19話:メイドの為に出来る事
少し表現がグロいかもしれません。
広場には二人の人間が磔にされて吊るされていた。まだ、死後はそう経ってないのか、鳥とかは群がってはいない。だが、それがより殺された人間の悲惨さを際立っている。
殺されたのは男女二人。夫婦の様で、左手にはお揃いの指輪が付けられている。
男の方は、四肢が何かナイフで切り刻まれたかのように、ボロボロになっている。顔には目を閉じることをやめさせるかのように瞼を切り取られた状態になっていた。その目の下には大量の涙を流していたかのように跡が付いている、抵抗もしたのだろう体にも無数の薄い傷がついていた。
さらに悲惨なのは女の方だった。四肢を傷つけるのはもちろん顔面は火に焼かれているように爛れていて元の人相は分からない。股下は流血していて来ている服に血が染み込んでいる。腹も裂かれていて、内臓が飛び出している。執拗にいたぶり、傷つけたのだろう拷問のような跡が全身につけられていた。傷の度合いは女の方が深い。
ジンとアスタルテは、その姿を見て言葉を失っていたが。少しして、アスタルテがポツリと呟く。
「……お、父、さま。お、母、さま………っ!」
そう言われてジンは、男女の様子をよく見てみる。男の方はよくわからないが、女の方はアスタルテと同じ髪の色をしている。少し位はアスタルテとの関係が感じられた。
アスタルテが突然に走り出し、周りの野次馬を押しのけ両親と思われる死体に駆け寄っていった。しかし、磔にされているのでアスタルテの身長では手が届かない。アスタルテは悔しそうに顔を歪める。
アスタルテに遅れてたどり着いたジンが磔の台座を蹴って壊し、磔台を壊す。アスタルテは倒れた死体を調べ、両親であるかを確認する。結果はーー、
「お父様、お母様………」
悲しそうに、二人の事をつぶやく。どうやら、本物のアスタルテの両親だったようだ。
そして二人の事を抱きしめながら、大声を出して泣き始めた。
普段も少し位は感情を表すことはあったが、ここまで大きく感情を表すようなことは無かったので、ジンはとても驚いている。周りの人間も突然現れて泣き始めた少女に驚いて困惑し始める。
今この状況で、居続けるのはだいぶまずいと考えるジン。すぐさまアスタルテの方へ駆け寄って、その両肩を掴み転移で別の場所へ飛ぶ。
やじ馬たちは、一瞬で消えた少女達に驚き辺りを見渡すが、特に何か見つかる訳でもなく、何時も通りの日常を送ろうと市場の準備を開始するのだった。
* * *
ジン達が転移した先は、薬草集めの草原で辺りに人は見当たらない。
泣き続けるアスタルテを慰めようとも思ったが、どうしようか悩む。ここまで弱っているアスタルテは今まで見たことは無い。脇目もふらずに両親の亡骸に泣きついている。ジンの頭の中には自分の母親が殺された光景が蘇り顔を顰める。
だが、すぐに次の行動に移る。転移を使って宿の自分たちの部屋に戻り、メリアを叩き起こしそのまま転移で戻っていく。そのままメリアにアスタルテの事を任せ、自分は朝早くにやっている市場の雑貨屋に足を運び色々なモノを買い込んでいく。
そうしてまた転移で草原へと戻ってくる。アスタルテは泣き疲れたのか、メリアの膝枕の上で寝ている。ジンはアスタルテの両親の亡骸に近づく。
拘束を外し、遺体に聖術をかける。遺体の損傷は目に見えて改善されていく。二人の四肢の傷は癒え、母親の方の顔は何とか見れるようになる位には回復してきた。こうしてみると母親の顔立ちはアスタルテによく似ている。十数分すると、もう遺体の傷はほとんどなくなっていた。そうするとアスタルテが近づいてきて。
「い、ひっぐ、えぐっ。りょ、リョウ様。あ、ひっぐ、ありがとう、えっぐっ、ございます」
