05 五回目。
暴れ済んだ私は、波打つペリドットの髪を後ろに払いのけた。
今日も四月十三日の金曜日。土曜日はまたもや来ない。
またしても金曜日っ!
バスルームに行って、顔を洗う。歯を磨きながら、ストレッチをした。髪をブラシでとかしながら、バスルームを出てクローゼットを開く。
鏡に映る姿の姿を見ながら、制服のドレスに着替えた。
手を見れば、当然メモった呪文は書いていない。当然だ。また図書室に行かなくては。
「ローガン先生に会って、図書室で呪文をメモる。それから……」
私は今日の予定を呟こうとして、ガクリと項垂れつつもクローゼットを閉じた。
振り出しだ。次は何処を探せばいいのだろうか。
ローガン先生に相談しよう。
私は寮の部屋から飛び出して、長い髪を靡かせて坂を上がった場所に聳える純白の学園に登校した。
「おっと!」
今日も玄関に入って、寸前で立ち止まり、サピロス・ザフィリイアとぶつかることを回避した。
「危なかったね、おはよう。ペリドットちゃん」
「……おはようございます、サピロスさん」
昨日はぶつからなかったことに得意げに、フン、と鼻を鳴らして挨拶をした。
「ペリドットちゃん、なんか機嫌いいね?」
「別になんでもないですけど」
「そう? あと、オレのことはサピロスでいいよ」
「サピロスさん」
「ペリドットちゃんってば……」
「では失礼します」
行く手を阻む彼を避けて、先を進む。
「ちょっと待って、ペリドットちゃん。オレ達……前にぶつからなかった?」
そんなことを問われて驚く。
まさか、この人、思い出したのか。
私の協力者になる!?
そう期待が膨らんだのだけれども。
「いや、オレの気のせいか。じゃあね」
上げられて落とされた。
全く、呼び止めないでほしいものだ。チャラ男め。
早歩きで真っ直ぐ向かう教師のいる職員室。その途中でダークブラウンの巻き髪と黒いローブを羽織った後ろ姿を見付けた。
「ローガン先生!」
「ん? おはよう、ペリドット・ガルシア」
「おはようございます」
「なんだ、機嫌が悪そうだな。何か嫌なことでもあったのか?」
「……覚えていないですか? 昨日のこと」
また期待していないけれど、どうやらローガン先生はまた覚えていないようだ。
「悪い、何か約束でもしたか?」
「……ローガン先生に相談したいことがありまして」
「なんだ?」
私は仕方なく昨日と同じく率直に伝えた。
同じ日がループしているのだと。自分はそれに気が付いてしまった。
そして五度目の相談で、ローガン先生は自分にもう一度話すように言ったことも話した。
「時間をいじった何者かが学園にいるということだな。ペリドットも大変だなぁ……五回目なんて」
ローガン先生はまた疑うことなく信じてくれたけれど、困ったように顎を摩る。
同じ会話をしてから、私は手掛かりがないことを話した。
「昼休みに起きることはジュビリー・ゴールドが爆発事件を起こすことと、エリオト・ハイマティーテースが中庭で喧嘩を起こすこと……どちらも時の魔法を使った術者ではなかったです」
「またジュビリーとエリオトがやらかしたのか……。とりあえず図書室に行くか。呪文を……って覚えたか? 流石に」
「……いえ、全然」
今回はローガン先生から促して、図書室へと歩み出す。
私は明後日の方向を見る。
ローガン先生の後ろをついていくと、顔だけ振り返った。
「あと、また巻き戻ったら、オレに相談してくれ。もしかしたら覚えているかもしれない」
「わかりました。そうします」
「よし」
そう魅力的な笑みを浮かべるローガン先生。
でも次も期待しない。
「マルガリタリ、いたのか。おはよう」
「おはようございます……何しにきたんですか?」
眠気たっぷりの声。カウンターの向こうの椅子にだらしなく座って本を読んでいたのは、本の虫、図書委員長のマルガリタリ・リートゥム。
「禁忌の魔導書を見せて欲しい」
「はぁい……朝から禁忌の魔導書を見るなんて穏やかじゃないですね」
栞を挟んで、本を閉じたマルガリタリ。カウンターに置こうとしたけれど、その表紙にスルリと栞が落ちる。
また落ちた。
それを私が拾う。
「落ちましたよ」
「……」
「……」
マルガリタリは絶望したような顔をしていた。
わなわなと震えて、栞を受け取ると、すぐに本を開く。
「どこまで読んだ……どこまで読んだ……」とぶつくさ言いながら、最後に読んだページを探した。
「113ページだと思いますよ」
「!」
一度顔を上げて真珠の瞳で私を見たマルガリタリは、すぐにそのページを開く。
「……ありがとう!」
「いえ、どういたしまして」
