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夢の心369
カラオケで妻の命令に従い、私は椅子に座り直し、いたたまれなさに耳を塞ぎたくなる欲求を我慢した。
カラオケに行こうと誘ったのは失敗だった。
カラオケルールに入った途端スピーカーから私を責め苛む無数の声が聞こえて来た。
私は妻にその声が聞こえるかどうかを確かめたが、妻は素っ気なく答えた。
「そんなの聞こえないわよ。貴方の空耳でしょう」
責め苛む無数の声はまるで呪詛のように間断なく私の耳に届いて来る。
その呪詛の中には目指す黒い闇の声は無い。
子供達がマイクを持って好みの曲を銘々歌い出した。
すると歌声に掻き消されて呪詛は聞こえなくなるが、曲と曲の間には又聞こえて来る。
その繰り返しだ。
私は黒い闇から遠ざかって行くのを感じ取り、苛立ち、いたたまれなくなってトイレに立ったのを、すかさず妻がひき止めた。
「貴方、失礼じゃない。子供達の歌を最後まで聞きなさいよ」
中腰のまま私は泣き笑いの表情を浮かべ、妻の命令に従い椅子に座り直し、いたたまれなさに、耳を塞ぎたくなる欲求を我慢した。




