06 六回目。
今日も四月十三日の金曜日。恋しい土曜日は来ない。
けれども、ループから醒めた協力者が出来た。
それも頭のいいエリオト・ハイマティーテースだ。
「ローガン先生に会って、図書室で呪文をメモる。それから……エリオトに会う」
私は今日の予定を呟いて、着替えを済ませてクローゼットを閉めた。
私は寮の部屋から飛び出して、坂を上がった場所に聳える純白の学園に登校する。
するとエリオトが、門の前で待ち構えていた。
「エリオト、おはよう」
「おはよう、ペリドット」
エリオトはおかしそうに、くつくつと笑う。
「何?」
「いや、オレを見付けた君の目が輝いたから、おかしくてな」
「……もう六回目なので、同じ境遇の仲間が出来て嬉しいのよ」
笑われたから、私はむくれる。
「そうか。それが、オレでさぞ嬉しいだろう」
「うん。頼りになる」
「頼りにしていいぞ」
エリオトはなんというか、オレ様だ。
でも気にしない。
「で? わかっていることだけを教えてくれ」
「ああ、昨日話した通り、爆発事件は無関係。食堂でも事件は起きていない。エリオトと男子生徒達の喧嘩も無関係でしょ?」
「ああ、その通りだ」
エリオトと肩を並べて歩きながら話していたら。
「おっとごめん!」
玄関に入ってすぐに目の前のサピロス・ザフィリイアとぶつかってしまった。
忘れていた……ムカつく!
「なんであなたはここを通るんですか!」
「ええ、ごめぇん。ペリドットちゃん」
フン、と鼻を鳴らして通り過ぎる。
「ちょっと待って、ペリドットちゃん。オレ達……前にもぶつからなかった?」
そう呼び止められたけれども。
「知るか!」
自分で思い出せ!
八つ当たりをして、プンプンと廊下を進んだ。
「随分とサピロスと仲がいいんだな、昨日も共にいたし」
「どこが仲がいいの? 付きまとわれていただけよ!」
「ふーん、そうか。で? 何処に行くつもりだ?」
「ローガン先生のところ。覚えていないけれど、話す約束しているし、呪文もメモらなくちゃ」
「もう六回目なのだろう? 覚えていないのか?」
「……」
エリオトに同情の眼差しを向けてきた。
それには流石に腹が立つ。
はい、六回目でもまだ呪文を覚えられていませんがそれがなにか!?
「オレは覚えている。またあとで話そう」
ひらりと手を振って自分の教室に向かうエリオトを見送り、私は早歩きで真っ直ぐ向かう教師のいる職員室。その途中でダークブラウンの巻き髪と黒いローブを羽織った後ろ姿を見付けた。
「ローガン先生!」
「ん? おはよう、ペリドット・ガルシア」
「おはようございます」
「なんだ、機嫌がいいな。何かいいことでもあったのか?」
「覚えていないですか? 昨日のこと」
どうやらローガン先生はまた覚えていないようだ。
「悪い、何か約束でもしたか?」
「ローガン先生に相談したいことがありまして」
「なんだ?」
私は同じ日がループしているのだと話す。自分はそれに気が付いてしまった。
そして六度目の相談で、ローガン先生は自分にもう一度話すように言ったことも話した。
「時間をいじった何者かが学園にいるということだな。ペリドットも大変だなぁ……六回目なんて」
ローガン先生はまた疑うことなく信じてくれたけれど、困ったように顎を摩る。
同じ会話をしてから、私は手掛かりがないことを話した。
「昼休みに起きることはジュビリー・ゴールドが爆発事件を起こすことと、エリオト・ハイマティーテースが中庭で喧嘩を起こすこと……どちらも時の魔法を使った術者ではなかったです。でもエリオトが気が付いたそうで、協力して発動者を突き止めます」
「またジュビリーとエリオトがやらかしたのか……。そのエリオトは?」
「呪文は覚えているからと教室に行きました」
「そうか。とりあえず図書室に行くか。呪文を……って覚えたか? 流石に」
「……いえ、全然」
今回はローガン先生から促して、図書室へと歩み出す。
私は明後日の方向を見る。
ローガン先生の後ろをついていくと、顔だけ振り返った。
「あと、また巻き戻ったら、オレに相談してくれ。もしかしたら覚えているかもしれない」