「……」
とても喜んだような輝いた瞳で私を見つめてきた。
だから、そこまで反応しなくても。
「あの、急いでいるんだが」
ローガン先生が、苦笑を漏らす。
マルガリタリは今度はしっかり栞を挟むと、そっと本をカウンターの上に置いた。
それから首にぶら下げていた鍵を持って、カウンターから出る。
「マルガリタリ・リートゥムの名の下に、解放する」
ポーッと蛍が舞うような光の玉が溢れ出して、図書室の奥の施錠されていたスペースが開かれる。
ローガン先生は迷うことなく、灰色の鉄の表紙を開いた。
「時を巻き戻す魔法は……ここのページだ。おいで、解く呪いが書かれている」
「これを発動者の目の前で唱えればいいのですよね。ペンをお借りしてもいいですか?」
私はすぐに手首に呪文を書き写した。
「なんですか? 時の禁忌の魔法を使って、ループが起きてしまっているんですか?」
壁に凭れているマルガリタリが問う。
「そうなんだ。お前じゃないだろうな?」
ローガン先生は冗談を言う。
「そんなハイリスクな魔法を使うお馬鹿さんではありません」
メモを終えると歩み寄ったマルガリタリが、私の目を覗き込む。
また目を輝かせていた。
「あなたがループから抜け出したということですね。頑張ってループから解放してください」
今日も本の続きが読みたい感がない。
「なるべく早くループを解けるように善処いたします」
私はそれだけを応える。
「ああ、頑張ってくれ」
ローガン先生は、私の肩をポンッと叩いた。
「はい。わかりました」
そのローガン先生と教室に行き、窓際の席に座る。
そして、午前の授業を受けた。これも七回目で、ノートを取ることにうんざりしてしまう。小テストでもあれば、満点が取れて楽しいのだけれど、残念なことにそれはない。
何回言っているんだろう、これ。
ああ、面倒くさい。
いつも一緒にランチをとる友だちに断りを入れて、校内を歩いた。
「さて、何処から探そうかしら……」
自分の顎を摘んで、考え込む。
今回は、手当たり次第、部屋を開けてみるか。
「あ、ペリドットちゃん」
「……サピロスさん」
食堂に向かおうとしたであろうサピロスと目が合ってしまう。
これ、回避忘れた。
「なんでオレのことさん付けするの?」
それはあなたが女たらしだから、距離を置くため。
「私の勝手でしょう。さようなら」
「待ってよ。一緒にランチでもどう?」
「私、用があるので、お断りします」
はっきりと断りを入れて階段奥の空き教室を開く。
弁当を食べている生徒達がいた。事件の雰囲気はない。そのまま閉じた。
サピロスが首を傾げた。
「何の用? 誰か探してる?」
「あなたには関係ありません」
そこでボンッと爆音のような音が上でしたけれど、気に留めることなく部屋を開けていく。
「今爆発音しなかった?」と尋ねながら、ついてくるサピロス。
「魔法化学室が爆発した音ですよ」
「ふーん……」
「ああ、いた。ペリドット・ガルシア」
名前を呼ばれたものだから、私は振り返る。そこには鮮やかな赤い髪に赤い瞳のエリオト・ハイマティーテースがいた。なんでここにいるのかと、驚いて目を丸めて瞬く。
「思い出したんだ。昨日、君が時の巻き戻しの魔法を解く呪文を唱えたこと」
同じループの覚醒者!
私はすぐさまエリオトの手を掴んだ。
「協力して!」
「ああ、もちろんだ。何度もあのバカどもを相手するなんて面倒なだけだからな」
あのバカどもとは、男子生徒達のことだろう。ループでは彼らと魔法対決をしていたのだろうか。きっと勝者はエリオト。
「ねぇ、何の話?」
面白くない、と顔に書いてあるサピロスが、私とエリオトの手を叩き落とした。
「同じ日がループしている話だ」
「ループ? それってタブーの時の魔法を誰かが使ったってこと? ペリドットちゃん、覚醒したの?」
「そう言っているんだ」
エリオトはサピロスを馬鹿にした目を向けたけれども、サピロスは私を見ているから気が付いていない。
「大変だね、ペリドットちゃん。同じ時間を繰り返すなんて。いいこと尽くしならいいけれどね」
「よくありません! 土曜日が来ない金曜日なんて地獄!」
「あははっ。オレも何か手伝えたらいいけれど、この会話も覚えていられないんだろうな」
そうなのだ。邪魔だからどっかいってくれないか。
「さっき爆音が聞こえたが?」
「あれは無関係です」
「そうか。ではまたループしたら、会おうーーーー」
プツリとエリオトの声が途切れた。
見慣れた天井。ベッドの中にいた。
「協力者を手に入れた!」
私は起き上がってガッツポーズをした。
一歩、前進だ。




