ケット・シー
さて、私の紹介がまだでした。
私はケット・シー。アイルランド出身の妖精猫です。けいちゃんと呼ばれていますが、特に名前はないです。
自由気ままに故郷で暮らしていましたが、あのアホになつかれてこんな長い付き合いになるとは思ってもいませんでした。 黒い毛並みだけど、手足だけは靴下を履いているかのような白い毛がチャームポイントです。性別?妖精には特にそんなのはないです。どっちでも選ぶことができるのは生物と違って雌雄で繁殖行為をしないからです。たぶん。今まで特に気になる個体を見つけたことがないので正直に言うとわかりません。
まぁ、雄猫に囲まれるよりは雌猫に囲まれる方が華やかでいいので、猫に擬態するときは雄が多いかな、てへっ。
そしてあのアホ。あの後に聞き取り調査をしたところ、なんでも前の戸籍の人間がどう考えても、いつ死んでもおかしくない年齢になったそうで悩んでいたそうです。悩んでいてもらちが明かないので、別の若い人間を探していたところ、この人間を山中でみつけたそうです。
なんでも冬山で遭難して凍死していたそうです。荷物の中の身分証明を確認して姿形を変え、死体は丁寧に、それはもう丁重に、見つからないように隠蔽……隠した……埋葬したそうです。
その日からあのアホは鈴木大介になったそうです。が、本物にはお付き合いしている妙齢の女性がおり、鈴木さんが登山に行っている間に妊娠発覚。おめでとうございます!ですが連絡を取ろうにも既に中身があのアホです。あのアホは元の鈴木さんの言動や思考などが全く分からないので、別人だとバレないように引っ越ししては引っ越しの繰り返し。その間に産まれていたそうです。未婚で堕胎もせずに産んで一人で育てようとした健気な女性でしたが、出産のトラブルであの世へ。まぁ、あの世には本物の鈴木さんがいらっしゃるので幸せに暮らしてくだされば結構なことですよね。冥界の知り合いはいませんのでよくわかりません。すみません、適当に言いました。
鈴木大介さん。平凡な顔です。モブ顔とでも言えば良いのでしょうか?とりたてて特徴はないです。人の顔を覚えるのが苦手な人からはきっと、いつまで経っても覚えられない、そんな気がします。たぶん、冬山登山から帰還したらプロポーズするぜって妙なフラグを立てていたのかもしれないですが、あのアホには好機でした。若い男だったからです。これで50年位はこの人間に成りすまして生活できます。
そしてあのアホ。本名……本名は……えっと、その、あの、忘れました。いくつも偽名を使っていたからですね、きっと。
記憶にあるあのアホの姿は……えっと、その、あれです、金髪だった気がします。まだ照明が蝋燭だった時代ですからね。あと、女性に囲まれて小さな姿の僕には見えなかった、という事も原因でしょうね、覚えてません。興味がなかったわけではないです、本当ですよ。
最後に鈴木大介さんとその彼女さんの愛の結晶といっていいのでしょうか?二人の赤ちゃんは女の子でした。名前は柚莉愛ってJulia?
えー?その名前いいの?
#######
「全く慣れてないけど、パパ何日目なんですか?」
思わず胡散臭いものを見るような目差しを向けるが男は気づきもせずにオムツかなぁ?ミルクかなぁ?と呟きながらあたふたしています。
ぐずりはじめた赤ちゃんはふにゃふにゃと泣いていますが、私は育児書をペラペラ捲りながら二人を傍観します。
ぐるりと見回すと部屋の片隅にどさっと置かれた荷物が目に入ってきました。誰かが持ってきてそのままのような?あのアホは片付けを放棄したに違いありません。
「四日目かな?一応だけど一通り習ったんだよ。」
不慣れながらもおしっこで重たくなったオムツをなんとか交換している姿に、かつて世の女性陣に黄色い悲鳴をあげさせていた男の成れの果てに笑いが込み上げてきますた。でも、笑わないように我慢します。
「しばらくやって気づいたんだけど、僕って鈴木さんに擬態してるけど、吸血鬼でしょう?体温がないんだよねー。ミルクは人肌程度って言われても分かんないんだよねー。だからけーちゃん呼んだんだよ」
ニコッと笑顔を向けられても……困ります。
「私も人間でないので人肌は分かりません。人間の血の温度はあなたの方がよく分かるのではないですか?」
大きな缶からスプーンで粉を計量し、棚から取り出した瓶に数回入れて……あぁ、ミルクを作っているようです。瓶からちょっとづつ粉が溢れています。このアホは不器用みたいです。
「んー、あんまり覚えてない。それに飲むときは溢さないように必死だから。なんで僕って牙なんだろうね。よその系譜ではストローみたいなのでぶっ刺して血を飲むタイプもいるらしいけど、ちょっと羨ましいなー」
それは蚊だと思います。
「あ、ちょっとお湯が多かったみたい、んーっと薄味ってことで」
あぁ、これはアレです。
「流水で適用に冷やしてなんとなくこれくらいかなーくらいで。初日に弁護士さんと一緒についてきたお嬢さんがいろいろやって見せてくれたから真似してやってるだけなんだけどねー」
僕ってスゴくない?って自慢げに笑う男をみて思いました。
こいつに任せていたらヤバいやつだ、と。
「流水が手に付かないように頑張らないと痛いし、この子をお風呂に入れるのも痛くってねー、だからけーちゃん」
流れる水道水で哺乳瓶を冷やしながら微笑んだ。
「今から一緒に暮らそう」
あぁ、くらくらする程の微笑と鈍く光る瞳、力のこもった声に私は頷くしかなかった。




