39話:爺さんの過去、小僧の過去
超級迷宮が無くなってから、数ヶ月後。
ジンが恐れていた事が起こった。
「爺さん、アンタが倒れるなんてな」
「小僧、無茶を言うもんじゃない」
長年、ジンを支えてきた老人、爺さんの体調が急に悪化したのだ。元々はそこまででは無かったのだが、年のせいか体調が悪化し、寝込み始めたのだ。
「仕事はどうなってる?」
「爺さんの教育した奴等が頑張ってるよ」
「そうか………」
「まぁ、流石に寿命どうこうじゃ、俺らの能力も歯が立たん。残り少ない余生は大事に過ごすんだな」
「分かっておる」
「ならいいがね」
ジンは爺さんの看病をし終えると、メイドに後の世話は任せて自分の仕事に戻る。
* * *
ジンが恐れていたのは、爺さんが死ぬことでニホン商会が揺れる事だったが、その心配は人材の教育の成果かジンの心配は杞憂に終わった。それを抜きにしてもジンには爺さんの死亡は衝撃であるのも事実。爺さんはジンの精神的な支柱に知らず知らずのうちになっていたのかもしれない。
「寿命ならしょうがねぇか」
独り言を呟きつつジンは仕事を進めていく。呟く声は室内にいたアスタルテとユリネに聞こえていたが、触れずに順調に仕事を進めていく。爺さんが仕事に加わらなくても商会の経営は順調に過ぎていく。
その日から商会の人間も爺さんの悲報を知ったからなのか一人一人が気合を入れて仕事をしていた、爺さんがいなくても大丈夫だという様に商会は安定した成長と経営を行っていた。
爺さんの訃報が商会全体に知らされたのはそれから数日後の事だった。
* * *
爺さんが死ぬ、少し前、ジンは爺さんが養生している部屋を訪れていた。
「爺さん、生きてるか?」
「縁起でもない事言う小僧だな」
「元気そうならよかったよ」
ジンは看病を行っていたメイドを部屋から下がらせると、ジンが看病を変わる。
「無粋な小僧だ。若くて可愛い子に看病されていたというのに」
「エロ爺さんめ、下心しかないのか」
「そうだな。老い先短い爺の我儘、聞いてくれても良かっただろう」
ジンと爺さんは笑いながら言い争う。険悪な雰囲気はない。爺さんが少しだけ重くなった口を開いた。
「なぁ、小僧。お前は復讐したいと、思ったことはあるか?」
「なんだよ、いきなり。………あるけど」
「そうか………」
「止めるのか?」
「いや、儂も思ったし、今も考えている。止めはせんよ」
爺さんは笑ってジンを否定しなかった。
「儂にも殺してやりたいと思う男がいる」
「………」
「この商会の力を持って奴を殺そうと思っていたが、この様ではな」
「相手の名前は教えてもらえるか?」
「ああ、レドロスという男だ。知っているな」
「ああ」
知った名前が出てきてジンが顔を顰める。
「あの男は、孫や息子を殺し、儂の力を奪っていった」
「貴族じゃなかったんじゃ?」
「貴族ではあったな。別に何の変哲もない、領地も持たない法衣貴族であった。ただ、儂は珍しい固有スキルを持って居った。それを狙ったのだろう、儂らを狙ってきたのがあの男だ」
「なるほど」
「さっきも言ったが、孫を人質に取り、儂の固有スキルを差し出すように要求してきた。それに従い、儂は固有スキルを差し出した………。今考えれば、それは間違いだったのだろう。差し出し終えたら、奴等による虐殺が始まった。息子の嫁を犯して殺し、孫と息子を儂の前で嬲り殺した。何処からか、衛士が来たがレドロスではなく儂を捕まえに来た。絶望だったよ。その後は殺されはしなかったものの、貴族としての全てを剝奪されてスラム街にいた頃。お主と出会った」
「………」
「小僧、儂はこの後死ぬだろう。聞かせてくれぬか、お主の因縁」
ジンはポツリポツリと話し始めた。
* * *
