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08 八回目。




 今日も四月十三日の金曜日。土曜日は来ない。

 鏡に映る姿の姿を見ながら、制服のドレスに着替えた。


「ローガン先生に会って、図書室で呪文をメモる。そしてマルガリタリ先を調べる」


 私は予定を呟いて、クローゼットを閉じた。

 私は寮の部屋から飛び出して、坂を上がった場所に聳える純白の学園に登校する。

 その校門前に赤毛を靡かせるエリオト・ハイマティーテースが待ち構えていた。


「おはよう。ペリドット。マルガリタリの方はどうだった?」

「彼はシロだと思うけれど、これから一応呪文を唱えようと思う」

「オレの方もシロだ。オレはローガン先生と閲覧記録に乗っていた教師陣を調べる」


 エリオトと肩を並べて歩いていく。

 玄関に入る前に止まって、サピロスとの衝突を回避しようとしたのだけれど、エリオトに背中を押された。

 ドンッとサピロスとぶつかってしまう。


「おっとごめん!」

「っ!!」


 私はぶつかった肩を押さえて、ギロリとエリオトを睨んだ。


「ペリドットちゃん、大丈夫?」

「っ!」


 サファイアの髪を揺らして、サピロスが顔を覗き込むから、ボッと頬が熱くなる。キスしたその顔を近付けないでほしい。


「なんでもないです!」


 ここは大丈夫と言うところだったけれど、頬の赤さを誤魔化すことを最優先してしまう。


「クッ」


 横からそんな声が聞こえたかと思えば、口元とお腹を押さえて笑いを堪えるエリオトの姿があった。

 この人はっ!!


「ほら、エレクトロンのところに行きなさい!」

「ええー。じゃあね、またね。ペリドットちゃん」


 グッとサピロスの背中を押してエレクトロンの元に行かせた。


「あはは。本当に面白い反応をする」


 笑うエリオトを睨み付ける。


「さぁ。ローガン先生の元に行くがいい。図書委員長のことも調べることを忘れないように」

「からかうのなしっ!」


 釘をさしたけれども、反省の色がないエリオトは笑うだけだった。

 真っ直ぐ向かう職員室。その途中でダークブラウンの巻き髪と黒いローブを羽織った後ろ姿を見付けた。


「ローガン先生!」

「ん? おはよう、ペリドット・ガルシア」

「おはようございます」

「なんだ、機嫌が悪いな。何か嫌なことでもあったのか?」

「エリオトの性格が悪いのです。まぁそんなことより相談したいことがありまして」


 ローガン先生に肩を竦めて見せてから、お決まりになった会話をする。

 やっぱりローガン先生は覚えていない。


「なんだ?」


 そう優しい笑みでローガン先生は促す。

 同じ日がループしているのだと話した。自分はそれに気が付いたのだ。

 そして七度目の相談で、ローガン先生は自分にもう一度話すように言ったことも話した。


「時間をいじった何者かが学園にいるということだな。ペリドットも大変だなぁ……八回目なんて」


 ローガン先生はまた疑うことなく信じてくれたけれど、困ったように顎を摩る。


「発動者もループに気付かずに同じ魔法を使っている可能性が高い。授業で習った通り、時をいじる魔法はタブーとされている。ループなんてことが起きかねないからな」


 腰に手を置いて、まるで私がタブーを犯したみたいな叱り口調で言った。

 はいはい。


「巻き戻す魔法を使っても、当の本人も使ったことを忘れる。だから繰り返される。まぁそんな展開を阻止しても、同時刻になれば巻き戻され結果ループとなる。稀に当の本人や周囲の人間が気付くこともあるが、それは本当に稀だ。だから気付いた者が、発動者を止めなくてはいけない」

「はい。その稀な者がもう一人います。エリオト・ハイマティーテースです」

「んー、いい協力者だな。でも手掛かりがないんだろう?」


 ローガン先生は困った息を吐いて、アーチ型の窓を開いて、外の空気を吸い込んだ。

 性格が悪いですがね!


「それが簡単に見つかれば、苦労はしないんだよなぁ……」

「ですよねぇ」

「オレも聞かされても時間が巻き戻れば、この会話も忘れているだろう。申し訳ないが、放送をして注意を呼び掛ける……いや、それもしない方がいいか。どうせ発動時刻になったら巻き戻されるのだから。ペリドット、いつ時間が巻き戻るんだ?」

