52話:水の勇者は誘拐される
ガイネア王国のとある街道上に大量の人間と馬車が移動していた。そこにいる人間は皆ピリついた雰囲気を纏っていて、見る人によっては戦時中の様な感じがある。
そんな雰囲気の中に一際、豪華な装飾された馬車があり、壁面には国の紋章である国章が施されている。そこから王族専用馬車であることが分かる。その中には二人の少女と壮年の男性が一人いた。そして、少女の一人は赤ん坊を抱えている。
「ネフィル様。やはりブレイドル様は侍女たちに任せるべきだったのでは?」
「なりませんよ、フォルス公爵。この時期にはただの侍女と言えど信用は出来ません。不測の事態にも備えても、この馬車の中に居させた方が安心でしょう」
「そうですな。出しゃばりが過ぎました」
「いえ、貴方には感謝しています。私だけではなく、ブレイドルの身柄も確保してくれたおかげで、ベント公爵家への手札を多く確保できます。それで、これからベント公爵家はどう出ると思いますか?」
「そうですな。私たちの拠点は皇国に近いので、少なくとも皇国と交流する事は無いかと、となると奴らが力を借りるのは恐らくは帝国でしょうね」
「そう、厳しくなるわね」
ネフィルは重い溜息を吐く。フォルス公爵も渋い顔をしている。
少女の一人は名前はネフィル=ファン=ガイネア、ガイネア王国の第二王女である。もう片方は、アリシア=ミーティア公爵令嬢である。
今はガイネア王国でクーデターが起きている。首謀者はベント公爵家当主のカールルスプ=ベント。彼らの目的はベント公爵家の血筋のある王族の王位継承順位をまた第一位に戻す事。ベント公爵家から嫁いだ女性と現国王ラムード=フォン=ガイネアとの間には初の男子が誕生していた。だが、その後に正妃シェリーとの間に第二王子ブレイドルが誕生した。すると、それまでの王位継承順位は変わって一気に第一王子は王太子の座から降ろされた。本来なら国王の縁戚という事で色々と優遇されるはずだったのに、その待遇が変わった事に我慢が聞かなくなり、前々から自分の息子を使って影響力を広げていた軍部の力を利用して王城を襲撃後に国王を軟禁し、国の実権をほとんど握っているのがクーデター後の現状である。
「一先ずは、フォルス公爵領へ急ぎましょう。そこから反撃に向けて動くのが一番でしょう」
「ええ。到着したら、先ずは羽を休め対処法を考えましょう」
「………アリシアさん、あなたも暫くは休みなさい。私たちに接触してくる人も少ないでしょうし、おもてなしをする必要もないから」
「はい、ネフィル様。ありがとうございます」
アリシアは素直に頷き、感謝を示す。彼女は公爵家の令嬢で今回のクーデターにより、彼女の実家であるミーティア公爵家は王族への忠誠心が高い国王派の貴族である。そんな国王派の貴族はクーデター時にベント公爵によってほぼ無実の罪で投獄されている。
しかし、アリシアはそんな事など感じさせない着丈な表情をしている。
「しかし、持ち出せたレガリアの中に召喚石があったのは幸いでしたね。運が良ければ、神威を主張するのにっ!」
アリシアが召喚石の事について触れると、突然それを積んでいた馬車の方から膨大な量の魔力が発せられる。それを感じた全員は馬車の外に出るか、魔力の感じられる方を向く。
魔力の中心源には天を突き破るような青い光の柱が出現し、その魔力が周囲を吹き飛ばさん勢いで発され続け周りを威圧し続けている。やがて、その光が収まるとその中心に少年と美少女と犬が呆け顔で立っていた。
「何処だ、ここ?」
* * *
清水蓮人は日本ならどこにでもいる高校生だった。顔も普通、運動能力も普通、頭の中も普通、全てにおいて平均的な能力で構成された、ザ・ノーマルともいえる人間であった。
そんな普通の人生を送っている蓮人に、いきなり転機が訪れた。
転機の日。その日には学校で始業式があり、いつもよりも学校は早く終わり、趣味の為に本屋へ向かおうと帰路に着く。しかし、家へ入ろうと扉に手を掛けると蓮人の足元に複雑な幾何学模様の魔方陣が浮かび上がり、彼の体を包み込み始める。光が収まると彼の姿は消えていた。