ジンは母と共に生きていた頃。王都に近い、そこそこ繁栄していた都市で穏やかに暮らしていた。
「母さん。はい、今日の分!」
「ありがとう、ジン」
ジンの母――、ユズリハは美人であると同時に腕の立つ冒険者であった。ジンを連れていても不埒な視線を向けるものが多かった。ただ、母の稼ぎだけでは生活は苦しく、ジンも内職したり、街中の手伝いでお駄賃を貰って裕福ではないが安定した生活をしていた。
そんな日々の中、ある夜にユズリハはいきなりジンを連れだした。
「んっ? ………かぁ、母さん?」
「ジン、よく聞いて、いま、お母さんはね。悪い人に狙われてるの」
「な、なんで?」
「分からないわ。ジンは捕まってて、お母さんが必ず守るから」
「なっ――」
ジンが何か言おうとしたら上から誰かが降ってきた。剣を振り下ろして襲撃してきたらしい。その衝撃で土埃が舞ったので、ユズリハはジンを掴んで強化魔法でジンの事を強化するとそのまま投げ飛ばす。
「かあさっ「逃げなさい! ここから早く!」」
ジンが最後に見たのは妖しく光る刀剣を持って、沢山の男達に向かっていく母の姿だった。
その後、ジンは何が何だったか分からないが、母の言葉通りに強化魔法の効果が残っているうちに逃げようとした。しかし、後ろから踏みつけられる。
「あがぁ!」
「おいおい、母ちゃんが戦ってるんだぜ。お前だけ、逃げんのか?」
「う、うぐぅ、だ、誰だよ!」
「はっ! 威勢だけは良いガキだな。まぁ、殺したい奴の名前くらい知らないのは不憫だな。教えてやるよ。俺の名はレドロス。裏じゃ、【強奪のレドロス】って呼ばれてるな」
レドロスは自慢げに自分の名前を話し、ジンの首元を掴んで持ち上げる。
「なんで、母さんをっ!」
「狙ってることも知ってんのか。まぁ、一言でいえば珍しい固有スキルを持ってたからなそれを狙ったんだ。お前は、………何も持っていないか。まぁ、別にそれでいいと思うぜ、持っていない奴が大半だ」
「ふっぅぅ………」
「何だ、その目は、悔しいか! 悔しいよなぁ! 母親は苦しんでるぜ、けど、お前は何も出来ないんだよな! 悔しいよなぁ! 笑っちまうぜ!」
下卑た大声を上げてレドロスはジンの事を嘲笑う。ジンは悔しさで唇を噛み締める。何もできない自分が悔しく、そして目の前の男が憎かった。どうして自分の欲望のために此処まで、やれるのかと子供心に心底恨んだ。
「ああ、いい。いいな、お前、今はまだ何も持っていない雑魚だが、鍛え育てばいい力を授かるかもな。見逃してやる、努力しろよ!」
ジンはレドロスに鳩尾を蹴られると気絶し街道に転がっていた。
ジンが目を覚ますと、手元には少ない金額ながらも貨幣の入った小袋があり。体の傍にはボロボロに嬲られ死んでいるユズリハの遺体があった。それを見たジンは涙を流して絶叫した。
その後は王都の教会の共同墓地に母の遺体を埋めてもらい、お金も信用もないジンはスラム街へと落ちて行った。
* * *
「こんな感じだったな」
「あれらしい。聞いてて胸糞悪くなってくる」
爺さんは寝ながら顔を顰めた。
「爺さんあんたの恨み。俺にくれないか?」
「………どういう意味だ?」
「あるスキルの効果で人の感情も吸収できるらしい、それをアンタで試してみたい」
「ははは、実験か、いいぞ。やってみてくれ」
「分かった」
ジンはスキル【暴食】を使い手元から黒い霧を発生させて感情部分に効果を及ぼすように意識して憎悪の感情を湧き出ている部分だけを切り取るように喰らう。
「どう?」
「恨みが消えたって訳じゃない、けど、気分は楽になったな」
「そうか」
「ああ、これで楽に逝ける」
爺さんは目を閉じ、その後安らかな顔をして静かにその生涯に幕を閉じた。