泣きながらジンにお礼を言った。ジンは苦い顔もしながら遺体への処置を進める。メリアも近づいてきてアスタルテを休ませてやる。アスタルテはジンの服の裾を掴んで、声を我慢しながら泣いている。ジンはアスタルテの両親の体を調べていると、見覚えのある模様が彼らの腹に焼印されているのを見つけた。
それは目玉に剣が二本交差して突き刺さっている模様だった。ジンがその模様を見つけると大きく顔を歪ませる。ジンはその模様に触れて、聖術よりも強力な聖法をかけその焼印を消していく。多少の抵抗はあったものの、強引にかけかき消されていく。
一通り彼らの遺体の処置を終わらせ、並べて寝かせる。アスタルテは両親の手を握り、祈るようにその場にうずくまっている
ここでようやくジンはメリアに状況を説明し始めた。アスタルテに気を使って、少し離れたところで、小声で説明し始める。メリアは説明全てを聞き終わり、口を開くと。
「そう」
メリアはそうやって淡泊な答えを返した。かつて彼女にも師がいて、それを浄化したことを思い出しているのかもしれない。でも、淡泊な言葉とは違い、その表情と声色は何処か慈愛を感じさせる悲しげなものだった。
暫くしてアスタルテが顔を上げ、いつも通りの表情を浮べようとしながら振り返った。その顔には涙の跡があり、お世辞にも取り繕えているとは思えない程に酷いものだった。
「一旦、帰りましょう」
そう言うとアスタルテが率先して立ち上がり、宿への転移門を作って二人を先導する。ジンは遺体二つをインベントリにしまい、無言で彼女の作った門をくぐり、メリアもそれに続いて入った。
* * *
宿にある、広場を見れる窓からは、市場にいる人々が普段のように明るくふるまっている。だが、少しだけぎこちないのは気のせいではないのだろう。
ジン達の泊まる部屋の中には、どんよりとした空気が流れていた。流石のメリアもふざけられる空気でもないのだろう、今はシンっとして、部屋の隅で行儀よく座っている。
そのまま二時間ぐらいの沈黙の中、ジンが口を開いた。
「お前ら、少し出るぞ」
そう言って二人の手を強引に掴んで、ジンは外に連れ出していく。ジンが向かうのは、ギルドだった。そこで窓口に一直線に向かいアニーに声をかける。
「アニーさん。ギルド長の所に連れてってもらえますか?」
「え?はい、今は大丈夫だと思いますが」
何だろうと小首を傾げるが、そのまま案内を開始するアニー。三人をギルド長の部屋へ案内し、ノックして確認を取ってから三人を中に入れる。そこにいるのは当然アイルダで。ジン達が此処に来るのが意外だったのか不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたの、昨日の依頼の事でなんか質問?」
「いや、今日の騒ぎの事で報告しておくことがあってな」
「ああ、朝の奴ね」
そう言って、ジンは淡々と要点を纏めて報告していく、アイルダの隣ではアニーが頑張って紙にメモを取っている。
殺されたのはアスタルテの両親だったこと、遺体は処置したから教会で丁寧に埋葬してほしい事、騒ぎになっていた謎の少年たちについては自分達だから気にするなという事。そこまで、言い終わりジンはいつの間にか用意されていた水でのどを潤し、話を続ける。
「彼らを殺したものについては、少し心当たりがある」
「そうなの?」
アイルダはここにきて犯人に対しての情報が手に入り、強く驚いている。部屋の中にいる人物たちも、目を見開いて驚いている。アスタルテは希望に縋りつくように、目だけを強く輝かせながらジンを見つめる。ジンは話を続けて。
「おそらく犯人は、特級冒険者レドロスという男。今は傭兵団『剛腕の隻眼巨人兵団』を率いている人物です」
「………」
アイルダはジンに疑うような視線を向けていた。だがジンは、その目線にひるむことなく堂々と話を続ける。
「奴は殺したものに自分達の紋章を焼印する。姑息なことに、自分たちが平時使用している紋章とは別なモノを使用して、殺したものの死体にその焼印を入れる」
