02 二回目。
「食堂は外れじゃないですか、先生」
ベッドから起き上がった私は、波打つペリドットの髪を後ろに払いのけた。文句を漏らしながら、ベッドから降りる。
今日も四月十三日の金曜日。土曜日は来ない。
バスルームに行って、顔を洗う。歯を磨きながら、ストレッチをした。髪をブラシでとかしながら、バスルームを出てクローゼットを開く。
鏡に映る姿の姿を見ながら、制服のドレスに着替えた。
手を見れば、当然メモった呪文は書いていない。また図書室に行かなくては。流石に覚えていない。
「ローガン先生に会って、図書室で呪文をメモる」
私は予定を呟いて、クローゼットを閉じた。
私は寮の部屋から飛び出して、長い髪を靡かせて坂を上がった場所に聳える純白の学園に登校した。
「おっとごめん!」
「っ! ……ちぃ!」
「ええーそんなに怒らなくても」
玄関を入ってすぐに、またサピロス・ザフィリイアとぶつかる。四日連続でぶつかった。
また避けられなかったことに舌打ちをしてしまう。
「本当にごめんって。ペリドットちゃん」
「別にいいです。サピロスさん」
「ペリドットちゃん、オレのことはサピロスでいいよ」
「サピロスさん」
「ペリドットちゃん、やっぱり怒ってる?」
「いいえ、サピロスさん」
「ごめんってばー」
「あーしつこい! 構わないでください!」
行く手を阻む彼を避けて、先を進む。
真っ直ぐ向かう教師のいる職員室。その途中でダークブラウンの巻き髪と黒いローブを羽織った後ろ姿を見付けた。
「ローガン先生!」
「ん? おはよう、ペリドット・ガルシア」
「おはようございます」
「なんだ、機嫌がいいな。何かいいことでもあったのか?」
「ああ……覚えていないですか? 昨日のこと」
期待したけれども、どうやらローガン先生は覚えていないようだ。
「悪い、何か約束でもしたか?」
「……実は相談したいことがありまして」
「なんだ?」
私は仕方なく昨日と同じく率直に伝えた。
同じ日がループしているのだと。自分はそれに気が付いてしまった。
そして二度目の相談で、ローガン先生は自分にもう一度話すように言ったことも話した。
「時間をいじった何者かが学園にいるということだな」
ローガン先生はまた疑うことなく信じてくれたけれど、困ったように顎を摩る。
「発動者もループに気付かずに同じ魔法を使っている可能性が高い。授業で習った通り、時をいじる魔法はタブーとされている。ループなんてことが起きかねないからな」
腰に手を置いて、まるで私がタブーを犯したみたいな叱り口調で言った。
「巻き戻す魔法を使っても、当の本人も使ったことを忘れる。だから繰り返される。まぁそんな展開を阻止しても、同時刻になれば巻き戻され結果ループとなる。稀に当の本人や周囲の人間が気付くこともあるが、それは本当に稀だ。だから気付いた者が、発動者を止めなくてはいけない」
「はい。それで発動者を見付けるにはどうしたらいいですか? っと私は昨日尋ねました」
「んー」
困った息を吐いて、アーチ型の窓を開いて、外の空気を吸い込んだ。
「それが簡単に見つかれば、苦労はしないんだよなぁ……」
「ですよねぇ」
「オレも聞かされても時間が巻き戻れば、この会話も忘れているだろう。申し訳ないが、放送をして注意を呼び掛ける……いや、それもしない方がいいか。どうせ発動時刻になったら巻き戻されるのだから。ペリドット、いつ時間が巻き戻るのだ?」
「私の記憶では、お昼過ぎです」
「お昼か。その頃、何かが起きるんだろうな」
ローガン先生は、空を見上げた。
「時間を巻き戻す禁忌の魔法を使うほどの何かが……」
「そうですね」
事件が起きる。それが手掛かりになる。
「心当たりないのか?」
「あいにく私は昼休みの昼食をとっていたところで……食堂では事件なんて起きていませんでした。ローガン先生に言われて食堂を見張ってみましたが、食堂は外れのようです」
「そうか。何処だろうな……」
「とりあえず、図書室に行きましょう。呪文を教えてください」
「そうだな」
私から促して、図書室へと歩み出す。
ローガン先生の後ろをついていくと、顔だけ振り返った。
「あと、また巻き戻ったら、オレに相談してくれ。もしかしたら覚えているかもしれない」
「わかりました。そうします」
「よし」
そう魅力的な笑みを浮かべるローガン先生。
「マルガリタリ、いたのか。おはよう」
「おはようございます……何しにきたんですか?」
眠気たっぷりの声。カウンターの向こうの椅子にだらしなく座って本を読んでいたのは、クリーム色の髪と真珠のような瞳をした綺麗な顔の男子生徒。
本の虫、図書委員長のマルガリタリ・リートゥム。
「禁忌の魔導書を見せて欲しい」
「はぁい……朝から禁忌の魔導書を見るなんて穏やかじゃないですね」
栞を挟んで、本を閉じたマルガリタリ。カウンターに置こうとしたけれど、その表紙にスルリと栞が落ちた。私が拾う。
「落ちましたよ」
「……」
「……」
マルガリタリは絶望したような顔をしていた。
わなわなと震えて、栞を受け取ると、すぐに本を開く。
「どこまで読んだ……どこまで読んだ……」とぶつくさ言いながら、最後に読んだページを探した。
「ああ、113ページだと思いますよ」
「!」
