77話:結婚式の朝
ジンは着々と準備を進め遂に1週間後の結婚式になる。ミルエット伯爵には1週間後に結婚式が行われるであろう予想は伝えていない。別に演技に不満がある訳ではないが、やはり生の表情に変わることは無い筈だ。後日にフォローはしておくつもりだし、そもそも事前情報が間違っていたのであればジンに責められるいわれはない
「さてと、準備完了かな?」
ジンは装備を整えてパレードのゴール付近に潜伏する。
* * *
ミルエット伯爵であるグルトンは朝から困惑していた。叩き起こされたと思ったら、礼服に着替えさせられ結婚式の式場にされる予定の王都の大教会に連れてこられていた。困惑しながらも式場内に入り、近くにいた貴族に話し掛ける。
「も、もし、少しお尋ねしたいのですが、今日は何がありますか?」
「何があるって、聞いていないのですか?」
グルトンは嫌な予感を感じながらも言葉を促す。
「貴方の娘さんの結婚式ですよ。ご存知ではなかったのですか?」
「は? 結婚式はもう一週間先の話では?」
「いやね、防犯上の理由で関係者にもズラして伝えたようです。なんでも、フォルト公爵派に妙な動きがあったようで対策する為に虚偽の情報を流していたようです」
「なっ………!」
グルトンは驚いて言葉もないようであった。ジンはこれを知っているかどうかは知らないが、恐らくは知らないだろう。ニホン商会の商会長だとはいえ彼はあんまり人前に出る人間ではない、だから今回の結婚式にニホン商会の代表として出席するのはこの国の支部長であるニホン商会の大幹部であるはずだ。グルトンに知らせられなかったことをふまえると、その大幹部に正確な日程が伝えられているとは考えにくい、恐らくは王都内にいる貴族や有力者には虚偽の情報が流されている。
実際その通りであった、一応、王族はスケジュールの調整をしなくてはいけないので、正式な予定を告げられてはいるが、王族との接触を避けさせていたので漏れる可能性は少ない。
つまり、グルトンは嵌められたと感じていた。
(まずい、止められるかどうかは分からない。………期待していいんだよな、リョウくん)
グルトンは嘘を吐いてしまった罪悪感を感じていながらも、もしかしたらジンでもこの結婚式を止められないという不安感があった。
* * *
結婚式で行われるパレードのスタート地点にヘレンはいた。彼女は白いウェディングドレスに身を包んでいた。彼女のスタイルが際立つようなマーメイドラインで白い布地は彼女の淡い桃色の髪色を際立たせている。
「………はぁ」
着飾っている彼女の姿とは別に彼女の気分は憂鬱で彼女の美貌に影を落としていた。今は彼女の用の更衣室用のテントにいて、さっきまでは着替え用のメイドがいて彼女のウェディングドレスの着替えを手伝っていた。しかし、今はヘレンが一人になりたいと彼女が申し出て、テント内には彼女一人だけである。
(この結婚が無事に済めばいい。それで良いのよね、これが終わってあの男の物になれば全部が無事に済む。お父様の状態も分からないけど、多分だけど悪いようにはされていないはず)
もう何度も考えてきたことをもう一度頭の中にまとめる。彼女は体を抱えるように両手で自身の肩を持つ。ヘレンにはもう止められない、助けてくれるような人間もいない。このまま、自分が自分じゃなくなる感覚を覚えながらあの男の元に居続けるなんて吐き気がしてくる。
すると、テントの外から声が掛けられる。
「ヘレン、入ってもいいかい?」
「………っ! はい、どうぞ!」
「失礼するよ」
ミシェルはテント内に入ると目を見張る。ヘレンの美貌を際立たせるように作られたウェディングドレスは彼女の姿を地上に降り立った女神のように見える。街中に出れば十人中二十人は振り向くだろう。
ミシェルもその姿に見惚れている。彼の後ろにいる部下も気付かれないでいると思っているのか、だらしなく鼻の下を伸ばしている。
「……っ! いや、素晴らしいね。よく、似合っているよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「そのドレスも君に着られる事を誇りに思うだろうね」
「私はこのドレスを着られて嬉しく思いますよ」