「いや、分からないな。何故、彼はそんな事をする必要がある。そんな事をすれば、すぐに自身の行為が明るみにされ、処断されるはずだ」
「理由はいろいろあるけど、まず初めに彼の狙うターゲットは社会的弱者が多い。特級冒険者はいわば国に認められたエリート。社会的地位が低い者がいくら真実を伝えようとも、国が不利になるような事に対して、国やギルドは行動することは無い」
いわれるとその通りである。特級になるには王か、それに近しい王族の認可が必要になり、特級冒険者はいわば国を代表する冒険者なのだ。実力はもちろん、その人柄も考慮される。国が認めた後に、裏でその人物が無差別殺人を行っていたなど、あの国は見る目がないと思われて恥を晒すようなものである。だからそういったことを、国は隠したくなる。社会的地位が低い者ならなおさらだ。それが分かっているからこそ、レドロスは社会的弱者を食い物にする。
「社会的弱者っていうけど、今回の場合は?」
「こいつは元々ガイネア王国の貴族の令嬢。家が没落した後に、縁あって俺と行動している」
「ほぅ。で、根拠はそれだけじゃないんだろ?」
アイルダは探るような眼差しでジンを見つめ、話を聞き出そうとする。そのまなざしに答える様に、ジンは話をつづけた。
「過去あいつに殺されたと思われる人間は百人以上居る。そのすべてに共通するのは殺すのは農民だったり、スラム街に近い所に住んでいる平民。それに殺し方は二つ。一つは、いたぶって嬲り殺しにする殺し方。もう一つは大切な人間を目の前でそうやって殺し、そいつの復讐心を煽り復讐させる。それを返り討ちにして嬲り殺しにする。過去にいた奴の被害者と、その情報を調べて出てきた情報だ。探せばもっと出てくるだろうけど、これ以上はもっと違う力が必要。それにーー、」
「それに?」
「俺の母親も奴に殺された一人だったから」
話の流れである程度は察していたのだろう、アイルダの表情に変化はない。隣にいるアニーとメリアは、とても悲しそうな表情をする。ジンの隣に座っていたアスタルテは、その瞳に自分の持っている憎悪とは比べ物にならない程の激情が宿っていることに気付く。それを察すると、何も声が出なくなる。恐らくは、自分が感じたモノとは比べ物にならない出来事があったのだろう。
一呼吸おいてから、アイルダが話を続ける。
「それで、僕に何をしてほしいの?そいつを探し出して、君の前に引き摺りだせばいいの?」
「いやいい。俺が頼みたいのは、この一件の後処理だ。あんまりこの件に不必要に衛兵を絡ませるな。そこからこいつの事がばれて、奴に狙われても面倒だからな」
ジンがアスタルテを指で刺しながら、アイルダにしてもらいたいことを伝える。
「なるほど、っていうか、そんな奴もいるもんなんだね」
「長く生きてりゃ、そういう奴にも合うだろ」
「まぁ、無いとはいえないね」
苦笑いしながら、アイルダはアニー方を見てくぎを刺す。
「アニー、分かっているだろうけど、ここでのことは他言無用だよ」
「はい!わかっております」
元気よく頷くアニーに、やれやれという様に首を振るアイルダ。そこからジン達に話を続ける。
「ああ、教会だけどね。ここから西側の方へ行きな、教会と墓地がある。そこにいる神父に頼めば手厚く弔ってくれるだろうよ」
「はい、ありがとうございます」
ジン達はそう言って、部屋を出て教会へ向かう。
* * *
教会と思わしき場所へ着くと、其処には白い建物があり。十字架でもつければキリスト教の教会のようにも見えた。中に入ると司祭服に身を包んだ初老の男性が、六つある長椅子の一つに腰かけ祈っていた。
中に入る音で気付かれたであろうが、特に神父が動く様子はない。ジッとその場で座っている。
ジン達が近づいてみると。
「寝てる?」