一度顔を上げて真珠の瞳で私を見たマルガリタリは、すぐにそのページを開く。
「……ありがとう!」
「いえ、どういたしまして」
「……」
とても喜んだような輝いた瞳で私を見つめてきた。
そこまで反応しなくても。
「あの、急いでいるんだが」
ローガン先生が、苦笑を漏らす。
マルガリタリは今度はしっかり栞を挟むと、そっと本をカウンターの上に置いた。
それから首にぶら下げていた鍵を持って、カウンターから出る。
「マルガリタリ・リートゥムの名の下に、解放する」
ポーッと蛍が舞うような光の玉が溢れ出して、図書室の奥の施錠されていたスペースが開かれる。
ローガン先生は迷うことなく、灰色の鉄の表紙を開いた。
「時を巻き戻す魔法は……ここのページだ。おいで、解く呪いが書かれている」
「これを発動者の目の前で唱えればいいのですね。ペンをお借りしてもいいですか?」
私はすぐに手首に呪文を書き写した。
「なんですか? 時の禁忌の魔法を使って、ループが起きてしまっているんですか?」
壁に凭れているマルガリタリが問う。
「そうなんだ。お前じゃないだろうな?」
ローガン先生は冗談を言う。
「そんなハイリスクな魔法を使うお馬鹿さんではありません」
メモを終えると歩み寄ったマルガリタリが、私の目を覗き込む。
また目を輝かせていた。
「あなたがループから抜け出したということですね。頑張ってループから解放してください」
今日は本の続きが読みたい感がない。
「なるべく早くループを解けるように善処いたします」
私はそれだけを応える。
「ああ、頑張ってくれ」
ローガン先生は、私の肩をポンッと叩いた。
そのローガン先生と教室に行き、窓際の席に座る。
そして、午前の授業を受けた。これも四回目で、ノートを取ることにうんざりしてしまう。小テストでもあれば、満点が取れて楽しいのだけれど、残念なことにそれはない。
いつも一緒にランチをとる友だちに断りを入れて、校内を歩いた。
「さて、何処を探そうかしら……」
自分の顎を摘んで、考えつつも廊下を進む。
「あ、ペリドットちゃん」
「……サピロスさん」
食堂に向かおうとしたであろうサピロスと目が合ってしまう。
「なんでオレのことさん付けするの?」
それはあなたが女たらしだから、距離を置くため。
「私の勝手でしょう。さようなら」
「待ってよ。今朝のことまだ怒ってるの?」
「今朝? ああ、ぶつかったことなら怒っていませんけど」
「お詫びにランチ奢るよ。一緒に行こう」
「私、用があるので、お断りします」
私はスタスタと廊下を歩く。階段を降りようとしたサピロスは、私のあとを追いかけてきた。
そこでボンッと爆音のような音がして、天井が軋んだ。
事件!?
そう思って私は駆け出した。階段に戻って駆け上がる。
「ちょ! ペリドットちゃん! 廊下は走っちゃだめだよ!?」
何故かサピロスがついてきた。
爆音がしたであろう部屋は、三階の魔法化学室。ドアが壊れて廊下に倒れている。それに黒ずんでいた。
私はそれを見てから、魔法化学室を覗き込んだ。真後ろでも私を真似て、サピロスが覗き込む。
「ケホッ。失敗した……」
黒ずみだらけの小柄な生徒がいた。オレンジの髪は爆発していて、眼鏡にはヒビが入っている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと爆発しただけ」
小柄な生徒は、平然と答えた。
“ちょっと爆発したこと”が大丈夫で済ませていいことなのか。
でもどうやら“時を巻き戻すほどの事件”ではないようだ。
ズンズン、と廊下の先から早歩きで来る生徒に気が付く。
「ジュビリー・ゴールド! またお前か!!」
「……オニハス生徒会長。これはこれはこんにちは」
「挨拶をしている場合か!」
黒髪の黒い瞳の整った顔立ちの生徒会長は、ちゃんと腕に腕章をつけていた。オニハス・ブラックは、憤怒している。
「何度器物破損を行えれば気が済むんだ!?」
どうやら器物破損の常習犯らしい。
オニハス生徒会長の目が、ギロリと私達に向けられた。
「君達は、共犯か!?」
「いえ、爆発音を耳にして駆け付けただけです」
火の粉が降りかかったものだから、きっぱり否定する。
「そうか……それは失礼した。怪我はないか?」
誤解だとわかるとオニハス生徒会長は、私達を心配した。
「大丈夫ですよーオニハス生徒会長」
「私も大丈夫です」
サピロスと私は、無傷だと答える。オニハス生徒会長は、被害者がいないことに胸を撫で下ろした。
「そうだ、生徒会長。何か事件みたいなことは起きていないでしょうか?」
変な質問だと思われるだろうが、一応尋ねてみる。
案の定、怪訝な顔をされた。
「事件……? これ以外にか?」
「ちゃんと直すよ。うるさいな」
指差されたジュビリー・ゴールドは、水の魔法を駆使して、魔法化学室を掃除し始める。大蛇のようにうねっていく水を横目で見つつ、私は続けた。
「何か、騒ぎが起きていないでしょうか?」
「騒ぎ? ああ、それなら……ーーーー」
オニハス生徒会長が言いかけた瞬間、暗転。
気が付けば、私はベッドにいた。
「それなら、何!?」
肝心なところを聞きそびれた私は、ベッドの中でバタバタと暴れる。
でも手掛かりを見付けたみたいだ。
20180118