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初めての

「かしこまりました」

うやうやしく一礼して承諾する。

ケット・シーと吸血鬼との力関係はとうてい抗えない圧倒的な差があります。

本人は無意識だと思いますが、声に支配されてしまいました。

やれやれと思いつつ赤ちゃんーーユリアちゃんにのほっぺたに触れます。ぺたぁと肉球をくっつけて、温もりを感じ思わず口角があがってしまいます。柔らかくて弾力があってミルクの匂いがして……美味しそうです。おっと、よだれが垂れそうでした。

「哺乳瓶を貸してください」

マスターに声をかけて布で水気を拭われた哺乳瓶を受けとります。肉球でぺたっと触れるとユリアちゃんの体温より低そうです。

「やや冷やしすぎましたね」

それでも常温の範疇だと思われるので飲ませてあげてください、と伝え哺乳瓶を返します。

「まぢで?いつもならもう少し冷やすけど冷やしすぎてたのかなー?」

首をかしげて納得いかないとでも言いたげに眉をひそめた後、ニコッと笑いながら「ゆーちゃーん、ミルクだよー」と抱きかかえてミルクをあげ始めした。

「ゆーちゃん?」

「ゆりあちゃんって呼ぶより短くていいでしょ。けーちゃんもゆーちゃんって読んでね☆でもね、書類に名前を書くとき漢字が面倒くさいんだよねー。でもこの子のママが付けた名前だから仕方ないよねー。面倒くさいけど!」

吸血鬼としての威厳をまざまざと見せつけられたがこいつはやっぱりアホだった。

「なんで三文字も漢字を使わないといけないの?せっかく大介って楽な名前の人間になったのに。面倒くさい」

口ではぼやきながらもユリアちゃんーーゆーちゃんに向ける眼差しはとても温かいいものでした。

こうして三匹?人?体?の共同生活が始まりました。



ですが、ほのぼのとした日々がおくれるわけもなく。さっそく……。

「今日は僕が入れるけど明日からけーちゃんに任せるよ」

ウィンクされて、問答無用で入浴担当にされそうになっています。

「猫にカテゴライズされる身なのでお風呂は嫌いですし、二本足で立てますけど人間の子を抱えて入浴は難しいです」

猫の爪は鋭いのです。爪を立てたらサクッと食い込みます。危険ですよ。

「使い魔のけーちゃんを人間に変化させるから大丈夫!」

あー、吸血鬼の能力の高さには脱帽です。帽子なんて生まれてこの方一度も被ったことないですけど。

「お風呂は嫌いです」

「僕も嫌いだよ、嫌いと言うか一応吸血鬼の弱点だから。人間には大袈裟に伝わってるけどさー、水に触れるとチクチク痛いんだよ。不健康な人が青竹を踏む感じ?」

青竹って……鈴木さんの前の日本人人生はどのような生活をしていたのでしょうか。きっと昭和世代ですね。

「けーちゃんは嫌いなだけでしょ?教えてもらったことを教えるからお願い」

両手を合わせて懇願されて、何度もお断りしましたが結局、承諾した結果がこれです。

今、私は嬉々とした顔で説明を受けています。

「入浴前に風呂上がりの準備をするのが重要なんだよ。服とオムツとローションを用意してから入れるんだよ」

こんなにいっぱい知ってる僕って偉いでしょ?的な何かを感じて頭を抱えたくなります。むかしのあなたはこんなではなかった。もっと知的で格好よくての威厳があって格好いい異名があったはずです。異名は興味がないので覚えてません。おそらくこのアホも覚えていないはずです。


アホとゆーちゃんが全裸になって入浴しているのを見学しつつ注意事項を聞かされます。本来の姿なら美術品に負けぬ程の均整のとれた良い肉体美でしたが、この鈴木さんを模した体はあまりにも貧弱です。コウモリの攻撃にも負けそうな貧弱さです。

皮膚が重なってるところは丁寧に開いて洗えだの、女の子だから股間は前から後ろへ向かって洗えだの、長湯はよくないので皮膚がふやける前に出るだの。猫なんて毛繕いだけで充分なのに人間は面倒くさい生き物ですね。説明しながらもアホは時折顔をしかめてチクチクを我慢してました。


さっそく翌日から私が一緒に入浴します。湯船から上がるときはアホにゆーちゃんの着替え等を任せ、私はふわふわのタタオルで丁寧に自分の体を拭きます。アホの意向で女体に変化です。

年の頃は成人したてでしょうか?元が猫なので猫目です。つり上がった目尻が意思の強そうな雰囲気を醸し出しています。体躯はスリムです。へこむところはへこみ、出るところはあまりないです。くびれがなかったら幼児体型ですね。ショートカットの黒髪は艶やかで身長は日本人の平均値にされたようです。感覚的にはケット・シーの族長の尻尾三本分弱でしょうか。人間の顔の判別はあまりできないですが、つり目以外はそれほど特徴のない顔です。鈴木大介さんに似せた結果かもしれません。


翌日もその翌日もあれからずっと、ゆーちゃんのお風呂を私が担当していましたが、ある日、気づきました。

ゆーちゃんが臭い。酸っぱいような腐ったような嫌な臭いです。

春から夏へ近づき、汗ばむ陽気が続いた日のことでした。

発生源は首の下。汗と戻したミルクが首の下の皮膚が折り重なった部分に蓄積して白っぽい何かが溜まっていて臭気を放ってました。その日の入浴は特に気を付けて洗いました。恐ろしいことに脇の下もなにかが溜まっていましたし、掌も何かよく分からない埃を握りしめていました。

ゆーちゃん、ごめんなさい。毎日同じように洗っていたら同じところを洗い忘れていたようです。

垢が溜まっていたところは炎症を起こしていたので軟膏を塗布していたらなんとか治りました。ですが、夏の間はあせもと一日ですぐに汚れが溜まって赤ん坊の柔肌が脆弱だと身をもって知らされました。

あれから気をつけて掌を観察すると毎晩何かを後生大事に握りしめて入浴していました。

ゆーちゃんの大事なものを毎晩、私が奪い取ります。時々泣かれます。理不尽です。



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