初老の神父は、コックリ、コックリ、気持ち良さそうに日向に当たって寝ていた。
ジン達はその様子を見ていると、なんだか起こすのが申し訳なく思えてきた。
だが、一定の距離まで近づくと、カッ!っと目を見開きジン達の事を見る。その様子に三人はびくりと震えるが、老人の方が先に声をかけた。
「ふむ、泥棒のようには見えないが。ココに何の用かね?」
「………今日死んでしまった人を弔ってもらいに来た」
「ふむ、何かあるようだが、聞かないでおこう。ああ、寄付してくれると嬉しいのだがね」
「ほい」
「おお、これはどうも。ではこちらの方へ」
ジンは老神父に銀貨三十枚位入った袋を渡す。それを受け取ると、老神父は三人を外に案内する。
「ああ、私はここで神父をやっておりますジョッソと申します」
「ジンです」
「アスタルテです」
「メリアです」
四人はそれぞれ自己紹介して教会の裏手にある墓地に来ていた。その一角の空白の地帯に辿り着く。
「では、ご遺体を頂いてもよろしいですか?」
ジョッソがそう言うと、ジンはアスタルテの事を見る。アスタルテは頷き、ジンはインベントリからアスタルテの両親の遺体を出す。
その様子を見てジョッソは目を見開いて驚いているが、特に余計な事を言うつもりはないらしい。そのまま弔いの準備を進める。本来なら三人は喪服とかを用意しないといけないんだろうが、全員普段着でいる。
別にジョッソはそれを咎めたりはしなかった。弔いの仕方は人それぞれだからだ。冒険者の中ではその辺に仲間を埋めて手を合わせて終わりという事もある。
ジョッソは地に手をついて、下に穴を作る。そうしてジンも手伝いながら、丁寧に下へ埋めていく。アスタルテはその光景を胸で手を合わせながら、涙を流してみている。メリアもその隣で手を合わせて黙祷を捧げている。作業が終わって、ジンも黙祷を捧げる。それが終わるとジョッソが声をかける。
「もう、よろしいですかな?」
「ええ、お願いします」
ジンではなく、アスタルテに進行役を交代する。そのまま、略式で葬式を進めていく。念仏の代わりの浄化魔法をかけ、つつましやかに葬式を進行させていく。そのまま粛々とお別れを済ませ、墓石を整形していきそこに名前を刻む。
――カーズ=レンブラント、アンネ=レンブラント。ここに眠る。
墓石を建ておわり。もう一回全員で合掌して、黙祷を捧げる。
小さい葬式が終わり、ジョッソに礼を言うと墓地と教会を後にする。そのまま宿に戻り部屋で、全員で就寝する。もう、アスタルテは涙を流すことは無かった。
* * *
次の日の朝、この日はいつも通りアスタルテと共に訓練を行う。アスタルテの表情は昨日と違ってすましている様に冷静である。無理しているような様子もない。
ジンはひとまず安心して、表情を崩す。
そのまま朝ご飯を食べ、三人で外へ出る。行き先は馬車の集合場だった。そこにはアイルダがいて、その隣にはそこそこ鍛え上げられた体躯の中年男性が立っていた。ジン達はその二人に近づき、声をかける。
「いやぁ~、よく来たね。待ってたよ」
「待たせてすみません。で、彼がその?」
「うん、僕の専属の御者だよ。まぁ、後の事は彼から話を聞いてくれ」
ギルド長としての仕事もあるのだろう、そのままアイルダは建物の上を飛びながら移動していく。
「いやぁ、あの人は変わらず現役だねぇ。ま、話はここまで。用件は聞いてるから、さっさと始めよう」
そう言って、御者の中年男性は三人に馬車の操車のやり方を教えていく。ジン達は、アイルダにガロリド皇国の皇都ガーロンドに手紙と荷物を届ける様に依頼されていた。しかし、馬車の操車の仕方など三人は経験が無いので、アイルダに頼んで教えてもらうことにした。また、自分たち用の馬車を別途で用意してもらっている。後で、使いやすいように改造する予定だ。
まぁ、そこから数時間して、全員は操車スキルを手に入れた。