ミシェルに褒められた彼女は穏やかに微笑んで答えた。ヘレンの内心は嫌悪感で一杯一杯だったが、鋼の愛想笑いの微笑みでそれを外には出さなかった。
「それで、どうされたのです? 今は警備責任者の話し合いが行われていたのでは?」
「ああ、それは終わってねパレードの時に私たちの周りを警護する騎士を紹介しておこうと思ってね、おい」
ミシェルはそう言うと後ろにいた部下の騎士に顎で自己紹介を促す。
「お初ではありませんが、今回、ヘレン様の警護を任されましたダント=バンルです。宜しくお願いします」
「ええ、覚えていますよ。屋敷で警護に当たってくれていましたね。今日もよろしくお願いします」
「光栄です」
「ははは、良かったなお前たち」
見た目は和やかな光景ではあるがヘレンは内心では彼らに向ける嫌悪感と親しい人と誰にも会えていない不安感で泣きそうであった。しかし、実家に迷惑をかけない様にするその心だけで彼女は微笑みながら立っている。
「さて、私の妻達と君はまだ会っていなかったね」
「はい、何人かとはあったことはございますが、まだ一度に全員とは会ったことはありません」
「そうだったね。では、紹介しよう。入っておいで」
ミシェルがそう言うと9人程のドレスで着飾った女性が出てきた。そのうちの年長の女性が前に出てくる。
「ヘレン。紹介しよう、私の正妻ワルローゼだ。仲良くしてやってくれ」
「ヘレン様。これから、末永くよろしくお願いいたします」
中年の女性ーー、ワルローゼは礼儀正しく挨拶をする。ミシェルは30後半の中年と言える年齢で、ワルローゼも同じ様な年齢だと思われる。ヘレンはワルローゼと初対面であったが彼女への第一印象は性格が悪そうだと思った。ワルローゼは性格の悪そうな顔をしていて、ヘレンはこの先の将来がもっと暗くなることを予感する。
「ミシェル様。申し訳ありませんが、ちょっと」
「いや、しかしだな」
するとタイミング悪く執事服を着た男性がミシェルを呼び出してきた。ミシェルは反射的に反発しようとしたが。
「まぁ、貴方、ここは私はに任せてトラブルの解決に向かってくださいな。貴方の様な優秀な方は少ないのですから」
「そうだね。では、ヘレン、妻達と話ていてくれ」
ミシェルはワルローゼに宥められるとテントから出ていった部下の騎士も出ていきテント前に立って警護に戻る。
ミシェルがテントから出ていくとワルローゼの顔が厳しいものに変わる
「あ、どうぞ皆さんお座りください」
「ええ、そうしましょうか」
ヘレンはワルローゼたちに席を勧める。ワルローゼはそれに乗って席に座るとヘレンと対面する。ヘレンは一応断りを入れて対面に座ることにした。
すると、早速ワルローゼが口を開く。
「初めましてといううべきですかね。私がミシェルの正妻、ワルローゼです」
「初めまして。ワルローゼ様、既にお見知りおきのようですがヘレン=ミルエットです」
ヘレンは愛想笑いを浮べて横柄な態度のワルローゼに接する。ワルローゼは下に見た相手にはとことん容赦がないと社交界でも話題になっている。実態を知って、ヘレンも社交界の噂は本当の事だと確信した。
ヘレンは今、下に見られている。まぁ、それ自体に別に不満はない、彼女は第十夫人として迎えられる。この扱いは到底納得できるものではなく。父娘共々、反対したいところだが今の情勢下ではそれは難しい事だ。
「貴方の噂は、前々から聞いていますよ。大層、優秀なのだとか」
「ははは、恐縮です」
「ですが、いくら優秀であるからと言っても、横柄な態度を取ってもらっては困ります。自分の立場を意識してしっかりをわきまえて下さい」
「はい、理解しております」
「お家騒動など起こしても無駄だという事をはっきりと認識していなさい」
上からの口調でワルローゼは忠告をしてくる。その忠告をヘレンは素直に首を振って了承する。
(当分は、いびられるのでしょうね)
短い応対で彼女の底の浅い性格を看破してこれから来るであろう暗い未来を想像する。
そのまま、少し話をした後にそろそろ婦人たちの移動時間という事でワルローゼ達は退出していく。
一人になってもヘレンの中にある疲れが取れることは無く、憂鬱な気分だけが今も胸の中に残っている。