「お昼過ぎです」

「お昼か。その頃、何かが起きるんだろうな」


 ローガン先生は、空を見上げた。

 魔法が発動したのは、昼休みだとは思うけれど、事件はその前かもしれない。それは言わない。


「時間を巻き戻す禁忌の魔法を使うほどの何かが……」

「そうですね」


 事件が起きる。それが手掛かりになる。


「エリオトが禁忌の魔導書の閲覧記録に載っている者から調べてくれて、その中にいないか調べている最中です。とりあえずローガン先生は除外されました」

「オレは容疑者だったのか……」

「エリオトがローガン先生と協力して教師陣を調べると言っていましたので、お願いします。とりあえず、図書室に行きましょう。呪文を教えてください」

「そうだな」


 私から促して、図書室へと歩み出す。

 ローガン先生の後ろをついていくと、顔だけ振り返った。


「あと、また巻き戻ったら、オレに相談してくれ。もしかしたら覚えているかもしれない」

「わかりました。そうします」

「よし」


 魅力的な笑みを浮かべるローガン先生。


「マルガリタリ、いたのか。おはよう」

「おはようございます……何しにきたんですか?」


 眠気たっぷりの声。カウンターの向こうの椅子にだらしなく座って本を読んでいたのは、クリーム色の髪と真珠のような瞳をした綺麗な顔の男子生徒。

 本の虫、図書委員長のマルガリタリ・リートゥム。


「禁忌の魔導書を見せて欲しい」

「はぁい……朝から禁忌の魔導書を見るなんて穏やかじゃないですね」


 栞を挟んで、本を閉じたマルガリタリ。カウンターに置こうとしたけれど、その表紙にスルリと栞が落ちた。

 これもいい加減飽きたな。

 私は拾う。


「落ちましたよ」

「……」


 マルガリタリは、絶望したような顔をしていた。

 わなわなと震えて、栞を受け取ると、すぐに本を開く。

「どこまで読んだ……」とぶつくさ言いながら、最後に読んだページを探した。


「113ページだと思いますよ」

「!」


 一度顔を上げて真珠の瞳で私を見たマルガリタリは、すぐにそのページを開く。


「……ありがとう!」

「いえ、どういたしまして」

「……」


 とても喜んだような輝いた瞳で私を見つめてきた。

 そんな反応しないでほしい。


「あの、急いでいるんだが」


 ローガン先生が、苦笑を漏らす。

 マルガリタリは今度はしっかり栞を挟むと、そっと本をカウンターの上に置いた。

 それから首にぶら下げていた鍵を持って、カウンターから出る。


「マルガリタリ・リートゥムの名の下に、解放する」


 ポーッと蛍が舞うような光の玉が溢れ出して、図書室の奥の施錠されていたスペースが開かれる。

 ローガン先生は迷うことなく、灰色の鉄の表紙を開いた。


「時を巻き戻す魔法は……ここのページだ。おいで、解く呪いが書かれている」

「これを発動者の目の前で唱えればいいのですね。ペンをお借りしてもいいですか?」


 私はすぐに手首に呪文を書き写した。


「なんですか? 時の禁忌の魔法を使って、ループが起きてしまっているんですか?」


 壁に凭れているマルガリタリが問う。


「そうなんだ。お前じゃないだろうな?」

「そんなハイリスクな魔法を使うお馬鹿さんではありません」


 ローガン先生とマルガリタリの会話を聞きながら、メモを終える。すると歩み寄ったマルガリタリが、私の目を覗き込む。

 また目を輝かせていた。


「あなたがループから抜け出したということですね。頑張ってループから解放してください」

「なるべく早くループを解けるように善処いたします。」

「ああ、頑張ってくれ。エリオトとな」


 ローガン先生は、私の肩をポンッと叩いた。


「ええ、エリオトのからかいに耐えて頑張ります」

「どうした? 大丈夫か?」


 苦笑を受けべてローガン先生が、私の顔を覗く。

 そんなローガン先生を見送る。

 残った私は、マルガリタリと向き合う。


「僕にまだ用があるのかい?」

「失礼します、先輩」


 肩に手を置いて、もう片方の手首に書き綴った呪文を唱えた。

 終えるとやっぱり何も起きない。異変はなし。


「なんだい、僕が禁忌を犯す馬鹿だと思ったのかい」


 マルガリタリの気分を害したようで、怪訝な顔をされた。


「すみません、先輩。容疑者だったので一応確認しました。本当にすみません」

「わかったのならよし」


 カウンターの中に入ってマルガリタリは、頬杖をついて私に笑みを向ける。


「ところで僕と会って何回目になるの?」


 それはループをしてから何度目になるかと言う意味だろうか。


「かれこれ八回目になります」

「そっか。ペリドットさんは、二年B組だよね、確か」

「はい。よくご存知で」


 私はこれで失礼したかったのに、マルガリタリは会話を続ける。


「ループが終わったら、一緒にランチでもどうかな?」

「はい?」


 にこっとマルガリタリが笑みを深めた。


「決まりだ」


 今のは聞き返しただけなのに、決定されてしまう。

 まぁいいか。どうせマルガリタリは、忘れる。


「では失礼しますね」


 私は教室に行き、窓際の席に座る。

 そして、午前の授業を受けた。これも十回目で、ノートを取ることにうんざりしてしまう。

 ああ、面倒くさいな。


「ペリドット」


 二限目の休み時間。廊下から呼ばれた。