「わかりました。そうします」
「よし」
そう魅力的な笑みを浮かべるローガン先生。
期待しないけれども。
「マルガリタリ、いたのか。おはよう」
「おはようございます……何しにきたんですか?」
眠気たっぷりの声。カウンターの向こうの椅子にだらしなく座って本を読んでいたのは、本の虫、図書委員長のマルガリタリ・リートゥム。
「禁忌の魔導書を見せて欲しい」
「はぁい……朝から禁忌の魔導書を見るなんて穏やかじゃないですね」
栞を挟んで、本を閉じたマルガリタリ。カウンターに置こうとしたけれど、その表紙にスルリと栞が落ちる。
また落ちた。
それを私が拾う。
これもいい加減飽きてきたな。
「落ちましたよ」
「……」
「……」
マルガリタリは絶望したような顔をしていた。
わなわなと震えて、栞を受け取ると、すぐに本を開く。
「どこまで読んだ……どこまで読んだ……」とぶつくさ言いながら、最後に読んだページを探した。
「113ページだと思いますよ」
「!」
一度顔を上げて真珠の瞳で私を見たマルガリタリは、すぐにそのページを開く。
「……ありがとう!」
「いえ、どういたしまして」
「……」
とても喜んだような輝いた瞳で私を見つめてきた。
だから、そこまで反応しなくても。
「あの、急いでいるんだが」
ローガン先生が、苦笑を漏らす。
マルガリタリは今度はしっかり栞を挟むと、そっと本をカウンターの上に置いた。
それから首にぶら下げていた鍵を持って、カウンターから出る。
「マルガリタリ・リートゥムの名の下に、解放する」
ポーッと蛍が舞うような光の玉が溢れ出して、図書室の奥の施錠されていたスペースが開かれる。
ローガン先生は迷うことなく、灰色の鉄の表紙を開いた。
「時を巻き戻す魔法は……ここのページだ。おいで、解く呪いが書かれている」
「これを発動者の目の前で唱えればいいのですよね。ペンをお借りしてもいいですか?」
私はすぐに手首に呪文を書き写した。
「なんですか? 時の禁忌の魔法を使って、ループが起きてしまっているんですか?」
壁に凭れているマルガリタリが問う。
「そうなんだ。お前じゃないだろうな?」
ローガン先生は冗談を言う。
「そんなハイリスクな魔法を使うお馬鹿さんではありません」
メモを終えると歩み寄ったマルガリタリが、私の目を覗き込む。
また目を輝かせていた。
「あなたがループから抜け出したということですね。頑張ってループから解放してください」
「なるべく早くループを解けるように善処いたします」
私はそれだけを応える。
「ああ、頑張ってくれ。エリオトとな」
ローガン先生は、私の肩をポンッと叩いた。
「はい。わかりました」
そのローガン先生と教室に行き、窓際の席に座る。
そして、午前の授業を受けた。これも八回目で、ノートを取ることにうんざりしてしまう。
ああ、面倒くさい。
「ペリドット」
二限目の休み時間。廊下から呼ばれた。
見ればエリオトだ。
「何? 何かわかったの?」
「いや、話し合いに来ただけだ」
「そうなの」
ちょっと期待してしまったではないか。肩を竦める動作を誤魔化すように腕を組んだ。
「食堂、中庭、南棟の三階は除外して、手分けして事件を探そう」
「あとここの二年生の二階も除外してもいいと思うわ。事件らしい騒ぎが起きなかったから」
「そうか。オレは図書室で禁忌の魔導書を閲覧した者を調べようと思う。手掛かりがあるかもしれん」
あ、それもありだったと、言われて気が付く。
そうね、閲覧記録があるのなら、容疑者を見付けられる。
気付いていないことには気付かれないようにした。
また馬鹿なことを同情されては、脛を蹴ってしまいたくなる。
「どーしたの? 今朝もこの組み合わせだったよね。何、付き合ってるの?」
そこでサピロスが話し掛けてきて、口元に手を当ててにやけ面を隠した。
的外れなことを言ってきた彼に、冷めた眼差しを送る。
「違うぞ。成績が釣り合わないだろう」
「そこ!?」
確かに成績が平均並みの私と学年二位のあなたでは釣り合いませんがね!!
