黒い竜がジンの頭に降り立つ。疲れたとでも言う様に頭をペシペシと叩く。苦笑いしつつ労わるように小竜の頭をなでてやると、小竜は嬉しそうに喉を鳴らす。
「ちょっと、もったいないけれど、これで終わりだね」
ジンは手元に宝石のようなモノを取り出して、それに魔力を流して発動させる。
* * *
信壱とノモルは灰色の人型の化け物と戦っていた。生半可な攻撃も聞かないうえに、大技に入るための準備もさせてくれない、自分達の長所を潰すように雷への耐性が高い。しかし、信壱たちだって雷しか使えないわけでは無い、信壱は未熟であるが、ノモルは巧みに雷以外の属性で動きを止めたり仕留めている。
しかし、ある瞬間、怪物の体が途端に膨れ上がる。
ノモルは長年の戦闘勘からどうなるかを予想して、信壱を抱え上げて周りに避難を促す。ノモルが怪物の体を土属性の魔法で強引に上空で打ち上げると、途端に爆発して怪物は上空で消し炭になって霧散してしまった。
「簡単に倒していたら、爆発してたんでしょうね」
怪物がどうやって来たのか知っているようで、使い方の質の悪さと合理性に眉をひそめてしまった。しかし、使用者にそんな事を言ってもどこ吹く風なのは分かっているので、自分単体なら楽にかたずけられると思考を切り替える。そのまま、ラインハルトたちと合流して状況の整理に当たった。
* * *
ジンは王都の郊外にてヘレンと対面していた。今は仮面をつけている。
「どうもこんにちは」
「そうね。一週間ぶりかしら?」
「ありゃりゃ、バレてましたか」
ジンは仮面を外して苦笑いする。彼の仮面は目元だけを隠す設計だったが、彼女にはそれだけで十分だったのだろう。すごく、嬉しそうに笑っている。
「それで、怖い誘拐犯さん達は私をどうするつもりなのかな?」
「貴方のお父上からは、今回の報酬は貴方との事なのでこのままさらって自分の物にしてしまいますね」
「あら、怖い」
ヘレンは余裕そうに笑っている。暗い先しか見えなかったが、ジンが連れだしたことで少し明るい未来が見えてきた。もちろん、彼がどういう環境を用意してくれるのか分からないが、そう悪い環境ではないだろう。
「と言っても、やることがあるんで暫くは別の人と目的の場所まで向かってもらいますよ」
「私に拒否権なんてないわよ。だから、優しく連れてって」
作られた微笑みではない、心から溢れたむき出しの喜びから出た微笑みは久々に再開したジンから見れば昔と変わらず綺麗な顔だった。
昔と変わらずこの顔は明るい未来を想起させる。
「さーて、どうしよっかな?」
次話は王都に残された人たちの話を書く予定です。