 エリオトだ。


「……またからかうつもりなら」


 私は距離を取って睨み付けた。

 近付かないぞ。


「違うから、おいで」


 にこりと壁に凭れて、エリオトが笑いかける。

 警戒しつつも、近付く。


「マルガリタリ先輩は、やっぱりシロだったわ」

「では君はA組の生徒から調べてくれ」

「わかったわ。名前はなんだったかしら?」

「ジュエリー・リティディオンと、シトリン・ルーシーと、ハルジオン・ダイアモンド」


 ジュエリーとシトリンとハルジオンね。

 メモりたいところだけれど、そんなことをしたら馬鹿にされる。

 すると、呪文をメモした手を掴まれた。


「八回目なのに、まだ覚えていないのか」


 結局、馬鹿にされる。


「どーしたの? 今朝もこの組み合わせだったよね。何、付き合ってるの?」


 そこでサピロスが来たものだから、ビクンと震え上がる。

 見れば、にやけ面を隠すように口元に手を添えたサピロス。でも今ではそれは演技のように思えてしまう。

 そんなサピロスは繋がっている手に視線を落とすと、チョップも落とそうとした。

 けれども、エリオトが私の手ごと避ける。


「そうだったら?」


 また意味深な発言をしてエリオトは、じっとサピロスを見据えた。


「えっ……あーもう、どっち?」

「そうだったら、お前に引き裂く権利はないだろ」

「っ、そう、だけど……」


 サピロスが戸惑って視線を泳がせた。

 そして私を見る。捨てられた子犬みたいな眼差しを向けないで欲しい。


「違います!」

「だ、だよねー」


 私は間に入って、誤解をとく。

 

「いや、オレは本気だと言ったら?」


 エリオトは、私の髪を掬い上げた。


「君を好きだと言ったら、君はもちろんオレを選ぶだろう?」


 とんでもない発言。

 私もサピロスも、固まった。


「ああ、時間だ。返事は明日にでも聞こう」


 エリオトは時計を見ると、私の髪から手を離した。

 置き去りにされた私とサピロスは立ち尽くしたけれど、チャイムに急かされて席に戻った。

 は? ……はい!?

 私は告白されたのか?

 それともまたからかわれているのだろうか?

 授業中、サピロスの視線が痛かった。

 いつも一緒にランチをとる友だちに断りを入れて、私は教室に残った。

 サピロスを避けるためだ。

 なのに……。


「ペリドットちゃん! 一人で何やってるの?」


 やっぱり私のところに来る。

 じろり、と見上げた。


「……」

「あーれーどうしたの?」

「あなたに構っている場合ではないんです」

「でもエリオトに構う暇はあるの?」


 言い放つと、サピロスは真面目な顔をして問う。

 その雰囲気に、ドキッとしてしまった。

 サファイアの瞳が真っ直ぐ私を見つめてくる。


「……」

「……」

「あ、あなたはさっさと体育館に行けばいいじゃないですか!」


 プイッとそっぽを向いてその視線から逃げた。


「あれ、ペリドットちゃんも聞いてたんだ」

「? 何の話ですか?」


 聞いていたとは何を。


「体育館でエーレが何かするらしいんだ。隣のクラスは皆行ったみたい。ペリドットちゃんも、見に行こう!」

「そ、それを早く言いなさいよ!!」

「ええ!?」


 体育館と言えば、食堂の隣だ。

 そこで何か騒ぎが起きるのかもしれない。

 手掛かりが、こんな目の前にあったとは。

 理不尽に怒るものだから、サピロスは困ったように頭を掻く。

 急いで教室を飛び出そうとしたら、目の前にマルガリタリがいた。


「マルガリタリ先輩、なんでここに?」

「よく考えたら約束しても僕忘れてしまうから、今ランチをしようって誘いに来た」


 にっこりと笑いかける。そうきたか。


「私、忙しいので、お断りします」

「何処行くの?」

「体育館です!」


 階段を駆け下りる。


「走っちゃだめだよ、ペリドットちゃん」

「急がなきゃ!」


 体育館で何か起きてしまう前に辿り着かなくては。

 でも教師に見付かって説教をされてしまわないように、早歩きに変える。

 スタスタと歩いて行けば、扉が開かれた体育館が見えた。

 そこに迷わず飛び込めば、数十人の生徒達がいる。


「ここで君との婚約を破棄する!」


 金色の短髪と琥珀の瞳のイケメンが、宣言していた。

 公衆の面前で婚約破棄?

 驚愕していれば、イケメンのエレクトロン・ターリの目の前にいるジュエリー・リティディオンは、その場に崩れ落ちた。長い白銀の髪は、宝石のように一本一本が煌めく。大きな目に涙を浮かべて、明らかにショックを受けていた。

 親同士が決めたと言っても、彼女には恋心とやらがあったみたいだ。

 傷付いただろう。それに周囲に見られているのは、気の毒だ。

 すると、桜色の唇が震えたのが見えた。

 彼女の周りに光の柱が三つ現れて、それを結ぶように円が描かれる。

 それがパッと、光が弾けてこっちに飛んで来たかと思えば。


「ーーーー!」


 私はベッドの中にいた。

 起き上がって、波打つ長い髪を後ろに向かって払う。


「見付けたわ」


 時を巻き戻す魔法を使っていたのは、ジュエリー・リティディオンだ。

 ループを起こしてしまった犯人。




20180128

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