彼の視界が回復した頃には見覚えのない光景が広がっていた。青い空、白い雲、広大な緑の草原、そして遠目には時代錯誤な格好をした大集団と近くに美少女と犬がいた。
「何処だ、ここ?」
すると美少女が近づいてきて蓮人の事を押し倒す。状況が見えないが蓮人は少女の顔を見つめるとその顔は喜びと興奮に満ちていた。
「ハーくん!」
「へっ?」
「ハーくんだー!! わぁ、あはははは!」
美少女に覆い被されて身動き一つとれない。しかも、少女は普通では考えられない程の怪力で蓮人の事押さえつけている。
「ちょっと、待って、ハーくんて呼ぶって事は、ユア姉?」
「元だけどねー」
軽い感じでなんか重要そうなことを話す、元志吹優音の少女――、ミナモ。彼女の様相は前回ジンと会った時からだいぶ変わってしまった。髪は黒から白へ、瞳は薄茶色から蒼に姿形は変わらなかったが、彼女の雰囲気は大分変ってしまっていた。
「アンッ! アンッ!」
「ん、犬?」
「この子はフェンリルだね。狼だよ」
「はぁ」
頭が回らない蓮人は衝撃な事実が多すぎて思考がフリーズしてしまう。ミナモにフェンリルを渡されるとそのフワフワ具合を堪能する。
蓮人は衝撃から脱却しつつある頭をいったん落ち着けて、周りを見回すと時代錯誤な人物たちに取り囲まれていた。取り囲んでいる人物達は中世ヨーロッパの騎士のような服を着ている。蓮人は、コスプレ会場か、と半ば現実逃避気味に考えた。
そんな、集団を割るように一人の少女が出てきた。少女は海の様な深い青色をしていて、空の様な綺麗な水色の瞳をしている、それらを際立たせる綺麗な顔には銀縁の眼鏡がかかっていて彼女の容姿を知的に写している。
蓮人は口を開けて呆けていると、困り顔のその美少女――、ネフィルから確認が入った。
「こんにちわ、と言えばいいのですかね? それとも言葉は通じるんですかね?」
「………」
「………」
「えっ、あっ、はい! 通じます! こんにちわ!」
呆け顔の蓮人の脇腹をミナモが突っつくと現実に戻ってきた蓮人が勢いよく返事する。
「………それで、どっちが勇者様なのでしょうか?」
「勇者?」
「?」
「?」
ネフィルの言葉に二人と一匹は首を傾げる。まぁ、ミナモが首を傾げるのは少しおかしいのだが。
「勇者なら、ハーくんだよ」
「ハーくん?」
「ユア姉、一応、真面目な場な訳だしもうちょっと………」
マイペースなミナモは王族相手でも一歩も引かない。しかし、勇者は分かったが、じゃあ、ミナモは何なんだという話になる。
「それじゃあ、貴方は?」
「貴方のコレで見てみればいいじゃない」
ミナモはネフィルの眼鏡を指摘する。
ほんとの所、ネフィルは白髪に碧眼のミナモの方が勇者なのではないかと考えていたが、ミナモの言う通り自分の眼鏡、ガイネア王国の国宝の一つ【眼神の眼鏡】の能力で超級クラスの鑑定隠蔽や鑑定偽装も見抜くこともできる。鑑定を防ぐギフト【神の隠蔽】の隠蔽も見抜いてきたのだ。このメガネは召喚石とセットで存在する。国によっては複数ある事も存在する貴重だが国の重要機関にはそこそこある眼鏡だ。
「勇者の守護者、それに勇者の守護神獣ですか………」
ネフィルにとっては聞き覚えのない単語が此処に来て出てきた。
「アン、アン!」
「名前決めないとねー」
「ハッハッハッ」
尻尾を振って小さいフェンリルは蓮人に擦りつく。
周囲の騎士は王女を無視して話をしているミナモにいら立っているようである。
「じゃあ、私たちは失礼するねー」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
「何してるんです?」
「移動するだけだよ、こんな風にね」
ミナモは小脇にフェンリルと蓮人を抱えると足元から水が湧き出てきてミナモ達の全身を包むとその後、水が消えてミナモ達も姿を消した。




