69/437
夢の心69
「お帰りなさい」と妻が涙ぐましく言った。
己の心から女性を完全に消し去った直後、私は巨大な寂寥に包まれた。
その寂寥感は涙を超え、余りの哀しみの渦に私は笑い転げた。
それを聞き、黒い闇の声が言った。
「おい、何をやっているのだ、早くもっと快楽を味わい、闇と一体化しろ!」
私はその声を無視して笑いこけた。
すると黒い闇の声が桃の花の色に浸食されて行き、徐々に消え入りそうな声で訴えて行く。
「おい、笑うのを止めろ、何をやっているのだ!」
私は女性を失った巨大なる悲しみに、ひたすら笑い続けて行く。
黒い闇の声が堪らず喚いた。
「おい、止めろ!」
笑いこけている、その私の笑いが闇の無を一点に凝縮された桃の花の蕾に変え、闇は瞬く間に消え去り、私の心は桃の花の蕾が開くように目蓋をうっすらと見開き、目の前に心配顔の妻がいるのに焦点を合わせた。
そして妻が涙ぐみつつ言った。
「お帰りなさい」