「教えることは一通り教えてあげた。まぁ、あの人からの依頼、頑張りなさい」
「今日はありがとうございました」
「ああ、いいって、いいって。そんな丁寧にしなくても。ほんじゃ、お疲れさん」
そう言って、御者の男性は手を振って、どこかへ去っていく。
三人は、冒険者ギルドに向かってアニーの窓口へ向かう。
「アニーさん、頼んでいた物は何処にありますか?」
「ああ、リョウ君。頼んでいた物なら、都市の門の前にあるはずよ。行ってごらん」
そう言ってジン達は都市の門へ行く。そこには都市へ入ろうとする旅商人にたちなんかから外れて、一台の馬車の前にさっき操車の事について教えてくれた男性が立ってた。
「よぉ」
「どうも」
「んじゃ、これがご注文の物だ。大切にしてやれよ」
そこには一台の簡素な馬車があった。いつの間にか、男性は消えていて見えなくなっていた。ジンが受け取り完了の事をギルドに伝えに行く。その間はアスタルテとメリアで、馬車の改造に励んでいた。
数十分後、ジンが戻ってきて改造に加わる。
「ああ、タイヤの衝撃吸収機能を付けるか」
「そうだね、このままじゃガタガタだし、もっと色々改造しちゃおう」
その後、タイヤの改造とショックアブソーバーの製作、取り付けを行う。素人仕事だが、なかなかいい出来でやれたと思う。十分に機能する事を確認して、馬車を馬車置き場へ置く。盗まれない様に色々と設置して、備えて置く。その日は寝て、明日は操縦の復習と必要なものの買い出しへ行くことにした。
* * *
翌日の朝、日課と朝食を済ませ馬車を取りに行った。それで馬車にムーを繋いで馬車を牽かせる。そのまま朝の内に買い出しへと向かう。最初の頃よりは使いやすくなった馬車に乗って都市の中を周り、長旅の為の道具を用意していく。かなり目立っているが、視線を全て無視して買い出しを楽しんでいく。最初に食料を買いだしていく。ジンのインベントリがあるので、鮮度は保ったまま保存ができる。わざわざ保存食を買い込んでいく必要はない。アスタルテが目利きをして、それをジンが買い込んでいく。多少メリアを近くに置いて、値引きさせたりもしてそこそこ大量に食料を買い込んでいく。
その後、馬車用の器具を買いにそれ用の店へ足を運ぶ。馬車の幌、カーテンを店で取り付けていってもらっていると衝撃吸収用の器具が店主の目に留まる。ぜひ譲って研究させてほしいと言うが、今あるのだけだと告げて断る。
お昼ごろにはいろんなものが買い揃ったので、薬草の草原に出てそこでお昼を食べることにする。作る暇はなかったので、露店で食べ物を買い込んで草原で食事をとることにする。買い込んだのは、鳥の唐揚げ、ピザ、ローストチキン、ガッツリしたものが多かった。それをサッサと腹に入れて、全員で食休み。のんびりゴロゴロして休む、メリアは横になるとすぐに眠ってしまった。
「食べてすぐに横たわると、健康に悪いですよ」
そう言って、アスタルテは毛布を掛けてメリアの体を馬車に立てかけてやる。ジンとアスタルテの二人は少し離れたところで、並んで座る。そこで、しばし無言の時間が続く。
先に口を開いたのはジンの方だった、
「やっぱり、大変か?」
「何がです?」
ジンの雑な質問に対してアスタルテは聞き返す。でも、言いたいことは少しだけ察せていた。ジンは頭を掻いて答える。
「いや、親が死んじゃって、どうなのかなって?」
「………、デリカシーがあるんだかないんだか。もう少し繊細に接していただきたいものですね。こっちは傷心中なんですから」
「…………ごめんよ」
アスタルテは溜息をついてジンの言葉に返す。ジンは素直に謝罪する。そしてアスタルテは話を続ける。
「何も感じていないと言えば嘘にはなりますが。それでも私は、区切りは付けました。だから、大丈夫です」
「……そうなの?」