「まぁ容姿は綺麗だし、今朝の笑みは可愛いとは思ったが」
そう言って、エリオトは私の髪を掬い上げた。
すぐさまその手を、サピロスがチョップして叩き落とす。
「お前……二度目だぞ」
昨日も叩き落とされたことをしっかり覚えているエリオトが、少々怒った雰囲気を醸し出した。
「二度目? オレ、そんなことしたっけ?」
サピロスはチョップを構えつつ、きょとんとする。
「はぁ……ペリドットが鬱陶しがるわけだな」
説明してもしょうがないとエリオトはただ呆れた。
「鬱陶しいの!? ペリドットちゃん!?」
もちろん鬱陶しいよ!
なんて言ったら余計鬱陶しくなるだけだから、無視をして私は自分の席に戻る。
「ちょっとペリドットちゃん!?」
「気にしないでください」
「気にするよ!?」
始業のチャイムが鳴り響いたので、渋々と言った様子でサピロスは自分の席につく。
いつも一緒にランチをとる友だちに断りを入れて、校内を歩いた。
「さて、何処から探そうかしら」
自分の顎を摘んで、考え込む。
「あ、ペリドットちゃん」
「……」
食堂に向かおうとしたであろうサピロスと目が合ってしまう。
なんでこうも目を合わせてしまうのだろうか。
「なんで無視するの? 何処行くの?」
「……」
「オレ、鬱陶しいの? なんで?」
「……」
「ねぇ、ペリドットちゃん!」
「ああもううるさいな!! それはあなたが女たらしだからよ!!」
どうせ忘れるだろうから、私はキレてはっきり言ってやった。
サピロスは仰天した顔をする。
「さん付けして距離を置こうとしているのに、なんで付きまとうのよ!? 邪魔よ! 話し掛けないでちょうだい!!」
私はフンッとそっぽを向く。
そして渡り廊下を進むのだけれど、がしりっと腕を掴まれた。
サピロスだ。眉間にシワを寄せて、じっと私を覗き込むサファイアの瞳。
「な、に、よ?」
私は睨み返した。
すると、私の唇にサピロスの唇が重なる。
「ペリドットが好きだからだよ」
キス、された。
私はフリーズして、立ち尽くす。
「なんで気付かないかな。オレはそりゃ女子の友だちがたくさんいて女たらしに見えると思うけれど、想っているのはただ一人だよ。君だ」
真面目な顔で、でも少し頬を赤らめて、サピロスは告げる。
私は放心していた。
「なのにさん付けしたり敬語使ったりしてオレを避けるから……やめてもらえるまで頑張って親しくなろうとしたんだよ」
そこでボンッと爆音のような音が遠くでして、我に返る。じゅわっと火がついたみたいに顔が熱くなった。サファイアの瞳は、まだ私を放さない。
「良い反応。で? 返事はしてくれるの? それとも考える?」
ニッと笑みになり、サピロスは尋ねた。
私はわなわなと震えて、それから握られている手を振り払う。
そして、廊下を走り出した。逃亡である。
「あっ! ちょっとペリドットちゃん!!」
いきなり告白なんて困る!!
キャパオーバーだ!!
「は、早くループして!!」
廊下を駆けて、本当は嫌なループを求めた。
今回ばかりは早くループしてほしい。
それは叶わなかった。
「ペリドット!!」
私を追い越したかと思えば、目の前に立ちはだかったサピロスに、ドンと壁に腕を立てられ遮られた。
「逃げるのはなし」
「っ」
「それにそんな可愛い顔を、他の男に晒さないで」
耳まで真っ赤になってしまう。それを自覚した。
「可愛い。口説き落とせるってこと?」
顔を近付けてきたものだから、身を引く。
またキスされてしまうのではないかと思って、私は手を上げた。
けれど、宙を切るだけで、手応えはない。
見慣れた天井。ベッドの上で右手を上げた態勢で呆然とする。
「なっ……なんでこうなる!?」
私はベッドで悶えた。
20180119