「ふぅ、女の子の秘密にそんなに突っ込むべきではないですよ。私は、大丈夫です」
「そうは、見えないから聞いてるんだ」
「っ!……」
アスタルテは言葉に詰まる。図星を刺された気がした。
「貴方の方こそどうなんですか?貴方の親を殺した人間と同じ人物が殺したんでしょう」
「色々感じているよ。俺は今でも許せない」
「……私も許してるわけでは無いですが。でも、どうしようかは、まだ考え中です」
「そう」
アスタルテの表情に怒気が滲む。その表情でジンを睨むが、それをジンはどこ吹く風と受け流す。ジンは話をまだ続ける。
「お前は奴に復讐したいの?」
「そう、かもしれませんね。今も憎しみが押さえつけるのが、精一杯です」
「だろうな」
「………あなたに何が分かるんですか。親を殺した人間の手掛かり掴んでも、そんな平然として。何も感じてないんですか?」
「そう見えるなら、まだお前は俺を見れてないな。それに、前世も併せりゃ、そこそこ長い付き合いだ。ある程度は察せる」
「………」
また言葉に詰まるアスタルテ。ジンからは怒りとかは感じないが、それでもよく見てみると何かをこらえているような雰囲気は感じる。
「じゃあ、貴方はどうするんですか!このままで、いさせるんですか!大切な人が殺されて、それを忘れて過ごせっていうんですか!」
また珍しいアスタルテだ。ジンからしたらこんなにも激情を感じるのは、前世も含め、初めてかもしれない。
「そうじゃない」
「だったら、何だっていうんですか!」
「俺も許せない。目の前で母さんを、嬲り殺しにされてたんだ。許す気はない」
一拍置いて本気の声音でジンが一言。
「必ず、どうにかする」
アスタルテは言葉が出てこない。ジンの瞳に底の知れない闇が宿っているのが分かってしまった。それに恐怖を感じて、言葉を失う。けれど同時に、少しだけ安心感があった。
そのまま縋るような眼差しでジンを見つめる。
「別に、お前が何しようが構わない。あいつが死ねば、俺はそれでいい。それ以上に何かしようとは思わない」
「………」
「今の俺には、力も、立場も色々足りない。少しだけ準備が必要。だから、今、どうにかすることは出来ない」
「じゃあ、どうするんですか?」
その言葉だけが出てきた、自分以上の覚悟と葛藤があったのだと言われるまでもなく感じていた。
「やれる限りの準備はする。お前の力も当てにしたい。協力してくれるなら、奴にやれるだけの苦痛を与えて――、」
ジンは一旦、言葉を切る。間をおいて、そこから先の言葉を出す。
「確実に、奴を殺す」
アスタルテに、その言葉はとても重く感じた。胸に深く、深く、突き刺さっている感じがある。息が苦しい。
彼は何も感じていないわけでは無いのだ。感じていて、それを溜めていて、その感情が出ない様に、押し込めているんだ。自分よりもずっと、深く、苦しく、重い。そんな感情をずっと自分に見せずに、溜めていたんだろう。
そう考えると、少し恥ずかしくなった。これだけの感情を操っている彼とは違って、自分はそれをどこかに、発散させるしかない。押し込めようにも上手く隠せていない。自分の方が経験上は長く生きているのに対して、自分の方がより子供っぽく感じられた。今ここで、言う資格は無いのかもしれないが。それでも、これだけは伝えたくなった。
「分かりました。私は、貴方に任せてみます。ですけど、死なない様にしてください。貴方が勝つのは信じているけど、死なない訳じゃないから。もう、私を置いて、死なないで下さい」
そう言って、アスタルテはジンに抱き着く。今は身長が丁度、同じ位なのでジンの肩にアスタルテの顔が来る。その表情はジンの方からは見えない。でも、どんな表情なのかは大体わかった。だから、こう答える。
「わかったよ。どうにでもしてみせる」
短く返して、彼女の小さな体を、自分の小さな手で、抱きしめ返してやった。




